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74.番外編 カイル王子の一日

 カイル王子の朝は早い。夜遅くまで花街で遊び、昼過ぎまでいぎたなく寝ていたあの頃が懐かしい。


 王太后陛下改め現国王陛下の直属の部下に任命されてからは、こうして日が昇る頃になると騎士団長自ら朝の鍛錬に迎えにくる。ふかふかでぬくぬくの温かいベッドから引きずり出されながら、カイル王子は今朝も涙目で起きるのだ。


「ぐえええ、死ぬううう」


 ふらふらになりながら、騎士団長自ら組んだという「ダメ王子改造計画メニュー」を必死にこなす。汗まみれになりながら走り、跳び、跳ねる。


「これが出来るようになればモテる! モテる! 頑張れ俺!」


 ほとんど欲望だけを気力にして、白目を剥きながら訓練を続ける姿はいっそ清々しい。


 朝食。これもまた騎士団長自ら組んだという、筋力増強メニューが配られる。朝からこんな量は食べられないと言おうものなら、赤毛の騎士は訳のわからない知識を立て板に水のようにまくしたて始める。


 一体いつの間に、騎士から料理人に鞍替えしたのだろうか。仕方なく、また涙目で食事を必死に飲み込む。ちなみにカイル王子が嫌いな牛乳も容赦なくメニューに組み込まれている。辛い。


「おえっぷ」


「食材を粗末にするな。吐いたら……わかっているな?」


「……うぷ(涙目)」


 さっと身なりを整えた後は、これまた騎士団長が主人の元へカイル王子を連れて行く。手を引くこともあれば、縄でぐるぐる巻きのこともある。そのため最近のカイル王子のあだ名は、国王陛下のペットである。


 ただし、国王陛下の忠犬でありこの国の番犬である騎士団長とは異なり、カイル王子の場合はひたすらに馬鹿犬扱いである。仕事に行かずに、しょっちゅう脱走騒ぎを起こすことが多いせいかもしれない。


 その後はひたすらに国王陛下と同じ執務室で仕事である。辛い。死ねる。

 疲れ果てて少し遠い目をすれば、「目を開けて寝るとは器用だな。魚か?」と聞かれ、居眠りをすれば、「このまま一生眠っていても良いぞ?」とにっこりと微笑まれる。なまじ顔が美しいから、余計に恐ろしい。


 だいたい王太后から国王に変わったぐらいで、言葉遣いがこんなに変わるなど詐欺ではないかと思うのだが、カイル王子に発言権はない。何か言えば、国王陛下に蔑んだ目で見られ、ついでに侍女である元聖女にも冷ややかな眼差しを受けるだけであることを、彼は身を以て知っている。そこに性的興奮を覚えるほど、まだ彼はドMの境地に達していない。


 カイル王子は、初めて執務室に入った日のことを思い出す。そもそもあの日の挨拶に失敗したからこうなったのだ。


「臣籍に下った身。どうぞ陛下の御心のままにお呼びください」


 つい高校生男子のように、すぐに下半身にムラムラとくるカイル王子だって、もともと高貴な身分なのだ。これくらいさらりと言うことだってできる。ドヤ顔で見上げるカイル王子を見て、国王陛下はにっこりと微笑んだ。


「ならば、そうさせてもらおう。そなた、昨夜も花街でとんちき騒ぎをしでかしたようであるな。まったく腰を振るしか脳がないとは、大した駄犬よ。いっそ人間ではなく馬に転生していれば、種馬として使いようがあったものをしようのない。ところで先だっての件だが……」


「あんた絶対俺のことが嫌いだろう?!」


 ただひたすらに罵られ、カイル王子は血の涙を流すが後の祭りである。穏やかそうな丁寧語で話す王太后の姿こそが偽りであったことを、カイル王子はその時初めて知った。


 もちろん共に戦に行ったことのある騎士団長と元聖女にとっては、既知の事実である。したがってこの執務室の序列は、国王陛下、騎士団長、元聖女そして超えられない壁と共に底辺にカイル王子が存在しているのだ。


 臣籍に下ったとはいえ、いまだ「王子」の称号を持つカイルは、意外と使い勝手が良い。国の視察から、他国との付き合い、果ては民衆の相手まで、社交性に富んだこの男はそつなくこなしてみせる。裏側を知る人間からすれば不思議なことだが、この彼の飾らない人間性を好むものも多いのだ。評判が悪くないのも当然だろう。


 それはカイル王子に対して、腹に一物も二物もある国王陛下とて例外ではない。彼女はきちんと相手の働きに対して、正当な評価を下すことができるのだ。もちろん面と向かって本人に言うわけがないので、カイル王子は何も知らないのであるが。


 逃亡も許されず、逃亡未遂の罰でお茶休憩も取り上げられた瀕死のカイル王子は、ようやく訪れた終業の合図に目を輝かせる。執務室から飛び出そうとすれば、その肩をがっちりとつかむ男。またもや騎士団長である。


「騎士団長なら外にいろよ! しょっちゅう執務室に出入りするんじゃねえ!」


 そんなカイル王子の発言は、またもや無視される。そう、この執務室内でのカイル王子の発言は、アリンコ一匹より軽い。カイル王子は、付き合いという名の飲み会に強制参加させられる。なおこの飲み会は全額自腹であり、残業代は出ない。


「それでだな、陛下はまこと可愛らしいのだ」


「……。俺、もう帰りたい(遠い目)」


 そして今日もまた、ちっとも酔っているように見えないくせに、ひたすら陛下の素晴らしさについて語る騎士団長の相手をしながら、カイル王子の夜は更けて行く。


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