8話:ラウ少年
※
「はあ。死ぬかと思ったあ」
「本当、息苦しかったですね」
びしょびしょに濡れた体で、おれとカーラさんは医務室に向かっていた。さすがに感電させた相手には謝ろうと思ったからだ。
目が覚めたという男の人とローブの人。ベッドで寝ていた黒髪の人は、おれたちを見て身を起こした。ローブの人はどうやら男の子だったらしい。彼の足もとあたりで座っている。
「あ、優勝おめでとうございます」
「あ、いや、その。すいません。あの魔法。結構痛かったですよね」
「いいんです。ぼくが魔法を使ったから、あなたたちが反応したんでしょう」
「…………おまえ」
「え」
ローブを着た少年がそういってじっと見る。痛かったのだろうか。それとも、おれの顔に何かついているのだろうか。まさか、おれが張り紙の人物だと……いや、あんなに似ていない人相書きでは分かる訳がないか。
「レザリアでエリサといただろ」
「は?」
拍子抜けした。エリサとは離れられないから、一緒にいただけだ。何か引っかかることでもあるのだろうか。
「見たぞ」
「あ、ちょっと。レナート」
「さっきもふたりきりで買い物してた」
「レナート!」
だからどうした。
「あ、あの、すいません」
「いいですよ。おれはリクです。隣にいるのはいとこの」
「カーラです」
「ぼくは、ラウル、です」
座っているレナートに笑顔で覗き込むカーラさん。ふいっと顔を逸らすレナート。少し顔が赤い。ああ、そういうことか。
「どうしたの、レナート君?」
意地が悪いカーラさん。本当、悪役にしか見えない。
「あの、リクさん。聞きたいことがあるんですけど」
「何ですか?」
「いや、あの。夜、二人で食事しませんか?」
「へ?」
「もし、良かったら」
「いいじゃない。りっくん。こんなかわいい子と食事よ!」
いや、いきなり誘われても困るのだが。どうしようか。二人きり。別に恨まれているとは思っていないが、何がしたいのだろう。
「あの、エリサとレナート君も一緒はどうですか?」
ううん。と言うラウルさん。ああ、そうか何か問題があるから、二人でと言ったのだろう。何だろう。
「あ、レナート君」
「何」
「エリサと二人きりでご飯食べない?」
「食べる」
明るい顔になるレナート君。少し複雑な気分だがまあいい。何かあるなら情報を得た方がいいだろう。
「……やはり四人でないとだめですか?」
「いや、二人でいいですよ。エリサとレナート君眺めながら食べませんか?」
「……分かりました」
唐突にもほどがあるだろう。だから、近くにエリサを置いておこうと思った。ああ、エリサに何を言われるだろうか。
※
「一つ訊いていいか」
何も嫌がらず、レナート君と食事することを受け入れたエリサ。いつもなら勝手に予定を入れないでよと怒るだろうから、驚きだ。
「レナートとの関係でしょう? 私が指導されてた時にじじいが担当してたの。懐かしいわあ。あの後一回会ってからご無沙汰してたのよね。もう六年ぶり」
この六年間。きっとレナート君はエリサを見ては話しかけてこなかったのだろう。ああ、可哀想に。
しばらく歩くと、目の前にはさっきの二人がいた。近くの小さな店入って別々の席に座る。穏やかな雰囲気の店だ。小奇麗で若干暗めなところがいい。
注文を済ませて、ちらりとエリサたちを見る。エリサが嬉々と話している。ああいう顔、初めて見た気がする。
「あの! その。まず、リクハルド、さんですよね? あなたのお父さんの名前はアーロンさんで」
「え」
まずい。いや、捕まえたいのであったらすぐさま国軍の駐屯所に駆け込んでいるだろう。じゃあ、何が言いたい。
「ああ。そうでしたね。すいません。あの、ぼく会ってみたいなって思っていたんです。ずっと昔に遊んでくれたのを覚えてて」
ずっと昔に遊んだ?
