77.番外編 メープルちゃんの日記
○月△日
最近なんでか知らないけど、足が痛くてたまらない。じくじくじくじく、熱を持つ。国王陛下からの言伝で、王宮内に住むジュムラー(小)のところに行った時もやっぱりどうしても耐えられなくなって、途中で中庭のベンチに座り込んだ。
そのまま靴を脱いで見れば、かかとだけでなく親指の付け根までひどく靴擦れしていた。うっすらとにじんだ血を見て、ため息が出る。
聖女時代に仕立てた靴は、しっかりと足に合わせてつくられている。一度だって、こんな酷い目にあったことなんてなかった。戦場に行っても足にマメ一つできなかったのに、これは一体どういうことなのかしらん。
そのまま裸足のままベンチで寛いでいたら、通りがかったカイル王子に注意された。淑女にあるまじきことなんて偉そうに! 人前で素足を出すのは花街の女だけ、襲われても文句は言えないぞなんて、きいいい悔しい! カイル王子のくせに生意気よ!
ムカついたので、侍女仲間に正体不明のロリコンに中庭で足に触られたと言いふらしてやった。うけけけけ。不審者扱いされれば良いのよ。ジュムラー(小)の部屋に着いた時には、もうこの可愛い弟分はロリコン騒ぎを知っていた。王宮内って、情報が伝わる速度が尋常じゃないのよね。
○月○日
ここ最近街にお忍びに出かけると、なぜかよく衛兵に名前や職業、住所を聞かれるけどなんでだろうとカイル王子が愚痴っていた。衛兵&侍女ネットワークってすごいよね! 不審者対策バッチリ! とりあえず、何か問題ないなら放っておけばと答えておいた。さあてどうなるか楽しみだな。
そう言えば国王陛下曰く、足が痛いのは体が大きくなっていたかららしい。長いことこの姿のままだったから、いきなり大きくなるなんてピンとこないよ。でも国王陛下がお祝いにってくれた新しい靴はとっても素敵で、一気に気分が明るくなった。
ジュムラー(小)が、僕以外の男の人から靴なんてもらっちゃダメだよと一生懸命に言ってくるのが可愛い。大丈夫、こんな幼女に靴を捧げたい……つまり求婚したいなんていうロリコンは、王宮内にはいないと思うよ。
と思っていた時代が自分にもありました。カイル王子が、履けなくなった靴を自分にくれと言い始めたから、卒倒するかと思ったわ。靴は履けなくなっても基本的には取って置くもの。理由もなく、使用済みの下着同然のものを人様になんてあげないでしょ? バカだバカだとは思っていたけれど、本当にこんなにバカだったなんて……。
ジュムラー(小)に今度は下半身の一部を氷漬けにされた後、しゃべる生ゴミとして騎士団長が外に捨てに行ってくれた。誤解だあ、孤児院のことを頼まれたんだっていう叫び声がずっと聞こえていたけれど、しばらく顔も見たくない。
○月×日
料理長の好意で、余り物の材料を使ってクッキーを作った。綺麗にできたものはラッピングして、おやつの時にジュムラー(小)にあげよう。ちょっと焦げたのは、さっきたまたま会ったカイル王子に恵んでおいた。焦げは苦いから、もふもふ精霊王たちにもあげない方がいいよね。ちょっと調子に乗って、デレデレしていたな、カイル王子。それ本当に余り物なのに。ゴミにするのはもったいないからちょうど良かったけど、あんなのが嬉しいなんてかわいそう。
その日の午後、なぜか王城の庭の池が凍っていた。真ん中に昨日までなかったはずの銅像があったので近づいてよく見てみたら、カイル王子だった。さっきあげたクッキーは握りしめたままだ。なんであんなとこで凍ってたんだろ。
ちょうどジュムラー(小)が近くにいたので、頑張ってラッピングしたクッキーをあげた。すごく喜んでいたので、作って本当に良かった。あの後、ジュムラー(小)に救助されたカイル王子は、恥ずかしいのか一言もお礼を言わなかった。本当にダメ王子ね!
△月○日
もふもふ精霊王たちがじゃんけんをしていた。誰がどの国を治めるか、じゃんけんで決めるらしい。飛び入りでジュムラー(小)も入っていた。勝ち抜き戦にしないと永遠に決まらないよねえと思っていたんだけど、そういう問題じゃなかった。そもそも四つ足哺乳類と爬虫類と鳥類で、どうやってじゃんけんやるつもりだったの?
とりあえずヘビは、一番じゃんけんには向かないと思うよと言ったら、さめざめと泣かれた。ヘビ、うざい。冬眠すればいいのに。今度は号泣された。そのあとカイル王子が、まだらの紐とかなんとか叫びながら首を何かに締められたと騒いでいたけど、暗殺者もカイル王子なんて狙わないだろうから単なる勘違いだと思う。
×月○日
最近、食べても食べてもお腹が空く。大きくなっている証拠だよって国王陛下は言ってくれるけれど、カイル王子が見るたびに笑うのがムカつく。すぐにお菓子をくれるのも悔しい。美味しいからついもらっちゃうけど、こんなのでカイル王子の人間性を高く評価したりしないんだからね!
今日もやっぱり朝昼晩の三食では足りないから、休憩のたびにぽりぽり何か食べてしまった。カイル王子にそれを見られて、リスの仲間かと笑われたのがムカつくから、カイル王子のズボンのお尻部分の糸を少しほつれさせておいてやった。
終業の鐘が鳴る頃には、桃色のおしりが丸見えのまま、カイル王子が城下町を歩いていたと噂になっていた。ますます変態として磨きがかかっていると侍女仲間が言っていて、執務室のカイル王子の目は死んでた。「もうお婿に行けないっ!」って、気にしすぎだよ。良いじゃん、桃尻。羨ましい。ズボンと一緒にパンツまで破っちゃってたみたい。ごめんね!(てへぺろ)
先頃、王国の重要文化財に指定されている神殿から、数百年以上前の神殿関係者の物と見られる日記が見つかった。内容は、古代神聖文字で書かれているため、解読は困難を極める見通し。一部文中に「メープル」と読める記載があることから、貧困対策や孤児の保護に努めた「楓の聖母」にまつわるものではないかと注目を集めている。
もともと聖女として国に身を捧げたと言われている「楓の聖母」の全容は、未だに不明な部分が多い。その身を盾として戦から王を守り、国を平和に導いたとも言われているが、そのような神がかった力が本当にあったのかは現在の魔術では再現できないため謎のままである。
「楓の聖母」は死ぬまで聖女として神殿に残ったとも、神の力を失い還俗したとも言われているが、その行方はようとしてしれない。ただ彼女の墓は、一般的な墓地ではなくなぜか「迷いの森」と呼ばれる森の近くのひらけた場所に建てられていることは、誰もが知るところのことである。なお彼女の墓の横に眠る、「ジュムラー」と呼ばれた宮廷魔導士についてもやはり謎が多いため、この日記でより多くの事柄が明らかになることを期待したい。
現在、王国の支援のもと、著名な歴史学者たちによる研究グループが立ち上げられているところである。