表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

68/83

68.方向音痴なあたしと正直な男の子と正直な女の子 前編

 つんつんと、私の袖を引っ張るのはジュムラー(小)。あれ、どうしたのかな? あ、寝起きだもね。トイレなら部屋の外だよ。ジュムラー(小)はふるふると首を振って、困ったようにまごまごしている。うん、やっぱり可愛い。苦しゅうない、さあ何でも申してみよ。


「すきなひとって、ふたり いちゃだめなの? ままと ははうえ、どっちも だいすきだよ。どっちが いちばんかなんて、えらべない」


 なぜか心なしかうるうると瞳を潤ませながら、困った顔をする美幼児。こてんとした幼児体型がまた可愛らしい。はふん、いいのよ、いいの。子どもは難しく考える必要なんてないのよ。天国のママも今あなたの側にいる義理のお母上も、どちらも大切な人なのよ。無理に順位をつける必要なんてないの。みんな大好き、みんな一番、それでいいの。


 すりすりとふにふにのほっぺに頰ずりすれば、くすぐったそうにジュムラー(小)が身じろぎする。ああっと悲痛な叫びを銀色の猫があげた。シュワイヤー、あんた何もそんなに絶望的な声を上げなくてもいいんじゃないの? ふと見れば、元凶のハイエルフ様が、心底不思議そうに観葉植物に向かって話しかけていた。


「……そうだ、その理論がまかり通るならば、なぜ紅薔薇と呼ぶことをゆるしてくれぬのだ!」


 ああもう! 話が元に戻った! 違うってば、全然違うんだってばよ。産みの母と育ての母とどちらがいちばん大事という話と、今カノに元カノの名前で呼びかけていいかっていうのは別次元のお話でしょうが。


 あんたそれ、さっきの話で紅薔薇と今の薔薇園の魔女が同じ人間ではないって確認したとこだったじゃん。何なの、もう忘れたの? 病的なまでの頑なな拘りに、あたしはイライラする。


 あんたが心の中で紅薔薇を大事にする分には、誰も怒んないっつうの。まあ正直言えば微妙だろうけど、面と向かって死んだ女と自分とどっちが大事かなんて、普通は聞かないよね。 大体、前世の自分とどうやって勝負しろっていうのさ。


「何が違うというのだ。我は紅薔薇と約束したのだ。帰りを必ず待つと。紅薔薇ではない名で彼女を呼べば、もはやこの紅薔薇の雫も消えてしまうかもしれぬ。そなた我に裏切れというのか! 今の姿の魔女を選んで、紅薔薇に消えよと申すか!」


 イラっとした声を上げたあたしに、ハイエルフ様は悲痛な声を上げる。ふんわりと紅薔薇の雫が淡い光を放つ。怖くないよ、大丈夫だよ。優しく慰めるように、光はゆらゆらと揺れる。


 いやまあ、そうなんだけどさあ。そのオールオアナッシングみたいな考えにどうして行き着いちゃうかな。どちらかを選んでどちらかを消せなんて誰も言ってないよ。極端な考え方をするハイエルフ様をあたしが慰めようとしたその時。


「……さい。」


あれ? メープルちゃん、どうした? 今までずっと黙っていたメープルちゃんが、地を這うような低い声を出した。よくわからないけれど、これは激烈に機嫌が悪い。


「朝から、ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ、黙って聞いてりゃ何回同じこと繰り返してんだよ! 男がデモデモダッテちゃんやったって可愛くねえんだよ。窓から突き落とすぞ、ジジイ!」


 そのまま勢いよく近くにあった超大型の目覚まし時計を床に叩きつけた。何あれ。メープルちゃん専用?


 ものすごい勢いで投げつけたものだから、破壊された時計の大型部品がバウンドしてイケメンエルフの顔にめり込んだ。なるほど、直接攻撃ではなく偶然によるダメージに対しては、防御魔法は自動では展開されないってことかな。まあいいや、痛くてうずくまってる間は静かだし。しばらくこの人は一人で考えてもらおう。


「何なのお前。バカなの? 死ぬの? 人が嫌だっていうことはやっちゃいけないってことも教わらないで生きてきたの? 死んで人生やり直す? お前、魔女殿の気持ちがわからないんだろう? じゃあお前の名前は、今から蛆虫うじむしな。はい、決定。あ、理由? うじうじしててウザいから。マジ死ねばいいのに」


 すべての結論を、メープルちゃんが吹っ飛ばしました。なるほど、メープルちゃんの寝起きは壮絶に悪いということがとりあえずわかりました。


 いや前に聞いたことあるんだよ。寝起き悪いんですうとは言われてたけど、大体女子の自己申告って嘘ばっかりじゃん。太っちゃってえという女はダイエットしてるし、自信なくてえという女は自分が可愛いことを知っているもの。


 だからメープルちゃんのもそういう類の謙遜かと思ってたけど、違うんだね。マジでこれかい。あたしは見てはいけないものを見てしまった気がして、ちょっと遠い目になった。


「なに延々と昔の女の話してんの? お前こそ、昔の○○くんはこんなんじゃなかったとか延々聞かされたいわけ? 何自分だけ昔の恋人との約束を守る一途な男とかいうシチュエーションに酔ってんの? 長く生きてんなら、もう少し頭働かせろよ」


 ノンストップなツッコミはいっそ小気味よいほど。そういや昔くしゃみで人格変わるお昼ご飯みたいな名前のお姉さんがいたよね。メープルちゃんのツッコミに概ね同意していたので、今回の件は不幸な事故として処理させていただきます。


 あ、こらメープルちゃん、やっと静かになったって一息つかないで。こら、二度寝しないの! ちゃんと起きなさい!


 なおこの後きちんと覚醒したメープルちゃんに、先ほどの件について聞いてみたところ一切記憶にありませんでした。マジパネエっす。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