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8.方向音痴なあたしと薔薇園の魔女 後編

 咳き込んで止まらないあたしに、おばあちゃんは真っ白なナプキンを放り投げてよこした。


「汚いねえ、あわててがっつくからそういうことになるのさ」


 ええっ、それはあんまりです!

 爆弾発言したのはおばあちゃんのほうですよ!

 あたしはナプキンであちこちぬぐいながら、そう突っ込みたいのをこらえる。


「この国じゃあね、街中で靴を履いていないのは罪人くらいなもんさ。どんなに貧しい連中でも、靴だけは履いている。家の中ではどうか知らないけどね。それをあんたは、裸足でペタペタ歩いていた。いくら洋服がメイドのものでも、それだけでおかしいってすぐわかっちまう」


 それじゃあ、マッチョはあたしの靴がないとは思わなかったのか、もしくは靴がなければ逃げないとでも思ったのか。とりあえず靴が用意されていなかったのは、こちらの常識によるものらしい。


「それにね、あんた気づいているかいかい? あんたが今、何語でしゃべっているか?」


 やっぱり言葉が通じていること自体がおかしかったみたいだ。まああたしも、さすがに相手が日本語でしゃべってるはずないよなあとは思ってたけどね。


「あたしには、あたしの生まれた国の言葉に聞こえます」


「そりゃ奇遇だね。あたしにもあたしの生まれ育った国の言葉に聞こえるさ。もう随分と前に無くなっちまった国だけどね」


 それはそれは……。

 あたしの異世界トリップには、いわゆるチートという言語翻訳機能が付いているらしい。それも欠陥ありまくりのもの。


 考えてもみてほしい。全ての話し手に、馴染み深い母国語としてあたしの言葉が聞こえたらどうなるか。


 それが現在主要な言語、公用語なら、語学に堪能だねくらいで済むだろう。けれど少数民族や亡国の言語なら? しかもそれをいくつも同時に操っていたとしたら?

 最悪、迫害の対象やレジスタンスとして謀反の可能性ありとみなされることだってありうるのだ。母国語にはそれだけの重みがある。


「それで、そんな怪しさ満点のあたしに声をかけてくれたのは何故ですか? 関わり合いになっても面倒なだけですよね?」


 自分で聞いといてなんだが、絶対に面倒ごとだ。そうに決まっている。

 今となっては、ミニ薔薇風呂もおいしく頂いてしまったアップルパイも、すべてが仕組まれたのだと思えてしまう。頂いてしまった以上、社会人としてきっちりお礼はせねばなるまい。

 結局面倒なことから逃げ出そうとして、さらに面倒なことになってしまった。


「あんたが別の理の世界から来たのなら、それはこの北の国の聖女と王宮がからんでる。時空を超えた魔法は、使用が厳しく制限されているからね。使えるのは北の国の神殿の聖女か、限られた王宮魔導士だけ。だからいずれにせよ、あんたは王宮に行かなくちゃいけない。逃げるのは無理だからね。そんなあんたにだから頼みごとがあるのさ」


 王宮に神殿とか、二大権力来ました。どっちににも追いかけられるんじゃ、あたし逃げようがないっすね。

 はい、詰みましたよ。


「王宮にいる『物忘れの姫君』の恋路を守ってやって欲しいのさ。可哀想なもんさ、年頃の娘だってのに、恋の一つも知らないなんて」


 あたしは、聞きなれないフレーズに眉をひそめる。

 『物忘れの姫君』なんて、どう考えても褒め言葉じゃないわ。通り名にしてもほどがある。


「まあ世間では、『北の国の王妃となる』そう予言された東の国の姫君と言われてるんだけどねえ。本当のところは、ちょいとばかり違うのさ。『王女が愛し、選んだ相手が、この北の国の王となる』もともとの予言はこうだったんだからね」


 おばあちゃんが話してくれる内容をゆっくりと反芻する。

 『北の国の王妃となる』と『王女が愛し、選んだ相手が、この北の国の王となる』か……。


 愛して選ぶってことは結婚するってことかな? いずれにせよ、東の国の姫君は北の国の王妃になるんだね。

 東の国にとってはどちらもそう変わらない予言。王女が北の国の王妃となることだけが決まった予言。

 北の国にとっては寝耳に水な、厄介な予言。ともすれば、政治的な思惑を飛び越えて、北の国の王が決まるかもしれない予言。


 だから予言は改竄された?

 おばあちゃんは、そんな王女様の恋路を守りたいんだ。彼女に自分自身で運命を切り開かせるために。


「予言の内容が北の国の王は気に食わなかったんだろうね。あの子が生まれた東の国は、武力で脅され、王女は人質として差し出された。予言は改竄され、王女は北の国の将来の王妃として軟禁され、今に至るというわけさね」


 いろいろと北の国の機密情報みたいな物がバンバンつまったお話、ごちそうさまでした。

 おばあちゃん、あたしに拒否権はないとわかっていて、後出しの内容が半端ないですよ?


