3話:らーやんの友達
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はっとした。
何が起こっている。さっきの突っ込みどころ満載な夢はなんだ。
親の顔はのっぺらぼうだし、人はどんどんいなくなるし、色はすべてオレンジ色だ。
どこか懐かしくて暖かく感じた気がするけれど、それ以上に寂しくて、何か伝わってきそうで、でもそれが何か分からないような感覚がした。
昨日見た、エリサが猪の上に乗って私はこの世の王者なりとか意味分からない夢の方がまだ平和で楽しく感じる。
その前に。どこだ、ここは。そして、目の前にいる人は誰だ。
状況が飲み込めない。
「あ、起きた」
聞いたことのある低めの声だと思った。
見た目はソプラノ声出しそうなのに、もはや男性に近いような低い声。でも、その人って髪の毛とにかく長かった覚えがある。栗色のくせ毛という点は同じだが。
「久しぶり。らーやんの弟くん」
「カーラさんですか?」
「ご名答。そんな君のことは、りっくんとまた呼んであげよう」
姉さんの友達であり、学校中のマドンナであり、学校随一の天才と謳われたカーラさん。まさに、典型的な憧れの的だった。
そんなカーラさんは、親しくなると必ず呼び名をつける人だった。だから姉さんのことは、ラダを少し変化させてらーやん、おれのことはりっくんと呼んでいる。
それにしても、カーラさんの見た目が随分変わってしまった気がする。
もう少しぽっちゃりしていた覚えがある。太っていたわけではない。というより、今が細すぎると言えばいいか。髪の毛もずいぶんと長かったはずなのに、今は肩より短い。
確か、カーラさんの専門は医学だったとはずだ。かなりの激務な部隊だと聞く。疲れているのだろう。
「カーラさん、どうしてここに」
「うーん。その前に、まずはりっくんの状況を教えるね」
「おれの、ですか?」
「昨日の夕方、もともとあった傷口が開いた。それで血が流れて倒れたんでしょうね。たまたま、りっくんと一緒にいたエリーが助けを求めてたのを見つけてね。近くの宿で処置をしたわけ。あ、ついでに大量の膿も取り除いておいたから」
どうやら知らない間に大がかりなことになったらしい。膿むと大変だから傷の自己管理はきちんとしろと、医学基礎の教官に言われた記憶がある。
それができていなかったということか。そもそもどうすればいいかもよく分かっていなかったから管理など無理か。
「それと、確認したいことがあるんだけど」
「虹彩の色、りっくん紅かったっけ?」
目が、紅い。まさか。おれの目はヘーゼル色だ。どんな理由があれ、自分の目の色が変化するなど考えたくもない。何か特別な力でもあって覚醒したからだなんていう物語じみたことがありえるはずがない。
「いや、おれ、ヘーゼル色なんですけど」
「ああ、そういうことか!」
「いや、勝手に納得しないで下さいよ」
何に納得したのか訊こうと思ったら、突然ドアが開いた。ばんっと音を立てて勢いよく開いたから少し驚く。
「ただいまー。あっつー。帽子じゃまー」
「あー。エリーにジャットさん、お帰りなさい」
「エリサ。帽子をベッドに投げるな。はしたないぞ?」
「いいでしょ、じじいとカーラの前だし」
帽子がおれの顔に飛んできた。帽子のつばが勢いよく当たる。
「痛っ」
「あれ、リク起きてたの?」
まず、何から言えばいいのだろう。ドアが開いたと思ったらいきなり帽子が飛んでくる。エリサの手には大量の買い物袋。さらには、知らない初老のおじさんがいる。
天然パーマでスーツの紳士、とでも言えばしっくりくるだろうか。エリサと彼を見ていると、親子だ。
それより、周りがおかしいのだろうか。おれの頭がおかしいのだろうか。エリサの猫耳に対して誰も何も言わない。
もしかして、猫耳生えた人間はどこにでもいるのだろうか。
いやいや。ありえない。何をどう考えたらそうなる、おれ。エリサ以外に猫耳をくっつけた人間など、見たことないだろうが。
「ねえ、リクってさ、目、紅だっけ?」
「違う。ヘーゼル色だよ。そもそも紅の目ってさ、ルエ族の象徴だろう?」