だめだ。父さんたちが生きていたころの記憶がほとんどないからか。全く出てこない。
「驚いています。リク兄ともう会えないと思って。さすがにもう、期限付きでしたから」
「そうですか。でも、おれ、全く思い出せなくて」
「そうなんですか。……あの、アーロンおじさんとリアおばさん、元気ですか?」
「いや。もう何年も前に……」
「…………え。いつなんでどうして」
そう慌ててドンって机叩かれても。ええと。あれ。いつ、だっけ。四歳か五歳頃は生きていた。その後は、気がついたらノルンの学校で勉強することにのめり込んでいた。何歳だ。九歳ぐらいか。
「あ、ごめんなさい……」
「いいよ。ラウ」
ぽろっと出てきたラウという呼び名。それを聞いてか、ぱあ、とラウの顔が明るくなる。
「思い出してくれたんですね」
ああ、そうだった。父さんの同僚の息子だ。父さんもラウの父親も軍人で、ルタの町で家族と暮らしていた。あれ、そのラウだったら。
「いいのか。コロッセウムなんかで戦ったりこんなにたくさん食べたりして……!」
「もう。いいんです。何したって。願い事を叶える日までは」
「あ」
ラウは病気だった。幼い頃から走ることもできない、食べ物も決まったものしか食べられない。酷い時は外にも出られなかった。でも、そうか。おれと同じでラウはもう。
「そっか」
「心配させてごめんなさい」
「いや。いいよ。そういえば、よくおれだってわかったな。髪の毛も瞳の色も違うのに」
「レナートが見とれてるから、何だと思って見たんです。したら女の人の隣にリク兄いて。その時は赤毛だったし。その、言ったら悪いんですけど」
「赤毛は目立つから、だろう?」
「……はい。フィスで見かけた時は、エリサさんといたので。一瞬誰かなと思ったんですけど、顔がリク兄だったので……で、その」
ああ。これからが本題か。コップにそそがれた水を飲む。
「リク兄。何かしたんですか?」
それか。いや、なんとなく訊かれることは分かっていた。国家反逆罪で追われていることになっている。ここまでのんびりしていると忘れてしまうが。
きっと彼には犯罪者として目に映っているのだろう。
「分からない」
「え」
「理由は分からないが、国がおれを殺したがってるんだ」
黙々と食べるラウ。おれが何を言っているのか理解しかねてなのか。単に気まずいだけなのであろうか。
「国としては、存在が罪だって」
「どうして?」
「それを調べてる」
「ごめんなさい。こんなこと訊いて」
「いいよ。これはおれがエリサに願った事なんだし。ちなみに、ラウの願い事は?」
ラウは持っていたフォークを置いた。そしてさっき口に入れたものを飲み込むと、じっとこっちを見た。嫌なら嫌で答えなければいいことだというのに、迷っているのだろうか。
「あの、笑いません?」
「笑う必要性はないからな」
「……その、お世話になった人にお別れを言う為です」
ラウらしくていいじゃないかと言ってから気がついた。ではなぜコロッセウムにいたのだ。全く関係ないはずだろう。
「国中をまわっていろいろ見たかったのもありますけどね。本当。コーク王国、すごく広かったなあ」
そういうことか。フィスで有名なものと言えばコロッセウムだ。ラウならば出たいとでも言うだろう。
「まあ、大陸まるまる一つが一つの国だからな」
「あの、地域によって全然文化が違って。言葉とか食べ物とか」
「これだけ広い国なら、方言もたくさんあるし、食文化が違うのも当たり前だと思うけどな」
「……リク兄。感動って言葉を知ってるの?」
意味も用法も知っている。と答えたらきっと余計に呆れられるだろう。姉さんにも毎日のように呆れられていた気がするし、エリサには随分ののしられてきたわけだし。
「……ああ。まあ」




