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白魔術師の師弟  作者: 七湯ナナ
第一章
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5話  離れ森の魔術師⑤



 「師匠……私、太りましたかねぇ?」

 「……僕が弟子の体重を一々把握しているわけないだろう」

 「だって、さっきは重いって」

 「ずっと圧し掛かられてたんだから、そう思うのは当たり前だよ。それにさっきも言ったけど、君はもう子供じゃないんだ。重いかどうかは別として、もう少し(つつし)みってものを……」

 「えっ。師匠相手に慎む必要あるんですか?」


 二人がそんな会話をしているのは、風呂場へと通じる扉の前である。

 ラクラは店と風呂場を何度も往復しながら、様々な薬草をせっせと運んでは弟子の手に渡す。リリアはそれを受け取り、湯の張った浴槽へと投げ込んでいく。

 ラクラが薬草を抱えて戻ってくる度、リリアは不満げな表情を浮かべて唸る。重くなってきた、という一言が引っ掛かっているらしい。淑女(しゅくじょ)の慎みは欠けていても、こうした部分を気にする辺りは、やはり女の子だなと思わされる。

 

 「そんなに気になるなら、量ってみればいい。うちにもあるだろう?」


 そう言って指差した先は、脱衣所の片隅。そこには、使われなくなって久しい体重計が、ホコリをかぶりながらいつ来るとも分からない活躍の日を待っている。

 

 「師匠、酷い!! あんな拷問器具に、可愛い弟子を乗せるつもりですか!?」


 リリアは大きな目を更に大きく開いて、どこか芝居掛かったように足元をふらつかせた。


 「ただの体重計なんだけど……」

 「あれは呪いの道具です。乗ったが最後……もう心置きなくお菓子を食べる事は出来ないし、チーズやお肉が食卓に並ぶ事も無くなります。師匠は、これから毎日三食が葉っぱだけになっても良いんですか!?」

 「ええー……」


 大袈裟だな、と思いつつも反論はしないでおく。ラクラとしても、朝昼晩を葉っぱだけで(しの)ぐ生活は遠慮したい。


 「まぁ、そこまで思いつめる事はないよ。リリア、君は十分健康的だ」

 「じゃあ、今のままで構いませんか?」

 「うん。構わないよ」

 「ならいいんです」

 

 リリアは笑顔で頷くと、ラクラの腕から最後の薬草を受け取った。


 「よいしょ、っと。薬草はこれで全部ですか?」

 「そうだね……あとは蕃椒(ばんしょう)でも入れてみるかい?」

 「絶対に嫌です。傷に触ります」

 

 先程から二人が何をしているのかと言うと、薬湯の作成だ。

 傷に効くからと、ラクラが店から大量の薬草を運んできている。ちなみに蕃椒(ばんしょう)とは、香辛料にもなる辛味の強い実であり、風呂に入れると新陳代謝の促進や冷え性予防にもなる。刺激が強いので、リリアの言うとおり、身体に傷がある場合は使用を控えたほうがいい。

 浴槽の中には、無造作に入れられた薬草が所狭しと浮かんでいる。

 打撲や切り傷に効く弟切草、疲労回復にはキンミズヒキ。腰痛に効くとされるスイカズラまでは何となく理解できるが、体臭予防に良いとされるドクダミや、皮膚炎に効くガーリック、挙句の果てには何の効能も無いナナカマドの干し実などは、一体何の為に放り込まれたのだろうか。


 「気にしないで入れちゃったけど……色々盛り過ぎじゃないですか?」

 「そんな事ないと思うけど」

 「そんな事ありますよ。傷を治すだけなんだし」


 薬草から染み出た汁が交じり合って、湯の色は不気味に変色している。緑と茶色のマーブル模様が浮かぶ浴槽を指差して、リリアは胡乱(うろん)げに目を細めた。


 「……この中に入れと?」

 「薬なんだし、大丈夫だよ。ガーリックとナナカマドは魔除けにもなるし」

 「お風呂に入れて魔除けになるなんて、初耳です」

 「うん。それは僕も聞いた事は無いよ。でもせっかく置いてあるんだから、使ってみよう」

 

 ラクラは言いながら、弟子の背を押す。納得いかない様子のリリアは、風呂場への扉を渋々開けた。


 「ちゃんと温まってくるんだよ」

 「はーい……」


 扉越しに声を掛けると、気の無い声が返ってきた。

 ――その数秒後、「なんか臭いー!!」と(わめ)く声が聞こえてきたが、とりあえずそれは無視することにした。






 白魔術には、傷を(いや)す術がある。

 『治癒術(ちゆじゅつ)』と呼ばれるもので、ある程度の傷ならたちどころに治してしまう。病や加齢による衰え、そして致命的な損傷は癒せないという制限はあるものの、基本的には便利な術である。

 各々の力によって回復量の違いはあるが、白魔術師ならば治癒術を扱えるのは当たり前の事だった。

 当然ながら、ラクラも術が扱える魔術師だ。しかし彼は、簡単に治癒術を行使する事を()しとしない。

 人間には、自然に傷を癒す力がある。傷はやがて瘡蓋(かさぶた)となり、新しい皮膚を作る。それは、人間が本来持つ力だ。

 魔術にばかり頼っていると、その力が弱くなる。自ら治そうとする意思を持たぬ身体が、頼る(すべ)を失った時にどうなるか、ラクラはそれをよく知っている。

 弟子であるリリアにも、この事は言い聞かせてある。今までも、ある程度の怪我は自然に任せ治してきた。彼女に対して治癒術を使ったのは、(かまど)に誤って手を入れ大火傷をした二年前と、初めて出会った時。それから今日――つい先程の事を含め、三度しかない。


 (久しぶりに肝が冷えた)


 細い首筋に、鮮やかな大輪の花を思わせる血の色。顔は青白く、微動だにせず横たわった身体。森の影からリリアを救い出し、倒れ込むその姿を見た瞬間、ラクラは言葉を発する事も動く事も出来なかった。

 気付いた時には、治癒術を()り行っていた。幸いにも傷は深くなく、見る見るうちに塞がった。


 (当分の間、留守番はさせないでおこう)


 ラクラは大きく息をつくと、座っていたソファーに身を預けた。外出した疲れか心労か、鉛のような倦怠感けんたいかんが身体を包む。

 何事か叫び続けている弟子の声が、未だに奥から聞こえてくる。その声をぼんやり聞きながら、ラクラはゆるりと目を閉じた。





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