1話:昨日見た夢
夢を見た。
一年前に出ていった時の姉さんと、幼い日のおれの夢。
姉さんは短刀で知らない人に何度も何度も刺されて血まみれだった。そして苦しそうな声で何度も言う。「ユウルへ逃げなさい」と。それでも幼いおれは気にせず、つみきで遊ぶ。にこにこ笑って、姉さんを無視し続ける。
我ながら変な夢だったと思う。小さな子どもならば、さすがに泣くぐらいはするだろう。今、夢の中のことを思い返すとぞっとするけれど。
このような変な夢を見たということは、姉さんに何かあったのだろうか。まさか。あの姉さんに何かあるなどないだろう。
さすがに一年も帰ってこないどころか音信不通であるから、心配だけれども。
さて、制服に着替えて学校へ行こう。そろそろ始業の鐘がなる。
※
学校までは徒歩十分。コーク王国の首都ノルンの外れにある、レンガ造りの全く品を感じない巨大な施設が、おれの通う国立士官学校だ。ちなみに授業料は無償、というより給料がでるという好待遇。さすがは国の持ち物。給料万歳。
これで校舎が十分の一ぐらいの大きさになればお国様々であるが、無駄に広いので、校門入っても教室まで十分ほど歩かなければいけない。
一言軍人と言えど、兵として前線に繰り出すもの、密偵として活躍するもの、医学や薬学を主として戦線に出るものなど様々だ。そのどれもに対応するためにできた学校。どうしても広くなってしまう。
広いしレンガ造りというのにむだにいかついから、周りの平民の住宅街からは明らかに浮いている。まあ、学校の周りだけ道は広くて、レンガが敷かれているからそこまで景観を壊しているわけではないが。
おれの家の周りもそうであるが、平民が住んでいる地区は、学校の周りを除いて狭い上に土が剥き出しのでこぼこ道が続いている。
昨日は雨が降っていたから最悪だ。道がぬかるんでいたから、おれの靴はどろまみれ。帰ったら洗いたいが、靴はこれ一足しかないから学校のない週末まで無理だ。
「おい、貧民!」
同じクラスにいる格の高い貴族のおぼっちゃまだ。フェルセン家だったか。隣には気の弱そうな取り巻きがいる。取り巻きもフェルセン家の分家だかなんだかだった気がする。
「なんでしょうか」
「きったねぇ靴! こんな汚え靴をはいてられるような召使いがこの時間にここにいるとは悠長だな」
また偉そうに。
お坊っちゃまは、右手を腰に当てて鼻を膨らませている。取り巻きは小さな声でそうだそうだ! と言わされている。
なぜだか滑稽に見えて、鼻で笑いそうになったがぐっと堪えた。
「いえ、一応二等兵と同じ扱いではあるのですが」
「二等兵? その辺の召使いと同じだろう? 生意気な口を利くんじゃない!」
この間の考査でおれより下だったのがまだしゃくに触っているらしい。それから随分経ったはずだと言うのに、根気強くいじめたがる。その執念と労力を別のところに使えばいいというのに。
「んだよ! 貧民! すかした顔しやがって!」
貴族様の拳が頬を掠める。速いから避けきれなかった。頬がじんじんする。思わず痛っと言ってしまいそうだったが、我慢した。
「申し訳ありません」
頭を下げる。これ以上は面倒だ。何か問題が起こったら、向こうにいくら正当性がなくてもなくなるのはおれの首だ。どうにもできない。
「分かればいいんだよ、このグズめ!」
グズはお前だ。身分をいいことに好き放題しあがって。座学ぐらい自分で勉強すればいくらでも点数になるだろうが。
と、心の中で貴族様の背中に向かって言ってみる。




