5話:指標
また、変な夢を見たらしい。猫耳のついた女の子の夢。おれが殺される夢。
恐ろしい夢だった。
体を貫く焼けるような痛み、息が吸えない苦しみ、口から大量に出ていく血液。
あまりにもリアリティがありすぎて起きてから少しの間、ああ、おれは死んだんだと錯覚してしまったぐらいだ。
今日も学校行くか。体を起こす。
突然、酷い痛みが走った。右の下腹部。夢で刺された場所か。それにしても痛い。どういうことだ。
「あ、起きたの。り、りい、ええっと。リクハららる!」
何だそれ。その前に、何で夢の中にいた猫耳女がいる。いや、その前にあの耳はなんだ。ぴくぴく動いている。
ありえない。おれの妄想。いや、幻覚。もう一度寝よう。そうだ。寝るべきだ、おれ。そうすれば、やっと現実を見られるはず。
「何、ぼうっとしてるのよ! 人がせっかく朝ごはん作って待ってるのに。怪我人に配慮して作ったんだからね! リクハなんとか!」
つねられる。痛い。つねられて痛いということは、奴は妄想でも幻覚でもなんでもない。そして、この状況は夢ではない。
とりあえず、何から突っ込もうか。
「リクハルド・ヒューリネン、だよ。おれの名前」
「リクハトル・ヒュリーネーン?」
「リ、ク、ハ、ル、ド。リクって呼んでくれればいいよ。リクハルドなんて呼びにくいだろうから」
「分かったわよ! リクなんとか!」
「とりあえず、朝ごはんもらっていい?」
「あ、そ、そうね」
彼女はおれにおかゆを手渡してくれた。少し冷ましてから出したと言う。だから器が持ちやすく、舌に入れても温かいが火傷しそうなことはなかった。
味に関しても優秀だ。ここまで絶妙なさじ加減のできる人はそうそういないと思う。まあ、俺も姉さんも料理下手というのもあるから、エリサが作った料理が相対的に美味しく感じるだけかもしれないが。
「で、君はエリサさん?」
「そうよ。さん、はいらないけど」
「なんで猫耳生えてるの?」
「死神はこういうものなの。そんなこと言ったらなんで人間は存在するのと一緒よ!」
なんで怒られているのだろう。おれは特に変な事を訊いていないはずだ。
はずなのだが、彼女はかなり、いや、度を超えた短気らしい。扱いが分からない。
待った。その前に、なぜ彼女はここにいる。彼女が出てきたのは夢ではないのか。しかし、このリアリティから考えると、今は夢を見ていない。どう考えても覚醒している状態だ。
その状態の時になぜ彼女が存在する。幻覚が物に干渉できるとは考えられない。
「とりあえず言っておくけど、あんたは死んだの。剣が右脇腹を貫通してそのまま傷口が広げられて肺にまで達した。そして軍人に基地まで遺体を連れ込まれたわ。その後は知らないけど」
「じゃあ」
「今は、あんたが願いを叶える為に、いろいろあたしが一時的に書き換えただけ。その腹の傷は軍人に刺されそうになっているところをさけて、急所から外れたのよ。あんたはその後、命からがらそのまま逃げたってことになってるの。それで、助けられたあんたは医者に手当してもらって家に帰ってきた」
「それなら、おれは一時的に死んでいないってことになっているのか」
「そうね」
この状況を理解して受け入れろと。
おれは本来、死んでいる。しかし、願いを叶えるえる為に今だけ生きていることになっている。
実感がないせいか。自分のこととして理解できない。
「まあ、よく分からないけど、学校に行くか」
「はあ? あんた、盛大に馬鹿よね」
「え」
どうして溜息をつかれなければいけない。別にそんなことではないだろうに。
「あんた、士官学生じゃない。国軍の門下生よ。分かる? 敵陣の中に突っ込んでどうするのよ。次殺されたら、そのまま浄化。願いを叶えられないんだからね!」
浄化。ああ、魂の記憶を消して生まれ変わることか。
「軍人として潜入すれば何か分かるかもしれないじゃないか」
「あんた、士官学生だったのに何にも気がつかなかったんでしょ。しかも、学年ではそれなりに優秀だったみたいじゃない」
「座学だけはね」
「だいたい、あんたみたいな将来有望な奴が知らなかったら、教官はともかく、まわりも知らないっていうのが普通なのよ」
確かに。学校に行こうとしたのは、何にも考えてないで言った。なんだか少し悔しくててきとうなことを口走ったのは余計にだめだったか。
「それ以外に何かないわけ? 漠然すぎるわよ。あんたが死んだ理由を探すなんて」
そう言われても、どうすればいい。
軍がおれを殺す。おれは何をした。いや、特に何もしていないはずだ。
殺される直前に存在が罪だと言われた。何故だ。
確かに自分が殺された理由を知るという目的は漠然としていて、その為になにをすべきか全く分からない。
随分悩んでしまったみたいだ。目の前にいるエリサがイライラしている。早く何をするか言いなさいよと言いたいらしい。
「なによ。こっち見て!」
「ああ、悪い」
悩んだところでしょうがない。それならば、自分の気になっていることを調べてしまえばいいのではないか。
何よりも気になっていることがある。
姉さんが夢で言った言葉だ。何故だか強烈に残っている。ユウルへ逃げろ、と。そのユウルはどこだ。そこには何があるのだ。そこが安全な場所だというならば、どうしてだ。気になる。
夢の中の発言だ。ユウル自体が存在するかどうか分からない。けれど、調べる価値はあると思う。
死んだ理由に通じるかどうかなど分からないが、ここに留まっているよりはまだいいだろう。
「ユウルを探そうと思う」
「ユウル、ねえ」
「夢を見たんだ。姉さんが何度も何度もユウルへ逃げろって叫んでた。良く分からないけれど、それだけは印象強くてさ。何かあるかもしれないと思ったんだ」
「で、あてはあるの?」
あて、か。ない。
そうだ。レザリアに行こう。世界最大の図書館がある。そこには宗教やら科学やら小説やらなんでも揃っている。
そこなら、ユウルの記述もきっとあるはずだ。もしなかったとしても、あそこは情報が集まる街だ。きっとどこかにユウルへのヒントがあるだろう。行ってみる価値はある。
「レザリアを目指そうと思う」
「レザリア?」
「あそこで情報集めするのが効率的だと思う。それに、首都のノルンにいると余計に殺される確率が上がると思うし」
「でも、ここからだと距離がある気がするけど」
「そうかな。乗合馬車を上手く使えば4日ぐらいだし。まあ、ここから数日は歩きだから、もう少しかかるかもしれないけど」
「あんた。その傷どうするの?」
旅に出るのは大変だ。たくさん準備をしなければいけないことがある。お金も体力もたくさん使う。
ここには軍の本部があり、士官学校がある。軍に殺されそうになったということは、軍絡みのことだろう。それならば、ここに留まっているのもいいかもしれないと思う。
テオの父親、リヴィエ少将やシャルロ教官みたいに目をかけてくださっている方を足掛かりに探ったら早く答えにたどり着けるしれない。
けれども、突然人が殺されたなどという話を士官学校で聞いたことがない。エリサの言った通り噂にすらならない軍の動きだ。きっと二人とも教えてくれはしないだろう。その上、ノルンで嗅ぎ回ればすぐに殺される確率が高くなる。
「どうにかなるだろ。今日はいろいろ支度して明日には出よう」
これがこの先に繋がるかどうかなど分からないが、ユウルを探そう。




