2話:紫苑
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見渡す限りの森。ぐるっと回って見渡しても森。前も後ろも右も左も森。東西南北、全てが森。
方向感覚がなくなるような場所に入ってもう三日目の昼を迎えようとしていた。カーラさんはずんずん進む。ジャレットさんはちょっとずつ遅れていく。エリサはいらいらしている。
もういい加減にしてくれ。そう思っていた時、目の前に花畑が広がっていた。この辺りだけ全く木が生えていない。不思議だ。
ジャレットさんがもう疲れたと言わんばかりに倒れ込む。エリサはご満悦みたいだ。しゃがんで花を眺めている。
おれも花の周りに生えている芝の上に座った。いろいろな花が生えているみたいだ。美しいなと思う。このままうたた寝してしまいそうだ。
と、カーラさんは……。ああいた。おれの近くで花を摘んでいる。
「何の花を摘んでいるんですか?」
「紫苑の花よ。らーやん、すごい好きだったでしょ?」
「そうですけど、なんでまた」
「え、ああ。なんとなくねえ。りっくんが嬉しそうに昔話してたから、私もらーやんのこと思い出して。らーやんもルタでの思い出嬉しそうに話してたしさ」
それがどうしたの、という顔をしているカーラさん。なぜこんなに慌てているのだろう。
「リク君。寝転がりなさい」
「え」
「いいから」
ジャレットさんに言われるがまま寝転がってみる。草の匂いがする。落ち着く。そよ風が気持ちよくて眠ってしまいそうだ。
「力を抜こう。森の中を歩くのは気力も体力もたくさん消耗するからな」
「はい」
なぜだろう。もやもやする。
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今日も野宿か。見張り番は面倒だ。さすがに疲れた。眠い。近くにあった枝でたきぎをつついて火の粉を舞わせる。この意味のない行動を何度したか。
「りっくん」
「ああ、カーラさん」
見張り番の交代にしてはまだ早い。いや、そもそもおれの次がジャレットさんでその次にカーラさんだったような気がするが。
「眠れなくてねえ」
それなら変わってほしい。
「ねえ、りっくん。ルタの軍人さん、確か、ヘンリさん。りっくんに気がついてたよ」
「え」
ヘンリおじさんはラウの父親だ。規律を重んじる人だった覚えがある。幼い頃は誰よりも怖くて、いたずらをしては怒鳴り散らされていた。
そんなヘンリおじさんを落とし穴にはめてしまったのはいい思い出だ。
「それがさ、分かってるけど捕まえる気がないみたいなこといってたんだよね」
「それってきっと母さんが殺されたからです」
ショウ兄はノルンの軍人を信じる気はないと言っていた。だからヘンリおじさんがそう思っていても不思議ではない。
「母さん。突然来たノルンの軍人に殺されたんです」
「らーやんからきいてた。それをりっくんが忘れちゃってたのも知ってる」
知っている。え。姉さんとカーラさん、本当に仲良かったことは知っている。家に帰ってきて三人でご飯を食べるということもよくあった。
ただ、なぜこのことをカーラさんに話したのだろう。姉さん、こういうことは絶対に誰にも言わないと思っていたのだが。
「何でって言いたげな顔だね」
「姉さんが誰かに話してるってことが意外で」
「そっか。ねえ、りっくん!」
「はい」
「……眠くなっちゃった。見張り番よろしくね」
そう言ってカーラさんはテントの中に入っていった。
さっきまで寝られないと言っていたというのに何なのだ。眠い。また火の粉を散らす。ああ、この行動にも飽きてきたなあ。残りの時間をどうやってしのごうか。
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「カーラさん」
「あとちょっと。それほどかからないから頑張って」
「もう限界です」
「男の子でしょ! あと少しなんだから」
そのあと少しがつらい。誰か手伝ってくれたらいいのになあ、と思う。この猪を運ぶのはもう疲れた。
「あと少しってどのくらいですか?」
と言ったら、カーラさんが突然消えた。と思ったら上半身が浮いた姿で現れた。体を斜めに逸らせているようだが、何がどうなっているのだ。意味が分からない。
「ごめん。結界で見えないの。とりあえず突き進んで!」
言われた通りに歩いていたら、目の前には小さな村があった。紅の瞳に赤毛の人達がたくさんいる。よく見ると金髪の人も交じっている。
ふとカーラさんを見ると、カーラさんの髪色が金髪になっていた。はっとして自分の前髪を見た。いつのまにか見慣れた赤毛になっている。
ここは……。どうやらおれが探していた場所らしい。ルエ族の里。ユウル。
「カーラ!」
老婆がカーラさんに向かって声を上げる。どうやら怒っているらしい。村人が道を開け、ゆっくりと杖をつきながら老婆が歩いてくる。
「村を出ていった者の掟、分かっているはずじゃよな」
「一生戻ってきてはならない。この場所を教えてはならない」
「なぜお前は掟を破った」
「もうその一生も終わったの。私は友達のお墓に用事がある。この猪はその手土産。すぐに消えるよ。だから、墓参りぐらいさせてくれる? お祖母様」
カーラさんにお祖母様と呼ばれた人は、ふい、と視線を逸らすとどこかへ行ってしまった。それを見た村人たちが散り散りばらばらになっていく。
「猪はそこに置いておいていいよ。リク。みんな、少しだけ付き合って」