「具体的にあたしは何をすればいいんですか? 聖女や王宮の考えはご存知ですか?」


 結構あたしは人情物の話には弱い。最初からお涙頂戴系のドラマとわかっていても、いざとなると号泣するくらいだし。

 どうせ逃げられない運命なら、お手伝いして王女には幸せになってもらいたい。


「ふふ、そうだね、今はここまでしか言えないね。あんまり最初から変に関わってもロクなことにならないし、あんたがいるだけで現状は大きく変わるだろうよ」


 おばあちゃんは口の端をニヤリと持ち上げて笑う。

 この笑みは知ってるぞ! 会社の先輩が残業をあたしに丸投げして、あとはよろしく相川って帰っちゃうパターンのやつだ!


 おいおい、おばあちゃん。平凡な……というより、各種ステータスが最弱なあたしに、対策なしでどうやって姫君の恋路をを守れとおっしゃる?

 そもそも方向音痴なあたしじゃ、姫君の恋路をを守る前に、姫君のもとにたどり着きませんよ!


「仕方ない子だねえ。シュワイヤー、おいで」


 おばあちゃんに呼ばれて、どこからか現れた灰色の猫は、あたしの足元に座ると小首を傾げてこちらを向いた。

 滑らかな毛並みは、光の加減によって銀色にも見える。金色の双眸は、どこか理知的な光を帯びていた。

 長いしなやかなしっぽに、ぴんとはったおひげ。濃紺の首輪には、乳白色の石が埋め込まれている。

 久しぶりに見ました! こんな美猫ちゃん。


「悪いけどね、取り急ぎ離宮に連れて行ってあげておくれ」


 その言葉に、おばあちゃんのほうを見た猫は不満そうな鳴き声を漏らした。明らかに機嫌が悪い声ですね。まあこんな寒空の下、お外に出たい猫ちゃんは少ないと思う。


 それにしてもおばあちゃん、道案内をナチュラルに猫に頼むのやめてもらえませんか? いくらあたしが方向音痴だからと言って、案内役に猫はあんまりでしょう。

 いや、猫は好き……というか大好きだけどね! どちらかという猫には嫌われてる方だから、余計に好きだけどね!

 その間にも、おばあちゃんは猫の説得を続けていた。


「おやまあ、おまえはそういうけどね、おまえだってあの子が不幸になるのは嫌だろう」


 猫はそれでも抗議するように、しっぽをぱったんぱったん地面に叩きつけていたが、とうとう諦めたようにうなだれた。

 そしてぐぐっと伸びをすると、くるりとしっぽを体に巻きつけて、ちょこんとお座りする。にゃんこ雑誌のモデルさんみたいだね!

 その瞬間、首輪の乳白色の石から光があふれたかと思うと、猫の姿は一瞬にしてすらりとした男性の姿に変わった。


 ヤバい! カッコいい!

 現れた男性は、例の魔導士や騎士にも負けないファッションモデルのような男性だった。

 さらさらとなびく銀色の髪に、アーモンド型の金色のつり目。人型になっても、理知的な眼差しはそのままだった。なぜか銀縁眼鏡をかけていて、白い神父様みたいな服を着ているが、それもまたよく似合っている。すらりとした手足は長く、特にピアニストのように美しい手をしていた。


 まさかの展開に胸が高鳴る。

 ちなみにあたしは、男性の手がセクシーだとドキドキします。どうでもいい情報ですいません。


 今まで出会ったイケメンは、潔癖性の魔導士に、変態マッチョ騎士だった。

 ここで正統派イケメンが来たなら、この際本体が猫ちゃんでも構いません! いやむしろ猫ちゃんとイケメン人型の一粒で二度美味しいパターンかも?! ありがとうございます、もう大歓迎です。


「何を一人でアホ面晒して、にやにやしているんですか? 気持ち悪いですね。ただでさえ取り柄のない平凡な顔立ちのくせに、そんな表情をしていたら見るに耐えませんよ。一度鏡で、ご自分の顔をご覧になってはいかがでしょう?」


 にやにやしていたあたしに、つらつらと彼は暴言をぶつけてきた。

 ああ、人生って辛い……。会社のボンクラ親父どものセクハラ発言には耐性のあるあたしも、イケメンにこうも正面切って罵られた経験はない。


 しかも本当は美猫ちゃんなのに。今まであたしに寄ってきてくれなかった友人宅のにゃんこ達が、あたしに対してこんなことを考えていたかと思うと、血の涙が出そう。


 潔癖性の魔導士に、変態マッチョ騎士、待望の三人目のイケメンは、毒舌眼鏡にゃんこでした。

 神様、この世界、異世界トリップの割にちょっと厳しすぎやしませんか?


 この世界のイケメンがみんなあんなんだとしたら、姫君も一体誰に恋をすればいいんでしょうか?

 あたし心が折れそうです。

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