7話:コロッセウム
カーラさんはどうしてこう、唐突なのだろう。
買い物を済ませて宿に戻った直後だった。この後は、だらだらして明日の出発に備えるつもりでいた。
「へ? ど、どういうことですか?」
「どうもこうもよろしくね!」
「いや。意味分からないんですけど」
ここは経済都市、フィス。コロッセウムで有名なのは誰もが知っていることだ。昔。それこそ、トトモ王国成立前から断続的に続いている娯楽。昔は奴隷を戦わせていたらしいが、今は強者達が賞金を目指して闘う場所になっている。
「私とペアを組むのは嫌?」
「いや別にそんなことないですけど」
「ならいいじゃない! よろしく」
「そもそも何で」
「賞金で何か買おうかな、なんて」
予想通り。賞金目当てだと思った。一人の時より二人の方が賞金は多いのだ。カーラさんのことだ。本当にただ暴れたいだけならば、おれを誘わないで一人で挑むだろう。
「はい、じゃあ、ジャットさん。行ってきます」
「いってらっしゃい。エリサと一緒に見に行くよ」
なぜ、ジャレットさんは止めないのだろう。いや、にやついているのだろう。何がそれほどまで面白いのだ。さっぱり分からない。
※
コロッセウムの中心にいる。観客が歓声を上げる。賑やかだ。石造りで円形のコロッセウム。観衆は誰が勝つのか予想してお金を賭けるのだ。誰が一番人気かは忘れたが、おれたちが最下位だったことはよく覚えている。
テンションが高すぎる司会がごたごた喋っていてうるさいなと思ったら、ゴングが鳴った。相手側の屈強そうな男二人組がこちらに向かってきたから試合が開始したのだろう。
向かってきたと言っても、二人ともカーラさんにだが。
足音を立てないように、カーラさんと二人から離れていく。カーラさんのことだ。ぱっと避けまわってくれるだろう。そのうちに。
少し離れたところから、地面を蹴った。気がつかれたが、この位置からなら首の後ろを狙える。
手渡された、ロングソードのような形の木刀の持ち手側で急所に力いっぱいぶつける。案の定、気を失ったみたいで、男はそのまま倒れた。
さてもう一人。目の前には機敏性に優れたカーラさん。おれのとろい動きで一人倒せたのだから、なんとかなるだろう。
挟まれた男は、まずおれをつぶそうと思ったらしい。おれに向かって大きな剣を振るおうとした。だが、そのことが間違いだったらしい。
カーラさんのひざが体をひねろうとしている男の鳩尾に入った。男がよろめく。その瞬間を狙って、首をはね飛ばすイメージで剣を振った。
もちろん寸前のところで止めたが、これが本物の刃であったらきっと首を飛ばしていただろう。
「どうする? 降参する?」
男の後ろから、にやりと笑ってそう言い放ったカーラさん。どう見てもただの悪役だ。
「誰がするか!」
「もし、これが普通の剣だったら首飛んでますよね? ここのルールだと、それって負けにならないんですか?」
男は武器を捨てて両手を挙げる。歓声が上がった。
「三番人気が一回戦で脱落したああああ。今回はいつも以上に波乱が予想されるぞ!」
この人たち三番人気だったのか。普段、学校で鍛錬していた相手と比べるとあまり強くなかった気がする。カーラさんがいたからそう感じたのかもしれないが。
※
順当に勝ち上がっていく。どちらかが倒れることもなく、相手の急所を狙っては決めて降参させたり、時には二人とも気絶させたり。
士官学校で必死に勉強や鍛錬をつんできたおかげか、おれみたいなのろまでも、若干の物足りなさを感じる。カーラさんが強い、ということもあるが。
「りっくん。行くよ。さて、優勝して賞金がたんまりもらえるか、準優勝になっちゃってちょっとしかもらえないかは、この試合にかかってるからね」
もう決勝戦なのか。あっけなかったな。
また石に囲まれた長い廊下を進む。無駄な運動だ。これでさらに運動しなければならないのだから、嫌になってしまう。まあ、学校で教官にどやされる実戦の授業よりずっといいが。
大きな広間にでる。目の前にはすでに相手の二人がいる。一人は痩せていて柔和そうな感じの人。黒髪がこの地域では珍しい。どう見ても戦う人間には見えないが。もう一人はローブを着たカーラさんぐらいの背丈の人。性別は分からない。
うるさい司会の声と一緒に、試合開始の合図の音がする。
「りっくん。男の人の気を引いて」
「分かりました」
動こうとしない二人。嫌な予感がするが、ここで引くことはできない。
男に向かって剣を振るった。首のあたりに斬りかかってみる。当然、止められて流される。
危うく剣を落としてしまいそうになった。どうしてだ。あの見た目でどこからあのような力がわくのだろう。
勝てる気がしない。いや。そこはいいのだ。カーラさんは気を引けと言っていた。別にこの人に今一人で勝たなくていいのだ。
とりあえず、カーラさん達から離れるよう、右側に足を一回蹴る。あたりまえのように男はおれにくっついてきて剣を横になぐ。頭を狙ったのだろうか。あれをくらったらきっとおれは負けだろう。
体をそった後、手をついて後ろに一回転してみる。距離は当たり前の様に詰められて、今度は脇腹を狙われる。さすがに避けようがないので受け止める。
重い。また剣を離しそうになった。この状況では引くにも引けないから、腹に膝を入れてみる。
相手の力が少しだけ弱まったすきに、剣を引き、さらにカーラさんたちから離れる。当然くっついてくる男。服の中から出てくる、紅石。首につるしていたのか。
まずい。変な空気を感じる。距離を取る。魔術か。あれ、魔術は使って良かったのだろうか。あ、いや良かったはずだ。相手が死なない程度であればだが。まずいな。
大きな水の玉が飛んでくる。いや、これってむしろチャンスではないだろうか。
また剣を離しそうになったがなんとか受け止めた。さっそく強い雷のイメージをする。水が電気を通してくれるのだ。あまりに強い電気なら近くによるだけで、感電してくれるはず。
近寄って、剣を振り下ろす。相手の木刀のじゃっかん濡れているところを狙った。……はずだったのに、目の前には剣がない。そのまま衝撃波になった雷も遠くへ飛んでいった。
気がついた時には遅かった。相手から距離を取られている。嫌な空気が流れる。ちらりとカーラさんを見たら、腹を押さえていた。
まずい。
走る。このままでは、やられてしまう。
いや、まてよ。仮にローブを着た人が死神だとしたらだ。水を操る力だ。相性がいい。それなら。カーラさんのそばに寄る。
「りっくん!」
「カーラさん。防護膜を!」
「指示されなくても、もう、ね! あの男の子、きっと私達と一緒だって読んだんでしょ?」
お見通しか。まあ、カーラさんだ。読まれてもおかしくないが。
何もないところから水が出てくる。大きな波だ。気がついたら飲まれていた。強い衝撃。防護膜がなければ気を失っていただろう。
若干、水の流れが変わった気がした。今だ。手がしびれると同時に、黄色い光が水の中へと広がってばちばちと音が鳴る。
ふいに水が消えた。
そして終わりを知らせる音がカーンと高らかに鳴った。




