7話:魔法剣士リク
トルティエの町に着いて馬車を見送った時には、朝市が始まっていた。メインストリートだからか。そこら中に平らな石がしきつめられていて歩きやすい。しかも露店が並んでいても広い。
ノルンの平民地区の道が狭いだけなのだが、こうも青空が広がっているとすごいなと感動してしまう。
空を眺めながら通り抜け、一本路地に入る。それでも広くて整備されている。トルティエの顔である商業地域だからだろう。
しばらく歩いて、大きな大衆食堂を見つけると、とりあえずその中に入った。
朝は食べない生活をしてきたからお腹は空かないが、エリサが朝こそ食べるべきなのよと言って結構な量を注文された。
ああ。安月給の中頑張って貯金してきたものが、惜しげもなく崩されていく。
「とりあえず」
ころん、と机の上に投げ出される、紅石のついたネックレス。まじまじと見てみると、血の色をしたガラスみたいだ。ガラスにしては色が濃いけれど。
「これは贋作。何の効力もないわ。あんたのことだから、お察しの通り、ってことなんだろうけど。本題は何であれを倒せたか、よね」
「倒せたっていうよりしびれさせた、だよな」
「ほんっと、腹立つ頭よね」
「関係ないだろ、それ。で、何でああなったんだ?」
「私の付加できる力が雷だから」
何だそれ。思わず出てきそうになった言葉を必死に噤んだ。
そうだ、今起こっている事は非現実。エリサの帽子の中には猫耳が隠されている。そして、おれ、実は死んでいる。そういう状況だ。
店員がやってきて並べられる、肉にスープにサラダにパン。二人分並ぶからかもしれないが、賑やかな食卓だ。朝からありえない。いや、目の前で起こっているから、ありえている。
わりきれ、おれ。食事にせよ、ほかの何にせよ、エリサの言っている事におれの常識は通用しない。
「あのね、あんたみたいに私と契約すると、もれなく雷を操る力がついてくるのよ」
エリサに呆れられている。おれが全く分かっていない事が伝わってしまったらしい。そもそも、あの説明で分かるものか。呆れてしまいたいのはこっちだ。
「他の死神だったら炎を操れたり、風を操れたり。何かあっても対応できるように、そうやって能力を与えてるの。ちなみに、与える側の死神も能力は持っているんだけどね」
「ふうん。で、そんな能力を使えるのが目立つと困るから、とりあえずこれを身につけてごまかせ、と」
「そういうこと。だから、首にでもぶら下げといて。あ、石は見えないようにしてよ」
「はいはい」
しばらく黙って食事を口に運ぶ。大量の食事だから全く入っていかないかもしれないと思ったがすんなり口の中に入っていく。
ああ。考えてはいけないことは分かっているけれど、頭がおかしくなりそうだ。もうすでに何を口にしているのか全然分からない。
「なあ」
「何」
話しかけてみたはいいが、頭が消化不良を起こして何を言ったらいいのか分からない。
「あんた、何見てるのよ!」
そう言ってエリサは贋作の紅石を指で弾く。紅石はその度にころんと音を立てて揺れた。
そういえば。
「紅石ってどこで採れるんだろうな」
「し、知る訳ないじゃない。あんたこそ知らない訳?」
何だかエリサが目を見開いた気がするが、気のせいだろう。まあ、おれの戯れ言だ。目を見開いたエリサに本当に知らないのかなどと問い詰める気にもなれない。
「知ってたら言わないだろ、こんなこと。全然察しもつかないし」
「国家秘密って奴でしょ?」
「だろうな。じゃなかったら、どっかで小耳にはさむぐらいはする」
とりあえず、ご飯を片付けよう。そして、おれは魔法剣士リクはなんとか。エリサに力を貸してもらって魔法と剣術を組み合わせて使える死人。という設定を定義としよう。決して考えることではないのだ。
※
腹が熱い。たくさん食べたせいか。そういう時って下っ腹が痛くなるのだろうか。
まあ、いい。観光している場合でもなんでもないから、とりあえず、乗合馬車に乗った。
一人二十テール。明日の夕方にはレザリアに着く便を捕まえられたのは良かったが、一気に四十テールなくなるのは大きい。
がたがた揺れる馬車。その揺れに驚くエリサ。大きく揺れるたびに刺激される傷口。
乗合馬車だから当たり前のことだが、さっきまで乗っていた馬車よりずっと揺れる。
「ねえ、これが普通の馬車なわけ?」
「まあ」
「あの馬車、ありえないくらい快適なのね」
「だよなあ。がたがた道なのに腹の傷に全く響かない。しかも無料。本当、ただの庶民からすれば貴重すぎる」
「あんた、今、傷、大丈夫なの?」
「ふつうに痛い」
「大丈夫、よね」
「こんな傷の作り方したの初めてだから知らない」
「あんたってさ、言葉選びが下手よね」
エリサには言われたくない。そう思ったけれど、とりあえず言わない方がいいのかもしれないと思って口を開かないでいた。そもそも、彼女はおれになんと言ってほしかったのだろう。
