芹沢の勘
なつは慌てながら近藤の部屋を出て、台所へと急いでいた。久しぶりに食事の支度。何を作ろうか考えながら向っていると、前方に芹沢の影を発見した。
芹沢とは、お梅を抱いたあの日以来、顔を合せていない。本来ならば、今も会いたくないのだが、そういう訳にもいかず。意を決して歩みを進めた。
「お帰り。」
芹沢はゆっくりとなつに近づく。そしてなつの目をジーっと見た。その奇妙な行動に、なつはたじろぐ。
「な…なんですか…?」
なおもその視線を止めない芹沢が一言言った。
「おめでとう。」
芹沢の言葉になつは顔を赤らめた。芹沢の言った意味を即座に理解したなつ。それを見透かされていることが恥ずかしかった。
「どうやら相手は客じゃねぇようだな。」
「なんでそう思うんです?」
「お前に目は前を向いてるじゃねぇか。もし抱かれた相手が客なら、そんな前を向けねぇよ。ましてや沖田と手ぇ繋いでなんて帰ってこねぇ。」
なつは芹沢の観察力に脱帽した。人のことなんてどうでも良いと言いながら、一番良く見ているのはこの人なんじゃないか。と思うほど。それは近藤や土方を上回るんじゃないだろうか。
「芹沢さんは何でもお見通しなんですね。そんな風に見れる人がなんで強請紛いのことをやってるんですか?それじゃ自分が破滅するって芹沢さんの目にも映ってるでしょう?」
「あぁ、見えてるさ。でも俺はそれで近藤らの株が上がれば良いと思っている。そのうち会津藩は俺を抹消しろと命を下す。それに従うか従わぬかでこれからの新選組の行く末が見えてくるさ。お前はそれをしっかり見届けろ。」
なつは驚いた。芹沢はここまで考えているのだ。でもなつには分からなかった。何故、自分を破滅の道に追い込んでまで、近藤を立てるのか。
「芹沢さんと共存していくことは出来ないんですか?」
「土方がそんなことさせないさ。あいつは近藤の一本柱にしたがっている。そしてその柱を支えるだけの力を土方は持っているからな。俺はその引き立て役で良いんだ。」
芹沢は不敵な笑みを浮かべ、なつに背を向けた。
「なつ、お前は近藤と土方を護ってやれ。」
芹沢が何故なつにこう言い残したのか分からない。でもなつに見せたその姿が芹沢の本当の姿なのかもしれない。誰よりも人間が大好きなその姿が。