親心
宴会は大変盛り上がった。ほとんどの隊士はこれでもかと酒を浴びるように飲み、既に夢の中である。
しかしそんな中をせっせと動き回るなつを近藤はじっと見つめていた。近藤は休みもせず、台所との往復をしているなつを、まるで娘を見るように優しく、愛おしく眺めていた。その視線に気づいたなつ。
「近藤さん、何か?」
「いや…よく働くなと思って。」
「当たり前ですよ!これはあたしの仕事ですよ?あたしがやらなかったらずっと散らかったま まじゃないですか。」
喋りながらも手を休めないなつ。
近藤は以前、土方が話していた言葉を思い出した。
『なつをこのまま女中にしておくつもりか?』
与えられた仕事以上の働きをするなつ。それでいて学問一通り学び、剣の腕もある。これだけ揃った女が他にいるだろうか?
もしこれから過激攘夷志士達と対峙することになれば、彼女の力が必要になるかもしれない。
ただの女中として置いておくことはいくらでもできる。しかし彼女の力を見てみたいというのも本心。
しかし、わざわざ危険な目に合わせたくはない。
近藤は決まらない心と闘っていた。
「近藤さん?何、難しい顔をしているんですか?」
近藤の顔を不思議そうに覗き込むなつ。
「なつ…お前は普通の人生と危険な人生、どちらを選ぶ?」
近藤からの突然の難しい質問に、しばし考えた。
「平凡な人生を選ぶなら、あたしはここにいません。」
それは、なつはこの壬生浪士組と共に生きていく事を選んだという事。危険な路を選んだという事。
「それに、あたしにとって近藤さんや土方さん、総司がいない人生なんて無いも同然ですから!あたしは一生ついていきますよっ!」
なつは満面の笑みを浮かべ、近藤に言った。
「そうか…。なつ、今日はゆっくり休みなさい。明日、俺の部屋に来てくれるか?頼みたい事 があるんだ。」
「かしこまりました。伺います。」
近藤は、なつの言葉でもう迷いは無くなっていた。この少女に賭けてみようと。