しばらくの時間を沈黙の中にいた。彼女と何を話したらいいか分からなかったからだ。
それは向こうもそうだと思う。そうでなかったら会話はきちんとできたはずだ。
ちらりと横顔を見る。金糸のような髪。くすみのない青い瞳。今日は何を思ったのか、ジャケットの下に白いワンピースを着ている。
隣にいるエリサは、他人の目を引くような可愛らしい少女に思えた。
別に、特別な感情が生まれたわけではないと思う。ただ、彼女と出会ってからはめまぐるしくことが動いていったから、初めてまじまじと見て、そう思ったのだろう。そう、時間があるからきっと。
「何?」
「いや、別に」
まじまじ見ていたことが向こうにばれてしまったのではないかと思って、慌てて俯いた。
落ち着こう、おれ。相手は、女の子。死神の彼女との契約によって二人で旅をしているのは分かっているが、凝視などしていたら変な奴だと思われるに決まっている。
目を瞑る。ふと頭に浮かぶのは姉さんの顔。一年、帰ってこない姉さん。両親の顔も名前もよく分からないおれにとっての唯一の肉親。
両親の存在は覚えている。四歳か五歳の頃までノルンではないどこかで四人で暮らしていた気がする。あまりに幼くて記憶が朧気だから、気がするだけかもしれないが。
それから十年以上。二人で暮らしてきたのだが、最近も何かが抜け落ちたような気がする。
記憶など本当に強烈な事でもなければすぐに抜け落ちることが当たり前だ。四日前の晩御飯は何を食べた。一週間の食事の内容はなんだ。そういう事を訊かれて完璧に答えられる人間など、そういない。
しかし何かが妙だ。まるで、何か大切な記憶をごっそり盗まれてしまった気分。
明日の夜にはレザリアか。考えてもしょうがない。時間がある。腹が一段と熱くなった気がするが、きっと大丈夫だろう。
眠ろう。盗まれるものなど、おれたちはもっていない。
※
「リク」
「何?」
「あんたさ、暇なのね」
「そりゃあ、乗合馬車だし」
馬車の外から入ってくる朝日。起きだす人たち。近くに座っている子どもは退屈なのか、馬車の中をうろうろしている。赤ん坊も乗っているらしく泣き声がする。
「勉強?」
「まあ。ここ数日、ろくにできなかったからな」
「学校、戻れないのにね」
ぽつりとまわりに聞こえないように言われたこの言葉が、ぐさっとささった気がした。
エリサが言っている通りならば、おれは死人で願いを叶えたら浄化される。それまでに学校へ戻る可能性は低い。だからここで勉強したところで役に立つことはないだろう。
ただ、実感がない。
あの日のことはきちんと覚えている。腹から上へと痛みが広がっていく感覚も、力が入らなくなっていく感覚も。きっと口からも血を吐いたと思う。何かがこみあげてくる感覚もあったから。
どう考えても、確実に人の致命傷になるような個所をついた攻撃だ。あれを食らって死なない人間など、物語の主人公であっても存在しない。
それでも、実感がわかないのだ。それは、浄化されていないからだろうか。
「ねえ、楽しいの?」
「何が?」
「勉強よ」
「ああ、まあ、知識を吸収していく過程は楽しい。この先使う機会がないとしてもさ」
「ふうん。あんたみたいなのが学術院に行かなかったのが不思議」
思わず苦笑いしてしまった。
憧れの学術院があった。行きたいと思ったことは何度もある。この間の学術院への推薦もきっとわがまま言える状況だったら二つ返事で進学していただろう。
「行かなかったんじゃなくて、貧乏だから行けなかったんだよ。士官学校に入れば給料もらえるっていうのもあったし」
「そうなの? ノルンの人だからお金あると思ってた」
目を見開いておれを見るエリサ。ノルンに住んでいるからお金持ちなど随分な偏見だ。
「ノルンの平民地区は金なくても住めるんだ」
「まあ、そうよね。あんたの靴。汚いし」
「しょうがないだろ。一足しかないんだから」
それからは、長々とたわいもない話が続いた。
どう話がそこまでいったのか忘れたが、死神はそこら中にいる上に、死者そのものも存在は珍しくないとエリサが言っていた。
死神と死者が旅をしていることもあれば、一つの場所に留まって普通に生活をしていることは結構あるらしい。
それ以外にもどうでもいい話をたくさんした。近くに座っていたおばあさんに新婚旅行かって訊かれた時は、二人で笑ってしまった。
違和感はたくさんある。何が起こっているのかまだきちんと分からない自分がいる。
明日はレザリアだ。憧れの学術都市だ。わくわくする。ただ、やることは決まっている。ユウルについての情報を探すのだ。自由にしたいことをしている場合ではない。
ユウルがどこを指しているのか、レザリアで分かればいいのだが。




