STEP1─episode A
side─汐風
「人がいっぱいね」
流石、大企業って言ったところだけど。
「こんばんわ、お隣失礼」
「どうぞ」
質の良さそうなスーツ。付けている腕時計も高級品だ。そうなるとこの人は会社のいい方の人だろう。
「お名前は?」
綺麗な笑みを浮かべている。
「湊崎汐風です。」
貴方は?と聞き返した。
「郡山隼人と申します」
一緒に差し出された名刺には銀行部門のトップの秘書と書いてある。
「失礼ですが、ご職業は?」
「占い師をしております」
すると、相手の顔色が変わった。
「貴女は特別な能力が使えるとか?」
少し馬鹿にしたような態度、占いなどを嫌う人はこういう態度を取る人もいる。さっきと打って変わって違うな。
まぁ、良いや。占いなんて信じる人もいればそうでない人もいるんだし。
「いいえ、私の占いはセラピーみたいなものなので」
そう言って適当に誤魔化した。
「そうですか、では」
パーティーを楽しんで、とって付けたかのように言われる。
あの男はろくなことが起きないね。今は良いかも知れないがその内ダメになるタイプだ。
ここでは相手が欲しいわけではないので適当に遊ぶとするか。
「シオンか?」
懐かしい名前で呼ばれた気がした。でも、私は汐風でシオンとは昔のあだ名みたいなものだ。
偶然、同じ名前の人もいるのだとぼんやり思っていた。
「シオン!シオンだろ?」
「ロクゼ、どうしてここに?」
どうやら、違う誰かを呼んでいた声は私を呼んでいたらしい。
「そりゃ、独身の社員は半強制的に参加だからな」
「そう、アンタが大企業にね」
昔じゃ、全然考えられなかったことだけど。いったい、どんな心境があったのかしらね。
「そっちは?」
「ただの占い師よ」
side─絵都
「やっぱりだ」
私の眼鏡に叶うやつはいないな。それにさっきからサインだの握手だの求めてくるやつが多いな。
しかし、ご馳走は名のあるホテルのだけ美味しい。
「あっ、あの、困ります…」
ふと、目をやると私と同じ年くらいの女がニヤニヤした男に絡まれていた。
「良いじゃん、行こうよ」
品のないやつだな。どこに初日でホテルに誘うやつがいるんだ。馬鹿か。
こりゃ、止めてこないと可哀想だな。
「人が困ると言っても止めないんですか?」
さっきと打って変わって冷ややかな声がする。
「そもそも、ここは公の場ですその場でホテルに誘うのは常識を疑いたくなるのですが」
「そんな固いこと言わないで〰」
男が女の腕をつかんだ。
「貴方は、すぐにホテルについてくる方がお好きなのですね」
そう言うと、腕を捻り上げて突き放した。
「痛えじゃねえか」
男が殴りかかろうとした。
「そこまでにしておくんだね」
男の腕をつかむ。
係りの奴らがこちらに来る。
「この男が殴りかかってきた」
そう言い男を係に明け渡した。
「大丈夫かい?」
「ええ、ありがとうございます」
まぁ、殴られる前だ怪我はないだろう。
「おたくは、何をしている人なんだい?」
一瞬、雰囲気が変わったが。まぁ、黒い人たちがバックについている訳ではないだろう。
「ただの古本屋の店主です」
「そうかっ…」
ハハッと笑う。
「どうかしました?」
きょとんととした彼女が首をかしげる。
「さっきの雰囲気じゃ、そう見えなくて」
「それはまぁ、昔の話です」
苦笑いを浮かべた。
「まだ、名乗ってなかったな。私は、高槻絵都」
「まぁ、高槻先生に会えるなんて光栄だわ。私は、有馬結月って言います」
そう言うと結月は微笑んだ。
「高槻先生も婚活なさるんですね」
「いや、私は出版社の圧力だよ」
良いやつもいないし、ホントにこりごりだ。
「そうですか」
「そちらさんは?」
結月は首を横に振った。
「あの人が長く絡んできたので」
「それは災難だな」
高槻先生、と結月が呼ぶ。
「先生なんて堅苦しい」
「なら…絵都ちゃんって呼んで良いですか?」
side─梨那
「人がいっぱい」
社長を探さないと…。
キョロキョロと辺りを見渡す。少し遠いところにいらっしゃった。
これなら少しすれば近づけるかな。やっぱり、周りには綺麗な女の人ばかりいるけど…。
「お嬢さん」
社長さんと目が合う。
「はい」
顔が熱くなる。紅くなってないかな…。
「パーティーは楽しんでますか」
「はい、とても楽しいです」
何とか緊張する心を押さえて微笑んだ。
「お若いですね、学生さんですか?」
「はい、高校生です」
何とか社長さんとお話をする。ここで、覚えて貰わないと。
「そうですか、私はここの社長の東條陸人です」
「私は常磐梨那って言います」
すると名刺をくれた。
「貴女みたいな可愛らしいお方とお話しできてよかったです」
そう言って去っていった。
「うーん…これはただの社交辞令だよね」
結婚までの道のりは遠い。
どすっと何かにぶつかった。
「すみません!」
「いえ、こちらこそよそ見してて…」
私より背が高いようで見上げる形で相手を見た。
「梨那…」
「恵琉義姉さん」
こう言うところで会いたくなかった。
「元気だった?」
「うん、変わらずに」
すると義姉さんはじゃあ、と言い残し去っていった。
相変わらずあの人は苦手だ。お父さんの愛人の娘。
「昔は普通に話せてたけど」
そもそも、その昔はいつだったかも覚えていない過去のこと。
「あの人は」
どことなく見覚えのある人を見つけた。
「杏先生」
「あら、梨那」
まさか、先生がいるなんて。
「若いうちから婚活かぁ」
先生が少し苦笑いをする。
まぁ、この年で婚活する人はいないかな。まだ、学生だしね。
「家庭の事情で」
「そういうことね」
そう言うと先生は誰かに呼ばれたみたいでどこかに行ってしまった。
side─未來
賑やかな所。少し、私には不釣り合いなのかしら。
「失礼ですが、ピアニストの未來さんですか?」
振り向くと青い瞳の優男がいた。
「えぇ、そうです」
彼は一礼すると名刺を取り出した。
「お若いのに幹部さんなのですね」
しっかりしていて素晴らしいです。と続けた。
「いえいえ、未來さんも素晴らしい方ですよ」
「まぁ、嬉しいです」
ふっと微笑んだ。
「今季は日本に?」
「えぇ、でもまた海外に行きます」
ほんの少しだけのお休みです。こう言う所で時間を使うのも悪くないですね。
「僕、未來さんの弾くトゥーランドットが好きなんです」
「それは奇遇ですね」
私もトゥーランドットは今まで弾いてきた曲で一番のお気に入りなんです。
「今までの未來さんの曲も好きなんですけどトゥーランドットで見せる力強さも好きで」
「そうですか。確かにあの曲は全ての力を使う!のような感じがして私も気に入ってます。」
他愛ない話をしていると一旦休憩の時間になった。
「また、会いましょう」
彼は、そう言うとどこかへ行ってしまった。
休憩スペースで椅子に座っているとみきがいた。
「未來じゃない」
「久しぶりですね」
みきが隣に座った。
「みきが婚活することもあるんですね」
「まぁね、計画もあるし」
そうでした。みきは、計算高い人でしたね。いつも飄々としているように見えて先を見通す人でした。
「未来は?」
「マネージャーに誘われて」
お互い頑張ろうとみきが言ったところで休憩時間が終了した。