真相
屯所へ戻った総司となつ。総司の足の速さに合わせて走って来たため、なつはもうへとへとであった。
「そ…総司…土方さんの部屋でしょ…?先行ってて…」
息を切らしながら言うなつ。総司は頷き、土方の部屋へ風のように飛んで行った。
何の前触れもなく、勢い良く開かれた土方の部屋の障子。目が点になる土方のその先には、真剣な眼差しで睨む総司の姿があった。
「お…おぅ…総司…どうした…?そんなに急いで…」
総司のあまりに鋭い目線に、流石の土方も怖気づいてしまった。
「どうしたもこうしたもないです!なつが何で京ことばを学んでいるんですか?!土方さん、なつを危ない事に巻き込もうとしてませんか?!」
土方が隠し事をしている。それは総司に話しにくいこと。なつに危険な事をさせようとしている。
総司の第六感がそう教えているのだ。
「あぁ、その話か…。聞かれないから良いかと「良い訳ないじゃないですか。」」
土方の言葉を遮り、総司が言った。
「分かったよ。ちゃんと話すから最後まで聞け。反論なら最後に聞く。」
「分かりました。」
土方は深呼吸をしてから話し始めた。
「俺はなつと平助の試合を見て思ったんだ。なつの力を使えないかと。」
土方は誤解の無いよう、ゆっくりと言葉を選んで話始めた。
「特別に隊士にする事も考えたんだが、ここは女人禁制だ。女が隊士だと他の奴らの士気が下がる。そこで考えたのは、裏で働いてもらうという事だ。」
総司がピクリと動いた。
「裏というのは要するに密偵だ。なつには島原の女に扮して長州の奴らの情報を聞き出してもらう。島原の女には京ことばが必要だ。それで学ばせてるんだよ。」
しばしの沈黙が続いた。
「以上ですか?」
「以上だ。」
「反対です。」
間髪入れずに帰ってきた反対に、土方は大きな溜息をついた。
「反対ですよ!何故そんな危険な事をさせるのです!もし新撰組だとばれたら命だって危ないんですよ?!」
二人の討論が始まった。
「なつの強さなら己の身をも護れる!」
「もし相手の人数が多かったらどうするんですか?!」
「遊女に重要機密を喋る時に周りに人を置くはずが無い。そんな事喋るのは惚れた女にだけだ。惚れた女となら二人を望むだろう。まぁ、子どものお前には分からねぇかもしれねぇけどな!」
最後を強調して言った土方。しかし総司の頭を駆け巡ったのは『惚れた女』という言葉だった。
今までも、平助のようになつに告白した男はいた。しかしそれはなつ自身が断ってきていた。
もし、遊女としてのなつに惚れた男がいた時、なつはどうするだろう。否定?いや、情報のためなら肯定するかもしれない。肯定した先に待っているものは何だ?
他の男になつを触られるなんて絶対に許せない。
「やっぱり私は承知しかねます。」
男としては当然の答えだろう。好き好んで自分の女を遊女にさせたりしない。土方にも総司の気持ちは痛いほど理解できた。
「総司、分かってくれ。なつはばれるようなへまをするような奴じゃない。与えた仕事以上の仕事をする奴だろ?」
総司もそれは分かっていた。なつはへまなんてしない。でも気がかりなのは、もし、そういう事を求められたら…。
与えられた仕事以上の仕事をするなつなら、絶対に無いという保証はない。総司はそこが不安なのだ。
「お前が言いたい事は分かってるよ…。」
土方自身にもあった不安を総司が感じないはずがなかった。