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65.方向音痴なあたしと紅薔薇と森の待ち人 前編

 散々夜更かししたせいか、目が覚めたのは日も高く昇ってからのことでした。ああ、このままうだうだとお布団にくるまっていたいのよ。それなのに……。シンシアさん、容赦なくカーテンをあけるのはやめてくださいっ。目が、目がつぶれるう。


 朝というか昼の日差しに照らされて、もぞもぞとミノムシのように小さくなるあたし。ああそれなのに、ふかふかのお布団を剝ぎ取るなんて鬼の所業っ。ほら、昨日何気なく一緒に寝たジュムラー(小)とメープルちゃんたちも、まだ寝ぼけまなこじゃありませんか。


「早寝早起きは大切ですわ。毎日の小さな積み重ねが、大きな結果になるのですよ」


 爽やかな言葉と笑顔とは裏腹に、そのままうつろなあたしとメープルちゃんをベッドの外に放り投げたシンシアさん。笑顔でそっと優しくジュムラー(小)を抱え上げると、どこから持ってきたのか可愛い幼児用のお洋服に着せ替え始めました。あのう、明らさまに扱いが何か違いすぎませんかね? ところでメープルちゃん、人を抱き枕にしてまたむにゃむにゃ夢の中に旅立つのはやめなさい。聖女にはあるまじき、下着姿で口からよだれまみれになってるんですけど。


「うつらうつらしながら、おやすみ前の絵本タイムをおねだりする姿が可愛かったですわ。メイドの仕事さえなければ、一緒におやすみできましたのに……」


 そうそう昨日はジュムラー(小)のリクエストにお答えして、例の「紅薔薇の雫」が出てくるおとぎばなしを聞かせてもらう予定だったんだよね。でも結局、「むかしむかしあるところに……」でジュムラー(小)がぐうって寝ちゃったもんだから、結局あたしが代わりに聞かせてもらったんだけど、意外と胸キュンな話だったわ。これが一番好きな童話だなんて、意外とジュムラー(小)は乙女なのね。


 それにしてもシンシアさん、お着替えさせてるジュムラー(小)がまだ半分くらい寝ている状態だがらいいものの、その発言はかなりあやしいですよ? ちょっと、何を勝手につるつるのほっぺにちゅーしてるんですか。こら、すべすべの膝小僧を堪能しない。美幼児が昨日みたいにぶかぶかだぼだぼの騎士服を着ているのもいいけれど、このどこかの制服っぽい半ズボンも意外にぴったりでなかなか可愛い。さすがはシンシアさん、服のセンスも完璧です。


「みなくつろいでいるようだね」


 呆れたような声とともに、目の前の姿見に予言の魔女の姿が浮かび上がる。おお、さすがは魔法の世界。通信手段として鏡が使われるなんて、ファンタジーだわ。


「こんな昼間まで寝こけるなんて、いいご身分だねえまったく」


 え、受信側の状況は無視というか筒抜けなの?! とんでもないウェブカメラだな。スパイウェアに感染してるんじゃないの。ぎょっとする私を尻目に、予言の魔女はさくさくと北の王に会うにあたっての注意事項を教えてくれた。


 ひとつ、シュワイヤーを連れて行かないこと

 ふたつ、代わりに赤毛の騎士とジュムラー(小)を連れて行くこと

 みっつ、家に帰れないこの子を保護してあげること


 三つの理由について少しばかり思うところはあるけれど概ね納得できる。猫があまり好きじゃあないんだろう。そう言うと魔女は呆れたように、陛下は守られる女も守る男もどちらも虫唾が走るほど嫌いなのだとため息をついていたけれど……あたしって守られるお姫様にシフトチェンジしてるんだ。意外だわ。


 それにしても対策会議に参加していない……というか離宮にすらいない薔薇園の魔女の方が、格段に役に立っているというのがまたすごい。


 それにしても三番目の理由ってなんだろう。子ども好きと聞いていたし、そういうこと? まさか相手がショタ好きとかそういうことはないよね? 犯罪、ダメ。ゼッタイ! 正直、これ以上変態趣味の男性は勘弁してほしいわね。


 あたしがやいのやいの言いながら薔薇園の魔女とおしゃべりをしているのを、シュワイヤーとハイエルフ様は聞きつけたらしい。着替え前の乙女の部屋に、徹夜明けのハイテンションで入ってきやがりました。若作りジジイ許すまじ! あ、シュワイヤーはボロ雑巾みたいになっていたので恩赦を与えます。


 ずるずるとブラウン管から出てくる幽霊みたいに這いつくばって、美形エルフが鏡の前に進んでいく。何あれ、気持ち悪っ。そのまま、きらきらとした眼差しで、にっこりと微笑みかけた。


「おはよう。愛しの紅薔薇」


「その名前で呼ぶんじゃない! 誰がおまえの紅薔薇だっていうの?」


 一瞬にして腰がピンとなり、シワシワだった肌がみずみずしい乙女のそれになる。おなじみの魔女の姿はどこかに消え、あの公園の湖で一瞬垣間見た美女が怒りをあらわにしていた。


 鏡越しだというのに、その怒りの覇気につられてか部屋の家具がカタカタ鳴っているのが恐ろしい。一瞬毛玉みたいになり、その後すぐ足元でガタガタ震え始めた猫がちょっとかわいそうになったので、抱っこすることにする。それにしても尻尾が脚の間に挟まるほど怖いんかい……。


「紅薔薇! 待て、話を聞いておくれ」


「黙れ!」


 そのまま鏡は、綺麗なほど粉々に割れた。瞬間的にジュムラー(小)をかばったけれど、特にその必要はなかったみたい。だって鏡の欠片は、ありえないほど正確にすべてイケメンエルフに向かっていったのだから。ちょっとヤバいかなあとも思ったけど、さすがはハイエルフ。片手をかざしただけで、光の魔法陣のようなものが展開して、すべての欠片をキャッチしました。ついでにそのまま鏡も修復されたので、万々歳です。


「紅薔薇の怒りをその身に受けることも心地よいが、我が身が傷つけば紅薔薇が泣くのでな。紅薔薇の瞳を潤ませ、肌を薄紅に染めるのは床の中のみで良かろう」


 はい、アウトアウト!

 万一に備えて特性ねこねこイヤーマフ&マフラーとして、シュワイヤーでジュムラー(小)の耳を防護しといてよかったわー。ジュムラー(小)も、ねこさんあったかいーって喜んでるしマジでよかったわー。


 それにしても、美化された物語の中と違って現実の紅薔薇たちはかなりアグレッシブみたいです。この人たちなら、きっと敵兵も圧倒的火力で個別撃破できるんだろうなあ。あたしはまた、詳細を語りたくてうずうずしているハイエルフ様の視線に気づいて、ため息をついた。もうじーちゃんの恋話こいばなはお腹いっぱいです。


作品内に出てくる童話は、『紅薔薇と森の待ち人』(Nコード N5858DR)というタイトルでシリーズ内においてあります。よろしければ、そちらもご高覧ください。

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