1話:ルタ
行きたい町がある。そのわがままを聞き入れてくれたのは、きっとフィスからあまり離れていなかったからだと思う。
なぜか突然思い出した、幼い日の思い出。ルタの町で歳の近い子どもが何人も集まって遊んでいた。おれはその遊んでいた中では年齢的に下の方だった。動くのがとろいからいじられていた気がする。
そのルタに突然寄りたくなってしまったのだ。理由は特にないが。
フィスからだと大体半日ちょっと。出た時間が早朝ではなかったから、ちょうど空が茜色に染まりだした頃についた。
フィス近郊というのにどうしようもなく田舎というところが懐かしい。
宿屋は一軒のみ。そこの家に住んでいたのは、昔よく遊んでいたショウ兄。姉さんに次ぐ二番目の地位だった。
確か一回だけ地位を争って喧嘩していた。それをみんなで一緒になって見ていた覚えがある。その時ショウ兄は、姉さんにこてんぱんにやられて泣いていた。その姿はとても印象に残っている。
「……ん?」
おれの顔を凝視するショウ兄。
「どうかされましたか?」
「いや、昔遊んでた人に似ているなと思いまして」
「そうなんですか」
本人なのだから当たり前だ。この状況だからむやみに素性をさらすことはできないが。
「部屋へ案内致します」
※
「……で、なんでいるんだ?」
ジャレットさんが出ていったから荷物を持っておれも外にでようとした。その時、エリサがなぜかやってきた。そしてそのままついてきたのだ。
「しょうがないでしょ? 部屋追い出されたら行き場がないじゃない」
「おれについてこなくてもいいじゃないか」
「別にいいじゃない!」
宿を出て村はずれまで歩く。太陽が今にも沈みそうだ。カンテラを宿から借りてきて正解だった。どんどん森の中に入っていくから、太陽が沈んでいなくてもすでに暗い。
しばらく歩いて目的地についた。昔、家族で住んでいた家があった場所には、十字架が建っている。どうしてだ。記憶をさぐってみるが、全く覚えていない。
「やっぱり、リクか。相変わらず表情少ないな、お前」
はっと思って後ろを振り返ったら、ショウ兄だった。この見た目でなぜ分かったのか、教えて欲しいぐらいだ。
「大丈夫。駐屯所には連れて行かない」
「……何ですか?」
「お前、やっと墓参りに来れるようになったんだな」
「え?」
墓参り。母さんのか。父さんのか。まずこの十字架の意味が分からないから、そのようなつもりにはなれないのだが。そもそもおれたちが住んでいた家はどうなったのだ。
「……その、お前の母ちゃん、お前の目の前で、その、むごい殺され方したし」
え。母さんの死に際。……やはりだ。全く思い出せない。そう言えば、父さんは。どうだったのだろう。覚えていてもいいはずだというのに。
「どうした。リク」
「……あの。もう、暗くなります。宿屋まで一緒に戻りませんか?」
「あ、ああ。分かった。で、ちなみに。隣にいる女の子は、お前の彼女か?」
「違います!」
※
宿屋の一階。食堂も兼ねているからたくさん木製の机といすが並んでいる。エリサも隣にいるが、まあいい。
「あの、母さんのこと詳しくきかせて下さい!」
「え。お前」
「覚えていないんです。父さんのこととか、母さんのこととか。それだけ、何にも」
この街で一緒に遊んでいた人のことも、近くのパン屋さんの匂いも、なんとなくではあるが覚えているのに、不思議だ。
「お前の母ちゃん。ノルンから来た軍人に殺されたんだよ。お前の目の前で何度も刺されてさ。逃げなさいって叫びながら」
え。心臓がばくばくする。母さん。あの夢の内容とほとんど変わらないではないか。何か思い出しそうだ。でも、何も出てこない。そういえば、父さんはどうなったんだ。あの十字架は。
「その後さ、お前の父ちゃん、首都に行ったんだけど、そのままずっと帰って来なくて。そしたらさ、突然ラダが家を燃やして。そこに十字架建てて。お前を連れてノルンに出てった」
「あの、母さんは何で」
父さんが死んだ理由は、きっとショウ兄に訊いたところで分からないだろう。でも。母さんのことならば、きっと。
声は震えていたと思う。どうしようもなく緊張する。どうしてと訊かれても分からないが。
「それがさ、分からないんだよ。お前の母ちゃん。リアおばさん、だっけ。優しくて町の誰よりも好かれてたし」
分からない、か。母さんと父さんの死、おれが国家反逆罪として追われている理由。何か繋がりそうな気もするのだが。もしかしたら姉さんの失踪にも何か関係があるかもしれないし。
「そういやさ」
「はい」
「ラダが五ヶ月前に来たんだよ」
「姉さんが?」
姉さん。全く何をやっているのだ。
「すぐ出ていくって言うからさ、これからどこ行くんだって訊いたんだ。希望の地、かなあ。だってさ。どこだよって話だよな」
「……そう、ですよねえ」
姉さんもユウルを目指していたのか。本当、何があるのだ、あそこには。
「ああ、お前、ずっと訊きそびれてたけど、本当に隣の美少女、彼女じゃないのか?」
「エリサは士官学校の同期です」
「ほほう。で、どこまでいったんだ?」
エリサの顔が赤くなっていく。短気なエリサの目の前に爆弾を置くなんて、いい度胸だ。このことに平気で触れるのはカーラさんぐらいだと思っていたが、どうやら違ったらしい。きっと、ショウ兄がいじりたかったのはおれのことだったのだろうが。
「ちょっと。そんなことここで言う必要ないでったああああ舌噛んだああ」
勢い余って舌を噛む。新しいパターンだな、それ。
※
朝。墓地にいた。出発する準備はできていたから、別にここにいてもいいだろう。
最初に一年前に亡くなったラウルの墓に花と甘いお菓子を備えた。
もう何年も会っていなかったが、小さい頃一緒に遊んだ仲間だ。生前に会っておけば良かった。まあ、生前のラウルにはお菓子などあげられなかったが。
次に母さんのお墓の前で手を合わせた。確か、姉さんが母さんの好きな花だって言っていた、ひなげしを供えた。
頭の中で母さんとの思い出を探ってみるが、何も出てこない。きっと無意識に記憶の片隅に追いやったのだと思う。母さんはどんな人だったのだろう。どうしてショウ兄が言っていたように殺されてしまったのだろう。謎だ。
「りっくん?」
「カーラさん」
顔を上げると、斜め後ろにカーラさんがいた。ここにくるとは告げていなかったはず……ああ、ショウ兄か。
「リク! 早くしなさいよ!」
立ち上がって振り向くとエリサとジャレットさんもいた。ジャレットさんがそっとしておいてやりなさい、とエリサをなだめている。用は済んだから別にいいのだが。
「悪かった。今いく!」
「いいの?」
「大丈夫です」
「うん。じゃあ、行こうか!」
カーラさんが笑って、すたすたと目の前を歩く。おれも後に続いた。
少し歩くとおれの住んでいた家の跡地があった。姉さんたちと家の中で遊んだり、お菓子を食べたりしていた思い出。ただ、そこから父さんと母さんの記憶が消えている。家を見ても、墓参りに行ってもだめだったか。




