土方の不満
しばらく経ったある日、出来上がった真新しい羽織りを見て、近藤は言った。
「実に良い!見てみろ、歳!涼しい色じゃないか。」
近藤は興奮気味に、土方をばしばし叩きながら子供のようにはしゃいでいた。
「おい、近藤さん、これを着て京の町を歩くのか?!笑い者だぜ!?」
実物を見てさらに納得のいかない表情の土方。しかし、他の者は気に入ったようだ。
「土方さん、慣れますよ。そのうちこの羽織りが京になくてはならない色になる。そうでしょう?」
あまり口数の多くない井上が土方をなだめるように言った。
「源さんに言われちゃ何もいえねぇよ。」
井上はにっこりと笑い、土方に羽織りを二着渡した。疑問の表情の土方。
「総司に渡しといて下さい。声をかけたのに取りに来ないんだ。」
土方の口角が引きつった。最近、暇があればなつと総司は二人でいる。それも何故か土方の部屋で。部屋の主がいなくても勝手に部屋に入り浸っているのだ。土方は踵を返すと、浅葱色の羽織りを握りしめ、自室へと向かった。
土方の部屋では、土方の予想通り、なつと総司が二人仲良く話していた。
「今日の晩御飯何にしよう。総司、何が食べたい?」
「なつが作るものなら何でも良いよ。」
実に幸せそうな二人。そこへ全く違う空気を持った部屋の主が帰ってきた。
「てめぇら、いつもいつも人の部屋で何してやがるんだ?」
地を這うような怒りのこもった声で言う土方。普通なら誰しもが恐れる空気。しかしこの空気に慣れている二人にとっていつもの事。多少土方が怒っていても全く恐れる気配はなかった。
「あ!これ羽織りですか?できたんだ!総司着てみて!」
土方から羽織りを奪い、総司に渡すなつ。
「似合う?」
「やっぱり総司に似合うなぁ〜この色。」
土方の存在を忘れているようだ。
「てめぇら出てけーーー!!!」
土方の怒号が屯所を揺らした。
「うるさいなぁ、土方さん。こんな近くにいるんだからもっと小さくても聞こえますよ。」
眉間に皺を寄せ、嫌そうに嘆くなつ。
「お前…遊んでねぇで仕事しろよ!!」
「土方さんに言われなくてももう終わりましたよ!」
ああ言えばこう言うなつ。だんだん土方も諦めてくる。それを楽しそうに眺める総司。
「お前、京ことばはどうした。総司と遊んでる暇があったらやれよ。」
「ちゃんと習ってますよ。おまささんに。」
おまさとは、屯所の近くの飯屋の娘で、隊士達は常連となっていた。
「…京ことばって何ですか?習うって何の為に?」
土方はうっかり口を滑らせてしまったことに後悔した。土方に心を読み取った総司。
「土方さん、何を隠してるんですか?なつがなんで京ことばを習うんですか?」
普段、人の気持ちなど考えない総司。しかしこういう時にはやたらと敏感になる。
「いや…それはだな…」
土方が弁明しようとしたその時だった。
「会津藩からお達しです!」
平助が慌ててやって来た。
「総司、仕事だ。この話はまた今度話す。」
仕事となれば仕方ない。総司と土方は皆が集まる部屋へ向かった。