「じゃあ、リクハルド君はルエ族なんだね」
「へ?」
そう言ってにこりと笑うのは、知らないおじさん。エリサともカーラさんとも知り合いだということぐらいは分かるが。
「申し遅れました。私、死神のジャレットと申します。今は、カーラ・トヒルさんの願いを叶える為に、お供しております。十年程前まではエリサの指導係でしたので、彼女とも知り合いです」
そう言って、ジャレットと名乗った死神が笑った。
そうか。カーラさんについている死神で、エリサの元指導係と考えれば、ジャレットさんが二人と知り合いで当たり前か。
いや、それって。
「カーラさんも?」
「りっくんと同じ。私は墓参りしたいってジャットさんに言ったのよ。パテカトルから来たから遠かったなあ。まあ、ここからもかかるんだけどね」
そうあっさり言われてもおれに関してもそうだが、現実味がない。非現実をしっかり受け止めろと言われているようで疲れる。
「とりあえず、そういうのどうでもいいけど、あんた、ルエ族なのね」
どうでもよくはない。カーラさんがおれと同じ状況。何があったか訊きたいが、それはさすがにだめだろう。
「そうだよ。りっくんはルエ族なんだよ」
「え。待って下さいよ!」
ルエ族。魔術を操り、ホチ族を支配し弾圧してきたと学校で習ったよくわからない民族。
おそらくいい時代もあったのだろうが、歴史の時間を筆頭に、ルエ族はコーク王国にとっては悪者と教えられる。あまりいい気はしない。
その前に、おれの目の色は紅色ではない。魔術も使えない。姉さんの目の色も、おれと同じヘーゼル色だった。
「ええ。らーやんから何もきいてないの?」
「何もって、ルエ族についてですか?」
「それ以外に何があるのよ」
「エリサにそう言われてもなあ」
「本当にりっくんは知らないんだね」
何も知らない。確かに、おれは自分の生い立ちも両親が何故生きていないのかも、知らない。別に不便に感じることはなかった。
きっとそれはこれからも。知らなくても生きていける。いや、エリサに言わせれば、おれは死んでいるが。
「おれ、ルエ族なんですね」
「うんと、まあ、正しく言うと、ルエとホチの混血児なんだけどね。りっくんのお父さんはホチ族で、お母さんはルエ族」
その話、聞いたこともなかった気がする。別に腑に落ちるような感覚もなければ、心臓が変に脈打つような感覚もない。
「とりあえず、その目の色はどうにかした方がいいね。りっくん、もともとは何色だったんだっけ」
「ヘーゼルです」
「それなら、ヘーゼルにすればいいかな」
はい。と喉から出そうになったところで止めた。どうやって目の色を変えるのだろうか。死神がいれば変えられるのだろうか。
いや、それはないだろう。死神が与える能力はきっと攻撃的な物。回復させるようなものもあるかもしれないが、色を変えることができる能力では、危機に瀕した時に何もできない。
それはつまり、カーラさんがルエ族だということだ。目が紅くないのは魔術で隠しているからだろう。
「どうしたの? ほかの色がいい?」
「あ、いや、その」
「そりゃあそうよね」
なにがそりゃあそうよね、だ。とエリサに言い返そうした時、忘れてた。と言われて、一枚の紙を渡された。
それにはおれの人相書らしきものが描かれていた。なんだか無駄に目つきが悪くなっている。これではまるで別人だ。
と、絵に関して触れている場合ではない。問題は罪名だ。「国家反逆罪」。何度瞬きしても、目を擦ってもそう書いてある。
おかしい。
もし、痺れさせた人が本当に軍人だったらとしたらだ。あれはいきなり向こうに襲われたのだから、正当防衛だ。とにかく悪く言おうとしても、任務の邪魔をしたことになるから、公務執行妨害ぐらいにしかあたらない。
それが国家反逆罪だ。公務執行妨害では殺せないから、堂々と殺す為に国家反逆罪という言葉を使おうと。
そこまでしておれを殺したい理由は何なのだろう。理解できない。
「なるほどね。それならりっくん。思い切って髪の毛の色も変えようか!」
「一応、お願いします」
「そうねえ。髪の毛はピンク。虹彩は赤と青なんてどう?」
「お断りします」
