71.方向音痴なあたしと北の国の王と中庭の麗人 前編
王城では、あたしたちはあっさりと陛下が待つという場所に案内された。いくら赤毛の騎士が騎士団長だからといって、とりたてて監視もつかないとか不用心過ぎではないかい。
そう言ったら、幼児と幼女と姫君と変態と魔女の一団だからと言われたんだけど、それって明らかにけなしているよね? ひどくない? あと後半、一人だけ身分とか容姿じゃないもので区別された人間がいる気がするの。
でもジュムラー(小)が、わあいお城だあって言いながらはしゃぐ姿が劇的に可愛かったので、もう何でもいいや。いいよ美幼児万歳だよ。でもやっぱり変態と同列なのは嫌だなあ……。
ちなみに王城にはジュムラー(小)、メープルちゃん、リーファ、カイル王子とあたしで来ています。お出掛け前には、予想通り一悶着ありました。シュワイヤーを置いていくことにしたら、こっちがドン引きするくらい血の涙を流してたんだよね……。しょうがないじゃん。そういう約束なんだから。
予言の魔女に、今朝方言われたでしょ。ひとつ、シュワイヤーを連れて行かないことって。そう言い聞かせたんだけど、猫ならどうなんです、猫になれば連れて行ってもらえるんですか! って叫んでたっけ。まあ猫より犬派だってシンシアさんが言っていたから、多分猫でもダメなんだわ。
とりあえず赤毛の騎士がいるから大丈夫だよって答えたら、そういう問題じゃないんだあっと号泣していました。面倒だからその間に、そっとハイエルフ様とシンシアさんに預けて出てきちゃった、てへ。ごめんね、後からご褒美あげるから許してね。
ふわりふわり、歩いて行くと、前の方から何だか甘い香りが漂ってくる。これ、知ってる。お花の名前をあんまり知らない女子力低いあたしにもわかるこの香りは、ラベンダーだ!
あたしたちが通されたのは、いわゆる謁見の間なんかじゃなかった。小さなバルコニーのある中庭。そこから見えるのは、一面紫色のラベンダー畑だ。あ、こらそこの美幼児、すごいお花畑だあとか言って突進しない! こっそりついてきたもふもふたちも、一緒にダッシュしない! メッでしょ!
「ようこそ。我が庭へ」
そんなこんなで自由なあたしたちを出迎えてくれたのは、涼やかな目元をした美しい人だった。あたしとそう年も変わらぬほどに若く見えるのは不思議なほど。貴族にありがちなごちゃごちゃとした服を着ているわけでもなく、シンプルな装いのその人。つい絵本のようなキャラクターを想像しがちなあたしは、自分の想像力の貧素さを恥じる。
肩までで切りそろえられた髪は艶やかで、そこまでの長さしかないことを勿体無いと思わせる。そのままであんなにも美しいのだから、結い上げてみればどれだけ映えることだろう。あたしはつい場違いなことを考えた。
「おや、カイル。久しぶりですね。お前はまたそのようなしかめっ面をして……」
振り返ってみれば、カイル王子はまさにこれぞ仏頂面という顔をしている。君はもう少し本音と建前を使い分ければ良いのに……。まあ仕方のないことだし、いいや。これからあたしがすることを知っていたら、普通はそんな顔をするはずだ。そういやカイル王子は、いつも陛下のことをなんて呼んでたんだろうね。地味に気になるわ。
「魔女殿、今日はどのようなお話でしょう?」
柔らかな声音で問いかける高貴な人に、あたしは少しばかり緊張しながら答える。
「本日は、予言の成就をご報告に参りました」
あたしが言えば、リーファもメープルちゃんもそっと貴婦人の礼をとる。こういうときは、メープルちゃんもすっかりおとなしい。
「なるほど、それでは『聖女』も役目を終えたというわけですね」
さらりと現状を理解するその姿に、あたしは感動さえ覚える。目の前の人には、素晴らしい頭脳がある。戦を指揮する冷徹さも、謀さえやってみせる豪胆さに、由緒正しい血筋も。足りないのはただ一つだけだ。けれどそれは本人の手ではどうしようもないものだったのだから、もっと神様は考えろ、気を配れとも言いたくなる。
「陛下、予言通りわたくしは選びました」
一つ息を吸って、リーファは言葉を続ける。
「わたくしは貴女こそが次の北の国の国王に相応しいと存じます」
リーファは顔を上げると、そのまま王太后陛下に声をかけた。
そう、あたしはずっと勘違いしていたんだ。誰もが陛下っていうものだから、あたしの語彙の中では陛下というのはすなわち国王陛下のことだったのよ。でも、メープルちゃんやリーファに聞くこの国の統治者の姿と、カイル王子に聞くお父さんの姿って全然違うのよね。
そこであたしはようやっと気づいたのよ。言語チートに頼り切ってて、勘違いをしていたことに。多分、みんなは国王と、王太后陛下を明確に使い分けているのだと思う。あたしも一度王太后陛下について説明を受けてからは、文脈でどちらがどちらか聞き分けられるようになったもん。思い込みって怖いよね……。
王太后陛下は、今の北の国の王の生母ではないらしい。親子どころか祖父と孫ほど年の離れた先の国王の元に嫁いできた少女。血筋的にはやはり王族に連なる少女は、空いていた王太后という地位を与えられた。けれど彼女の能力は思わぬところで発揮されたんだ。
カイル王子のお父さんである北の国の王の政治能力は正直なところイマイチだったらしい。まあ第一王妃に身分の低い女性を持ってくるくらいだしね。自分から世継ぎ争いを起こしてどうするっていう話だ。
嫌気がさした彼女は、ちょうどよく病床にふした彼とまだ幼い王子たちに代わり、政権を手中に収めた。だから彼女にとっては、予言なんて永遠に決まらなければその方が好都合だったのかもしれない。
一瞬だけ驚いた顔をした美しい人は、すぐにその表情をもとに戻した。
「姫君は、また戯言をお言いになるのですね。今の国王はどうなさるのです。正当な故なく、この国を治めている女性であるこの私が北の国の王に相応しいと、そうおっしゃるのですか」
心底おかしいという表情で、笑うその姿にリーファはなおも真剣な表情で向き合う。そう、ここからはリーファが自分の口で言わなきゃいけない。どうして北の国の王に彼女を選んだのかを。そうしなければ、きっと彼女もまた変われないんだ。