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73.方向音痴なあたしと北の国の王と中庭の麗人 後編

「陛下」


 王太后陛下に向かって、声をかけたのは赤毛の騎士だった。労わるように優しく王太后の手を取ると、ひょいっとジュムラー(小)をあたしの方に押し付けてくる。そのままそっと彼女にひざまずいた。彼は優しい声で懇願する。


「どうぞ、王の道をお進みください。そしてその道を共に歩ませて頂きたいのです。あなたの望む国を、この目で見たいのです。どうかあなたを王と呼ぶことをお許しください」


 ここに来て一気に格好良さましましの騎士団長が、本気モードで陛下を口説いている。うん、ちょっと王太后の顔が赤くなって見えるのは、あたしの気のせいじゃないな。ごめんね、ジュムラー(小)。君の可愛さも良かったんだけれど、やっぱり物語の終わりにお姫さまを助けに来てくれるのは、ぽっと出の王子さまじゃなくって、ずっとそばにいてくれた騎士さまらしい。


 そういや、メープルちゃんにつきまとっていたのも、もともと早くに亡くなった妹ちゃんのことが気がかりだったからだもんね。あの迷いの森から持ち帰ったお弁当で、きっと彼は吹っ切れたんだろう。もうメープルちゃんと妹を重ねて見ることもない。彼が忠誠を誓うのは、ただ一人、この気高い女性だけだ。


 あの頃ですら、妙に「陛下」「陛下」とやたらうるさかったんだ。溺愛対象が本命一人に絞られたんだから、そりゃああの愛は重いだろうね。しかも常に本気で全力だろうし。まあいいや、平和が一番!


 あたしたちはちょっとずつ二人から離れていく。いや、もう積もる話もあるだろうし、二人で好きなだけ語れば良いと思うんだよね。騎士団長がついてるなら、大丈夫でしょう。


 そういや先王って、王太后陛下の輿入れ後、結構あっさり先王が崩御しちゃったんだよね。国を守るためには、未亡人であり続ける必要があったわけだ。この国で女性の地位として一番高い、王太后の称号を得たけれど、それは再婚したら無くなってしまうものだから。まあさっきの光景を見る限り、なんだかんだで良いところに落ち着いたのではないでしょうか。


 まあそういうわけで、あたしたちのドタバタな一年は終わりを迎えることになった。


 王太后陛下への王位譲渡は、意外にもあっさりと行われた。一番の理由は、当の現国王が賛成したことと、第一王子が諸々の過去の悪行により王位継承権を剥奪されたこと、第二王子であるカイル王子もすでに王位継承権を放棄していたからだろう。このまま泥沼の王位争いにもつれ込まなかったのは、予言のおかげかはたまた睨みを効かせた騎士団長率いる一大武装集団のおかげか。いや忠誠っていうか、溺愛っていうか。まあどっちでもいいけど。


 姫君と龍の騎士は、東の国に帰るそうだ。そこで龍の騎士の生まれ故郷に一度挨拶に行ってから、婚礼を挙げる予定らしい。姫君と騎士として東の国に残るのか、龍の番として隠れ里に住むのかはまだ未定みたいだけれど、今まで以上に甘い新婚生活になるのは間違い無いと思う。


 それにしても、トカゲ人間に見えていた頃からベッタベタに甘かったのに、聖女の祝福だか呪いだかが解けてからは、さらに毎日毎日イチャイチャイチャイチャしていたので、破壊力が凄まじかったです。もうお腹いっぱい。はよ、東の国に帰れ。そう言ったら、是非とも結婚式に来てくれと言われてるんだけど、どうしようかなあ。


 精霊王たちはみんな東の国についていくのかなって思ってたけど、そういうわけでもないらしい。いや加護とかがかなり偏るだろうから、そうしないで頂けるとありがたいです、はい。巣立ちの時が来たのだそうで、一国に一人(一匹? 一柱?)ずつ住むことになるらしい。寂しいようと泣くもふもふたちを、姫君が懸命にあやしている。


 変態……もといカイル王子は、意外と真面目に働いている。文官と武官とどっちになるのかなあと思っていたら、何と元王太后、現国王陛下の直轄の部下になるらしい。それはあれだね、まったくサボれなくなるね。ご愁傷様。キリキリ働け!


 メープルちゃんは、神殿を出た。何とそのまま現国王の侍女になっている。ちょっとどんな感じになるのかなあと心配していたんだけれど、意外と仲良くやっているらしい。この間会ったときなんか、すくすく大きくなっていてびっくりしたよ。年相応の体つきになるのも時間の問題だね。成長痛が激しくて辛いって言ってたけど、すごい勢いで服のサイズが変わっていってるから、衣装係の人も涙目だと思うよ。


 ジュムラー(小)も、元王太后である現国王の保護下に置かれている。若返りの魔法というものは、通常、只人の身に扱える代物では無いらしい。けれど、だからこそ若返りを願う人々は古今東西どこにでも現れる。ジュムラー(小)のことを知れば、きっとよくないことをしでかすに違いない。夫を信用していなかったジュムラーの義理のお母さんは、だからこそあんな夜中に家から逃がしたのだろう。


 もともと王妹だったということもあり、彼女は堂々と出戻って来た。今まで失敗ばかりして来たから、もう後悔はしたくないと決断したのだそうだ。そのままジュムラー(小)と一緒に、ゆっくり子ども時代からやり直すらしい。あたしはそれでいいと思う。今度こそあったかい心のままでジュムラーには大きくなってほしいな。


 ハイエルフ様と予言の魔女は、何と一緒に暮らし始めた。どっちかっていうと、ハイエルフ様が押しかけ女房をやってるんだけどね。この間のぞいて見たら、ぶーぶー文句言いながらも、仲よさそうでした。予言の魔女の首元にあったネックレス、もう紅薔薇の雫は消えていたんだよね。ただの鎖しか残ってなかったの。それはまあつまり、そういうことなんじゃないのかな?


 ほんでもってあたし……もといあたしとシュワイヤーはというと、旅に出ようと思っている。せっかくだからご一緒にと姫君には言われたけど、姫君たちと一緒に東の国に行くのは勘弁したい。二人の雰囲気が甘すぎて、虫歯になる。それに龍の騎士は、結構嫌そうだったし。大丈夫だよ、二人の邪魔はしませんって。


 まずは温かい時期になって来たことだし、北の国を回ってみたい。王都しか知らないしね。寒い時期は南の国に行くとちょうどいいんじゃないかな。時間はたっぷりある。自分の目でいろんなことを見て、この世界を知っていきたい。行く先々で、きっとまた何かに巻き込まれることもあるだろう。というかそんな予感しかしないけれど、それもまた何かのご縁なのだ。


 絡まってしまった糸を元に戻しながら、あたしはシュワイヤーと一緒にこの世界を歩いて行こうと思う。道に迷うことも多々あるだろう。けれどそれは決して無意味な道のりではないとあたしは信じている。遠回りしたぶんだけ、多くの出会いが待っている。さあ行こう、愛する人と手をつないで。

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