カーラさんはにこにこ笑う。言われることを楽しんでいる。何も反応しない方が良かっただろうか。いや、カーラさんなら本当にやりかねない。
こういうのはジャレットさんに決めてもらうのがよさそうな気がする。エリサに訊いたら必ず、面倒くさいからカーラさんが言った色にしろと言うだろう。
「あの、ジャレットさんは何色がいいと思いますか?」
「髪の毛は緑、目が桃色はどうだ?」
ジャレットさんも遊んでいる。真面目な人だろうと勝手に思っていたが、どうやらおれの思い込みだったらしい。
「それは冗談として。そうだなあ。一般的な色となると、髪は栗色で目は濃い茶色がいいか」
「カーラさん。ジャレットさんが言った、栗色の髪と、濃い茶色の目にしてもらえますか?」
「了解! りっくん。おとなしくしててね」
カーラさんが目をつむると、光がおれを包む。暖かな光だ。美しい、光。その光はすぐに消えてしまったが。
「へえ。すごいね、カーラ。本当に髪の毛と目の色変わってる。前なんか赤毛にヘーゼルだからかなり目立つ色だったのに」
「悪かったな、赤毛で」
髪の毛を抜いてみる。光に当てると明るくてブロンドみたいな色だったはずの髪が、光りに反射している部分だけ少し茶色になっていて、ほとんど黒い髪色をしている。
不思議だ。
「リクハルド君」
「長い名前なので、リクで結構です」
「そうか、では、リク君。あまりかっかしないで、夕餉まで休みなさい。あれだけの傷を綺麗に塞いだんだ。随分と体力を奪われてるはずだ」
傷を綺麗に塞いだ。
ジャレットさんは何を言っているのだ。膿だらけの傷がそう簡単に塞がるだろうとは考えられない。
そうだ。無理なはずだが、目が覚めてから、あるはずの痛みが全くない。まさかと思って手術痕が残っているはずの下腹部を撫でてみても、何も引っかかるものがない。
「私の付加能力は治癒。大抵の傷は治せる。ただ、この能力は術を施される者の自然治癒能力を一時、爆発的に上げるものだから、術を受けたものの体力を奪ってしまう」
「よく分からないけど、とりあえず能力使う度に怪我人の体力を奪うってこと?」
「そういうことだ。エリサ。ほら、少し休ませてあげよう」
眠れ。
そう促されても、これは無理だ。エリサの帽子がいきなり飛んでくる。起きてからたくさんの情報が流れてくる。頭が動き出すと、しばらく寝られる気がしない。
突然、扉がどんっと音を立てる。何だ。まだ仲間でもいたのかと思ったら、宿屋の女将さんだった。ぽっちゃりしていて、どこか気が強そうだ。
「リクハルド・ヒューリネン」
おれの名前を呼ばれた。手汗が酷い。しらをきれ。捕まったらどうして殺されたのか分からないまま、また苦痛を味合わなければならないじゃないか。
「という客をしらないかい?」
どういうことだ。いや、そうか。今は髪の毛の色も目の色も違う。適当にかわしていればなんとかはなるだろう。
「知りません」
ジャレットさんがすっと前に出てくれる。
「奥のベッドで寝ている子、どことなく似たような見た目してるけど」
背中からも汗が流れる。落ち着けおれ。ジャレットさんが上手く対応してくれるに決まっている。
「私の息子がですか? 他人の空似でしょう」
「ああ、なんだ。リク……なんとかって客は赤毛だったね。目立つから覚えていたんだよ。ごめんよ。お客さん」
そう言ってどこかへ行ったおばさん。ひやひやしたが、なんとかなったみたいだ。
疲れた。体がだるい。風邪でもひいたような気分。さっきからあったけれど、また一段とひどくなったような。
「じじいとこいつってもはやお祖父ちゃんと孫じゃないの?」
ぷぷぷ。と笑うエリサに対して、ジャレットさんは苦笑いする。
「エリサ。私はそんな歳じゃない。その前に、じじいと呼ぶなと言っているだろう? いい加減直しなさい」
「私、ジャットさんがお祖父ちゃん案、違和感ないなあと思うんだけどなあ」
「リク君」
「はい」
「私は、きみのような大きな孫がいるような年に見えるか?」
「あ、いや、その」
風格があるから、おれにもそう見えます。そのようなことをへこんでいるジャレットさんには、口が裂けても言えない。




