69.方向音痴なあたしと正直な男の子と正直な女の子 中編
いやあマジでシンシアさん、料理上手だわ。お嫁さんにしたいわ。
あたしはとろりとした完璧な目玉焼きを堪能する。目玉焼きは半熟がジャスティス。味付けは塩こしょう。異論は認める。パンなら何でも大好きなあたしは、早速ふわふわのバゲットにバターをたっぷりつけた。外側はパリッと、なかはふっくらの完璧なバゲットに、とろとろしみしみの黄金のバター。ああもうこれだけで、いくらでも食べられちゃう。
朝御飯というにはすっかり遅い時間帯に、まったりとくつろぐあたしたち。本来ならこれはブランチってとこなんだけど、お昼過ぎたらきっかり昼食を食べることになる。というか、食べちゃう。だって何度も言うけどシンシアさんの料理は最高だから。胃袋を捕まれるってこういうことか!違いますというように、シュワイヤーがにゃあと鳴いた。あのう、ヒゲにパン屑ついてますけど。
ちなみに食事を取っているのは、メープルちゃんにジュムラー(小)、なぜかのこのこ現れた第二王子とあたしとシュワイヤーの4人と一匹。ハイエルフ様は放置してきました。
顔に部品をめり込ませたハイエルフ様に向かって、二度寝から復活したメープルちゃんは、あら蛆虫ごめんあそばせって言ってたけど、あれはどうみても謝ってる雰囲気じゃなかったよ。主にルビがね。皮肉が通じなかったジュムラー(小)だけが、にこにこと仲直りだねって笑ってて、あたしはジュムラーにはこのまま大人になって欲しいなって切実に思います。一歩間違うと、またあの潔癖女嫌いの完成なんだけどね。子育てって難しいよね!
なおリーファは何やらお取り込み中らしい。何でも龍の騎士ともふもふ精霊王たちと一緒に魔法の練習をしているのだとか。おうおう、若いっていいねえ。
それにしても寝起きのメープルちゃんすごいわ。というか聖女って、別の意味ですごいわ。思わず呟けば、メープルちゃんがぽっと頬を染める。いや、別に今のは褒めてないからね。
「だってお姉さま、おとぎ話でもそうですけれど、王子様の待ちの姿勢って腹が立ちませんかあ。お前もっときりきり働けよってずっと思ってたんですう。ちゅうすれば何でも解決するとか思ってるような腐った脳みそとだらしない下半身しか持ってないなら、さっさと墓の下にでも埋めちゃいたいくらいですよお」
ぷんぷんと、わかりやすく怒って見せるメープルちゃん。そのまま勢いよく、フォークをソーセージに突き刺した。がんがんがんとお行儀悪く、親の仇のように、ナイフを何度もつき立てる。正面でそれを見て、ちょっと顔色を悪くする第二王子。何を股間を押さえて青ざめているのかね? 昼日中から下品だよ、君。
まあまさしく王様から文字どおりの肉壁として使われていたメープルちゃんだから、言いたいことはよくわかる。がたがたリーファや王様に文句つけてる暇があったら、第一王子にしろ第二王子にしろ、てめえらが最前線に出てみろってことなんだろう。メープルちゃんが赤毛の騎士やジュムラー(大)を好ましく思っていたのは、ポーズだけじゃないのかもしれないね。人間らしく悩み多い彼らは、確かに体を張ってこの国を守っていたんだから。
ところであたしは姫君もいないことだし、かねてより気になっていたことを尋ねてみる。本当にしょうもないことなんだけどさあ、男性の顔を見分けられない呪いをかけられたはずのリーファには、あの龍の騎士ってどういう風にみえてるのかしらん。声とか気配とか魔力の質とかで雰囲気はわかるし、他人との区別は何となくつくんだろうけどさあ。
「ああ、龍のうろこをたべたそうですから、龍人としての姿なら認識できるそうですわあ。ああ龍人というのはですね、強いて言うなら二足歩行する人間サイズのでっかいトカゲですわねえ」
あ、でっかいトカゲなんて相手に直接言うと侮辱を受けたとして殺されますから内緒ですようところころと笑うメープルちゃん。ちょっ、おま、危ないわ!
そうか、リーファ、苦手な爬虫類にときめくくらいアイツのことが好きなんだ……。へえ……、愛ってすごいなあ……。確かに龍に憧れはあったみたいだけど、空飛ぶ龍と八頭身のトカゲは似て非なるものだよね。
もふもふ精霊王の中で唯一の例外のつるっとひんやりした白蛇くんが平気になったのも、精霊王だからっていうよりあの無口な騎士の存在が大きかったってことかあ。偉大だなあ。
さらに遠い目をしちゃうあたしの横で、ジュムラー(小)もちょっと涙目だ。
「ぼく、ままや ははうえが きゅうに とかげになったら、ちょっと いやかも……」
困ったように呟くジュムラー(小) 。カエルの王子様みたいにキスをしたら元の姿に戻るのかななんて言ってるけど、似たような童話がこちらの世界にもあるんだねえ。トカゲも無理だけど、カエルもダメだわ。
シュワイヤーが今日からカエルになりましたって、ぬめぬめ体液でからだの表面を光らせてたり、ちろちろと口から長い舌を出したりしたら、部屋に入れないかもしれない。カエルとマウストウマウスは正直辛いわあ。某映画を見た後に某国の結構たくさんの女の子たちがカエルにチュウして、サルモネラ菌に感染したんだってよ。怖いわ、カエル無理だわ。
そう言ったら、愛が足りないってさめざめと銀色の猫に泣かれちゃったんだけど、これってやっぱりあたしが悪いんでしょうか。