4話:紅石
歩いて数十歩ぐらいの場所だった。綺麗な冷水だ。触るとひんやりして気持ちがいい。
「それを洗ってくれないか」
「はい」
血に塗れた良く分からない物体を洗うと、白い球体であることが分かった。これは何だろう。
「これは高級品の皮だ。ぶどうの皮をはがす要領でむいてみてくれ」
言われた通りにしてみると、つるんと白いものの中から何かが出てきた。紅い、というより血のような色だ。太陽を反射したそれは、不思議な輝きを放っている。これは。
「…………紅、石」
「そうだ。ルエ族が体内で年数をかけて構成しているものだ。これが武器に使われ、金持ちに売られ、国を潤している」
「じゃあ、その為に……」
おれは殺されてしまったのか。姉さんも母さんも。これを知った父さんは意義を唱えて結局殺され。カーラさんも。さっき運ばれてきた人もそれ以外の人達も。
ああ、合点がいった。
なぜ秘密裏に殺されているのか。ルエを虐殺するのであれば、便乗する輩が必ず出てくる。
そんなことが起きてしまえば手に入るはずの紅石が手に入らなくなってしまう。この代物を国が管理し斡旋したいのだろう。
それだけでない。年月かけて生成されるものであるから、育っていない子どもが狩られてしまうことも国からしてみれば問題だ。育っていない紅石を手に入れてもただの石ころぐらいの価値にしかならない。
なんだ。そういうことなのか。おれは、国の金に、武器になる為に。母を奪われ、父を奪われ、姉を奪われ、最後には自分の命まで奪われてしまったのか。
おれだって好きでこの家系に生まれたわけではなかった。もっと知りたいことがたくさんあった。家族で何事もなく平凡に生活してみたかった。
これが、おれが求めた答えだ。これで浄化される。
もっともっと生きたかった。そう考えると少し悲しく思ってしまうけれど、もう終わりだ。目をつむる。
「これから言うことは独り言だ。聞き流してもらってかまわない」
そういうと、おれたちを外に連れ出した医者は池に向けて口を開いた。池に映った医者の目には生気がないように感じる。
「この手で遺体をどれだけ傷つけてきただろう。この手があるからまた誰かが殺されて運ばれてくるのだろうと思うと悲しい。辞めてしまえればいいのにな」
この人は何を言っているのだろう。
「いっそのことクーデタでもなんでも起してしまおうか。もしかしたら、たくさんの命が救われたかもしれないけれど」
「あの!」
気がついたら叫んでいた。
「それならどうして、何も起こさないんですか。あなたのように思っている人もきっとたくさんいるはずなのに! 過去にだってそんな人がきっと!」
いたはずだろう。いたと信じたい。このような理不尽なことを平気でやることが正気の沙汰じゃないことぐらい、ルエ族でなくても分かると思いたい。
「いたわよ」
困って話さなかった医者に変わって話すのは、エリサ。近くにいたシャルロ教官は目を伏せる。
「十七年前、数百人の軍人やルエ族の者が蜂起した。ルエ族の処遇を知った士官達が国王を殺そうとしてね。その時に紅石が初めて使用された。その結果、蜂起軍は全員殺されたわ。それから五年後。ルエ族の抵抗運動のトップが殺された。それだけじゃないわ。今から八年前。ここの医療班を中心にハール駐屯軍がストライキを起こした。その時も抵抗者は全て殺されたわ」
「それって」
「全て隠蔽されてきたってこと。余計な事がおこらないようにって。ね、シュナ少尉」
そうシャルロ教官に話しかけられた医師は小さく頷いた。
国が力を欲しがる。それは当たり前だ。肥沃な大地と強い武力は国が存続をするのに必要だ。隣国と戦争になるかもしれない。大きな内乱が起きるかもしれない。今の国の形を保つには力は必要不可欠だ。
だけど、強力な武器を手に入れる為にこんなやり方していいのか。力のもとになる人間を殺して、反対する人間を殺して、すべて隠蔽して。
理不尽に奪っていいのかよ。
ふと、自分の視界が少しずつ白くなっていくことを感じた。驚いた。さっきまでそこら中にあふれていた色彩が失われていく。
嫌だ。
そんな考えが浮かんだ。さっきまでは諦めがついていた。ああ、これで旅が終わるのだと。
悔しいとかむなしいとかあったけれど、こんなにもはっきり浄化されたくないとは思っていなかった。
世界がかすんでいく。ひどい表情をしてしまっているのかもしれない。けれどそんなこと関係なかった。消えたくない。浄化してこのことを忘れたくない。何か、何か、何か……!




