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70.方向音痴なあたしと正直な男の子と正直な女の子 後編

若干ですが、流血描写があります。苦手な方はご注意ください。

「あーあ、昼間っからリーファはトカゲ人間とイイコトことしてのかなあ。トカゲ人間のよりよっぽど……」


「よっぽど、なんですかあ」


 うふふ手が滑りましたわあとか言いながら、ナイフに引き続きフォークが第二王子の椅子に突き刺さる。股間ギリギリ。ナイス! 多分メープルちゃん、リアルに刺さっても笑ってそうだけど。


 なおジュムラー(小)のリクエストにお答えして、シンシアさんは食後のデザート用にうさちゃんリンゴを作ってくれてます。その果物ナイフ、一瞬だけどあらぬ方向を向いたからね。馬鹿男の脳天につきささらなかったのは、ジュムラー(小)がいたおかげだってことすら、本人は気づいてないよね?


 目の前でカイル王子とメープルちゃんの陰険芝居を見ていたその時。ああっと悲痛な声が聞こえた。続いて、何かが落ちる音も。真っ白なテーブルクロスを染めていく鮮やかなオレンジジュース。さらに残念なことに、床に落ちたグラスが綺麗に割れてしまっている。上等な薄いガラスだから、衝撃に弱いんだよね。


 しょんぼりとうなだれるジュムラー(小)がまた可愛らしい。わざとじゃないもん、仕方ないよ。走り回ってお店の商品を落としたり、踏み潰したりしたわけじゃない。ちょっと手が滑っただけなんだもん、大丈夫、誰も怒らないよ。むしろ子どもの前で口が滑りまくりの王子こそ、どうにかするべきだよね。


 パタパタとお掃除道具を取りに行ったシンシアさんを横目に、メープルちゃんが立ち上がる。そしてそのまま素手でガラスを集め始めた。


「ちょっとメープルちゃん、手を切っちゃうよ! シンシアさんが来るまでじっとしてて」


「大丈夫ですよう。どうせ切っても、すぐに治っちゃいますからあ。お姉さまも知ってるくせにい」


 確かにそうですけど! うちの銀色にゃんこがやらかしたそうで、メープルちゃんのすごい再生能力は知ってますけど! そうこうしている間に痛いっと言いながら、メープルちゃが少し顔をしかめる。ほら言わんこっちゃない。どんなに小さい傷でも痛いものは痛いよ。それにこのグラス、薄いから切れる時はすっぱり切れちゃうんだよ。


 どくどくと思った以上に血が流れていて、あたしはドキドキする。血、すぐに止まるんだよね? 瞳に指輪がめりこんでも数秒で再生したよね? そんな中、メープルちゃんが気の抜けた声を上げる。切った手のひらをグーパーグーパー、閉じたり開いたり。その度に血があふれてくるんですけど。もう見ていて胃が痛いよ。


「お姉さまあ、どうやら先ほどの変態の妄想もあながち外れてないみたいですう。イイコトはともかく大事なことは決まったみたいなんですう」


 ええっと、どういうことかな? それ今関係あるのかな。リーファとあの黒い龍の騎士のことだよね? 今まで手も握らない清い関係だったけど、チューくらいしたのかな? いいよ、チューでもなんでもさしときなはれ。


「血がとまりませえん」


 いつも以上にヘラヘラしながら、メープルちゃんが笑って……ない! ちょっと泣いてるじゃん! 痛いの? 薬はどこ?! いや先に止血か?! 清潔な布は?! あたふたするあたしに、メープルちゃんは泣き笑いで声をかける。


「大丈夫ですよお。人間(・・)なら、これが普通じゃないですかあ。戻ったんですう。普通の人間の体(・・・・・・・)に」


 おかしくてしようがないとでも言うように、ひいひいとお腹をよじってメープルちゃんは笑う。この泣いているのか笑っているのかわからないメープルちゃんの姿は、見覚えがある。神殿でドンパチやらかした時だ。あの時、『聖女』はなんと言っただろうか。「『聖女』の役割は、この世界の要であるリーファの選択を最後まで見届けること」、そうは言ってはいなかったか。


 漠然とした内容だったけれど、それはリーファが予言にあった選択を今まさに決めたということなのか。『王女が愛し、選んだ相手が、この北の国の王となる』、その予言の内容をリーファはちゃんと理解したんだ。あたしは思わず目を見開いた。


 誰もが勘違いするように仕向けたのかもしれないけれど、予言は別に、結婚相手が王になるとは明言していない。人を愛するという形は、一つなんかじゃない。恋をして、結ばれた相手が王様になるわけじゃないだ。


 ジュムラー(小)が、心配そうにメープルちゃんを見つめている。この幼児に戻ってしまったジュムラー(小)を、あたしたちに保護させた義理のお母さんが持っているものも愛だ。彼が二人の母に抱いている想いも愛だ。


 城へ行く時間だと、赤毛の騎士があたしたちを迎えに来た。掃除道具を取りに行ったシンシアさんが、彼を見つけて連れてきたらしい。そう、この男に届けた、あのバスケットのお弁当いっぱいに詰められた想い。あれだって、愛だ。


 遅れてびったりと寄り添った姫君と龍の騎士がやってくる。彼らの足元には、ちょろちょろともふもふたちがじゃれている。これもまた愛の形の一つかな?


 少し吹き出したあたしの手を忘れてくれるなとでも言うように、人の形になったシュワイヤーが握りしめてくる。呆れたような顔でこちらを見るカイル王子は、この後の話し合いの予想がついているんだろうか。ようやっとフリーズモードから回復したハイエルフ様も部屋に入って来た。


 この国の重要人物である王宮魔導師のジュムラー(大)はただの正直な男の子に、『聖女』はただの正直な女の子になった。あたしたちを待つその人は、怒ってるんだろうか。いや、姫君の決定に嫌とは言わないはずだ。多分、それが理解できるくらい賢い人だ。この国の玉座に座る人は。


 さあ行きましょう、王城へ。


 お腹もいっぱい、しっかり休息も取った。メープルちゃんのおかげで、姫君の心が決まったのも分かった。あとは問題の人物とのお話し合いだけだ。それであたしのお仕事はおしまい。うん、多分すぐ終わるはず、あたしの予想が確かならね。

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