5話:リクハルドの出発
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「リクハルド・ヒューリネンさん。お疲れ様でした」
目の前にはエリサ。最初に出会ったところなのだろうか。辺りは白く、エリサ以外の存在は何もない。
目の前にいるエリサの恰好もさっきの制服とは違う。帽子は被っておらず、丈の短いブラウスのようなワンピースを着ていた。
あれ、これは、出会った時の姿だったか。おぼろげでよく覚えていないが。
「浄化を開始します」
「待ってくれ、エリサ!」
「どうかされましたか?」
エリサはきょとんとした顔でおれを見てくる。このまま浄化されるのが普通なのだろう。浄化する為にこうやって願い事を叶えているのだから。
けれど、どうしてもこのままいなくなるのは嫌だった。なにもやらないで、求めた答えも忘れて、このまま消えて生まれ変わるのは嫌だった。
「どうしても浄化しなければ駄目なのか? このまま全て忘れて生まれ変われって言うのか?」
「そう言われましても。リクハルドさんはもう亡くなって、それに願いも叶えました。だから、浄化してまた新しく生まれ変わるのです」
「なあ、浄化せずに残る方法はないのか」
エリサが目を伏せる。おれはじっと彼女を見る。猫耳も垂れ唇を噛みだした。
「あるには、あるわよ」
エリサの口調が変わった。いつものここにいないときの口調。けれど、普段の勢いはない。
「それって、もしかして死神になることか?」
確信は持てなかった。けれど、あるにはある、ということならばそうなのではないかと思う。
「どうしてそう思ったのよ?」
「普通に浄化したのだったら、きっとエリサはここに死神として存在しないんじゃないか? 前世の記憶を持ったまま、さ」
エリサが目を見開いた。どうやらおれの推測は正しかったらしい。そして、小さくえ、と言うとまた視線を伏せた。
「そうよ」
エリサは唇をまた噛む。あまり悟られたくなかったのだろうか。
「本当、リクは頭がいいのね。だからそうやって気がつく。だけど」
エリサの青い瞳がおれの瞳をとらえる。強いものだった。軽い気持ちでこのことを話すな、と。おれもエリサを見返す。
「やめなさい。私達死神は、ただ死者について願いを叶える生活を百年続けるだけなのよ!」
「百年経ったら」
「消滅するだけ。生まれ変わることさえもできない」
エリサの口調はいつもよりずっと強いものだった。そんなに簡単に死神になっていいと言えるようなものではないからだろう。
「死者の願いを叶えて浄化する。自分の願いを叶えるなんてそんな、簡単じゃないのよ。自分の為に行動することなんてできやしないんだから」
「それでも、何もできないわけじゃないだろ! なにも!」
「私たちができるのは、死者の慰めをすること。私たちがしたことで状況が変わるなんて考えられない」
エリサは何かを願って死神になったのだろう。けれど、何も変えられないことを思い知らされたのかもしれない。けれど、おれはそんなことはないと思う。
「おれ、エリサがいなければ何も知らずに死んでた。母さんと姉さんの日記の存在だって知らなかったかもしれない。国と戦って殺されていった人びとの存在を知らなかったかもしれない。おれはこうやって物事を知ることができた。死神が、エリサがいてくれたおかげで、少しだけかもしれないけど、世界が変わったと思うんだ。だからおれは、何もできないなんて思わない!」
エリサはきょとんとしていた。確かにエリサの言うとおりだ。おれの慰めをエリサがしてくれた。だからおれはこうして知ってはならないことを知ることができた。なんだかいろいろ抜け落ちてしまった気もするけれど、楽しい旅もできた。
何が変わった。そんなことは知らない。だけど、少しずつ変わっているんじゃないかと思うのだ。
「本当に青いのね」
「え」
「死は二回ある。一つは肉体が死ぬこと。もう一つは浄化すること。死者はすでに肉体が死んでいるの。浄化されて二度目の死を迎えたら、一度目の死から浄化されるまでの存在はなかったことになるのよ。もちろん、浄化する前に一緒にいた死神の存在もね」
エリサの猫耳が力なく垂れた。
エリサは苦しんでいるのだと思う。自分のしたいことができているように感じられない。それどころではない。きっとエリサは自分の存在がないと感じているのだろう。
エリサの気持ちを考えたらぞっとした。だけど。
「ねえ。それでも死神になりたいとか言うわけ?」
「ああ」
このままただ命を奪われて、浄化され、何もできないのは嫌だ。
「さっき言ったわよ。死神になったって何にもできないって」
「おれだってさっき言った。そんなことないって! 浄化されて全てを忘れたら、それこそ何もできないじゃないか!」
どんな形でもいい。何かできるのできるかもしれないのならば。何もせずに忘れるよりずっといい。孤独だろうが、なんだろうがなにもできないよりもずっといい。
「あんたは、それでいいの……?」
「いいさ。何もしないよりずっと!」
エリサはじっと見ている。おれも目をそらさずに彼女を見る。
長い時間だった。音も背景も何もない世界でおれは動かないエリサの瞳をじっと見つめた。
しばらくして、エリサは苦笑いした。
「……分かったわ」
「ごめん。ありがとう」
おれはエリサに向けて笑顔を作った。エリサも笑顔でいてくれている。
それが、リクハルド・ヒューリネンとしての最後の光景だった。
ー後書きという名の編集後記ー
最後までお付き合い頂いたみなさん、本当にありがとうございました。
二年前別サイトで書いた物語をもっとよくしたい。だけど、名前を変えたりとか(リから始まる登場人物が無駄に多かった為)大改造したい! そんな思いから思いきった改稿をしてみたのがこの物語でした。とは言え、大筋は変わっていないし、そのまま転用した部分もあります。
さてはて。虹の橋の物語はどうでしたでしょうか。ほんわかえぐい世界の中で少年がどう生きたかったのかを書こうと思って、、、というのもありますが、ボーイミーツガールが読みたいという思いから書きました(笑)
この物語の世界の先は続いていきます(笑)続かせていきます(笑)たぶん(笑)
最後に。描きたい世界をキャラクター達をこの場で書くことができたこと、また、最後までお付き合いして頂けたこと、本当に本当に感謝します。ありがとうございました。
三池ゆず




