密偵要請
局長室では、近藤・土方・山南の三人が険しい顔をしながら話していた。
「何やらここ最近の長州の動きが怪しいんです。帝に攘夷を実行してもらうとかもらわないとか…会津藩からは何も情報が入りません。正確な情報が欲しいとこだが…」
山南はいつも浮かべる優しい笑みを消し、腕を組んでいた。
「そろそろなつの出番だな…。」
頷きながら言う土方に、近藤が待ったをかける。
「いや、歳…その話はもう少し考えないか?やはりなつには荷が重すぎる。」
呆れたように土方が反論した。
「おいおい、本気で言ってんのか?何のために京ことばを習わせたんだよ。今更無しにしようなんてなつが納得するはずねぇだろうが。あの頑固者。」
「近藤さん、なっちゃんには新選組にとって必要だという自信を持たせた方が良いと思いますよ?女中としてだけでなく、私たちの片腕として。それを彼女は望んでいるんじゃないですか?」
土方に続いて意見する山南。二人にここまで言われたら、無しとは言えない。納得したような、まだ迷いがあるような表情で近藤は言った。
「………分かった。なつを呼んで来てくれ。」
土方は立ち上がり、なつを呼びに行った。
その頃なつは、中庭で大きなたらいに大量の洗濯物を入れ、洗おうとしているところだった。
「おなつちゃん、手伝おうか?」
平助が声をかけた。実は平助、未だなつへの想いを断ち切れずにいた。しかし総司となつの間に入るつもりもなく、ただなつの傍にいられれば良いという純情な想いを抱いていた。
「平助はん、おおきにな。」
ニコリと笑うなつに、平助は顔を赤らめる。総司のいない、なつとの二人の時間。堪能しようと思っている平助の想いは見事に打ち砕かれる。
「なつ!仕事だ。」
土方の真剣な表情に、その仕事が女中としての仕事じゃないことをすぐさま察知する。しかし、洗濯物はやり始めたところ。中途半端にはできない。
そのなつの心を読むかのように、土方が平助に言った。
「平助、頼んだ。」
「………え?一人で?」
当たり前だという土方の視線に、平助は何一つ反論できない。
「平助はん、よろしゅう。」
なつはまたニコリと笑う。その顔を見て嫌だとは言えない平助は、ひとり黙々と洗濯物をこなしていくのであった。
土方の後ろを、緊張の面持ちで歩くなつ。土方は黙って近藤の部屋へ入った。
「失礼します。」
土方に続いて入り、近藤の正面に座る。
「なつ、よろしく頼む。」
ただそれだけで、仕事が任務だという事を理解した。
「承知致しました。」
頭を下げる近藤に、なつも同じように頭を下げる。
「詳しい内容は山南さんに聞いてくれ。お前が行く店は富音屋という店だ。」
山南に任務内容を聞き、近藤の部屋を後にした。
「総司に言っておくべきかな…。」
自室で独り言をボソッと呟いた。
しかし、顔を合わせて何を言って良いのかも分からず、総司はもちろん、他の隊士に会わないように裏口から出て行った。