63.方向音痴なあたしと可愛いお客様 後編
あたしが護り手について話題を振る前に、ふらふらと亡霊のようにハイエルフ様がジュムラー(小)に近づいてくる。思わず警戒するあたしたちに目もくれず、ジュムラー(小)がつけている「紅薔薇の雫」とやらを凝視する美青年。その距離、まさかの至近距離。うん、怪しい。
そのまま無言で伝説級らしいアイテムを握りしめると、話しかけてはいけないオーラをまき散らし始めた。さっきまで鷹揚に構えていたのは幻かと思うほど。ちょっと、美少年が異様な光景に怯えてるじゃない。ぷるぷる震えちゃって、かわいそうに。ようし、お姉さんが守ってあげるからねー。
そう思ったのはあたしだけじゃないようで、この場にいた女性陣が寄ってたかってハイエルフ様とジュムラー(小)を引き離そうとしたんだけど、がっちりと宝玉を握りこんだ若作りジジイの手は、彫像のように動く気配なしです。もふもふよ、今こそその力を見せる時! って、あれ? みんなこのじーちゃんが強いのか、キュンキュン言いながらひとかたまりのもふもふ団子になっております。
あ、やべ、確かにこのお方の目、イっちゃってるわ。楽しそうに巨大化していた観葉植物も、しゅるしゅると小さくなってしおれちゃったし。なんか枯れかけてない? 心なしか年齢不詳の美青年の背後に、ブリザードが吹いてるのも見えるよ。これ、ツッコミたくないけど、事態を打開するためにはあたしが聞かにゃならんのでしょうかね。
「ええと、ソンサーリュウ様? それに見覚えがおありで?」
錆び付いて動きが悪くなった人形のように、ギギギっと首を回して能面のような顔でこちらを向くエルフの長。なまじ美形なだけに、無表情なのが怖いっす。やだもう、その柔軟性が気持ち悪いんですけど。いつのまにかリーファが、その柔らかな手でジュムラー(小)の目を覆ってました。グッジョブ、姫君!
「これは、我が愛しの紅薔薇ゆかりのものだ」
えーと、スンマセン、そもそも紅薔薇って誰っすかね? 事情を聞くならまずそこから聞きたいんだけど、ハイエルフ様の個人情報、知りたいような知りたくないような。うん、面倒だから、尋ねるのやめよう。三秒で結論を出したあたしに、わざわざボロっとした毛皮が解説してくれた。
「予言の……、薔薇園の……魔女の御名……です」
美少年の膝の上で息も絶え絶えに、わざわざ教えてくれんでよろしい。シュワイヤーの発言が気に障ったのか、ほぼ八つ当たりのように絶対零度の視線が銀色の猫に向けられる。声にならない悲鳴とともに、尻尾をぼはっと膨らませる姿は哀れなり。とりあえずあたしは、シュワイヤーの首の後ろを念入りにもみもみしてやった。あんたは静かにしてなさい。あえなく、くたりとくずれおちる銀色の猫。はい、いっちょあがり。
そんな銀色の猫を、綺麗な青い瞳がこぼれそうにほどに驚いて見つめているジュムラー(小)。聞きなれない声が膝の上からしたから、びっくりして目隠しの手を外しちゃったのね。
あら、ごめんなさいね。びっくりしちゃったかな? うん? 猫ちゃんがしゃべった? そうよ、ここにいる猫ちゃんは特別なの。お話できることはお外の人には内緒にしててね。
こっくりうなずいて、興味津々とばかりにシュワイヤーを抱き上げるジュムラー(小)。はあ、可愛いわあ。癒されるわあ。若作りジジイの話なんか放置して、美少年ってか美幼児と遊びたいわあ。
「あれは、ある冬の朝のことであった。名を尋ねた我に、一輪の紅薔薇を渡してきた彼女は……」
あ、続くんだこの話。え、ちょっと要点だけまとめてさ、パパッとかいつまんで説明してよ。あたしがちらりとシンシアさんを見つめると、妖精女王は半ば諦めたような表情でゆっくりと首を横に振った。あ、やっぱり止められないんだ。老人は話が長くなって嫌よねえ。
よし、ここは秘蔵っ子のリーファの出番だ! 夜もそろそろ更けてきたし、解散をおねだりしようぜ! っと思ったら、すんごい前のめりでキラキラした瞳でかぶりついていらっしゃる。ああ、娯楽ないもんね、この世界。そりゃあ、恋バナ大好きになるわな。えっ、メープルちゃんもそっち系? うーん、あたしもハーレクインは好きだけど、三次元に面倒くさい男がいたらマジギレしちゃうから……。
ああ、そろそろ眠くなってきたなあ。夜更かしは肌に悪いんだけど。それにジュムラー(小)の今後とか、対策会議で結論が出なかった北の国の王のこととか、どうしようかなあ。ちなみにさっきしおれかけた部屋の植物は、驚くほどツヤツヤになり、まるで食虫植物のような怪しい姿に変化していました。そういやこのひと、触手系の変態だったもんね。
「……そしてその淡雪のように美しい頬を染め、彼女はこう言ったのだ!」
一人二役を演じながら、再現をしてくれる森の民。いやあ、こう言っちゃあなんですけど、結構それってソンサーリュウ様の脳内フィルターがかかってると思いますよ。おっかしいなあ。唯一のまともな男性だと思ってたんだけど、何を間違えてこんなになっちゃったんだろう。やっぱりあれだな、この世界の希望はジュムラー(小)だな。時代は美少年もとい、美幼児だね!
「すみません、結局ソンサーリュウ様はどうされたいんですかね?」
「この宝玉を我に譲ってはくれぬか?」
ないわー。まじありえないわー。さっきまでの泣かずにはいられないジュムラー(小)の話を聞いておきながら、そんな提案してくるなんて鬼畜やわー。シンシアさんだけでなく、姫君もメープルちゃんも同意見だったらしい。さっきまでうふふとハイエルフ様の恋バナを聞いていたとは思えないよ、そのゴミクズでも見るような二人の瞳。
ぷるぷると必死に首を横に振るジュムラー(小)の姿に戸惑ったのか、はたまた女性陣の冷たい視線、特に愛し子の姫君の氷の眼差しに焦ったのか、妥協案を挟んでくる。そして全開にする守護者っぽい神々しいオーラ。まあ、ただの庭師あたりじゃあ、大事なものは貸さんわな。
「ならば、これならどうであろう。この宝玉をしばらく貸してはもらえぬか? 対価として、我がそなたを守護する。そなたの大事な家族も我が責任を持って守ろうぞ。この宝玉もしかるべき時が来ればそなたに返そう。考えてはみてくれぬか」
可愛い幼児に、ここまでしつこく食い下がるイケメンハイエルフ。御年うん千歳。大人げないよ! 大好きな家族からもらった大切なものを、心細い幼児から何が何でも取り上げようとする鬼の所業に、女性陣から不穏な空気が立ち込めています。え、あたしですか。手をにぎにぎしてウォーミングアップしていますけど、何か?
「ちゃんと かえしてくれるなら……、いいよ。ははうえのこと、ちゃんと まもってね?」
一生懸命考えたんだろう、ジュムラー(小)は少しだけ名残惜しそうに宝玉をひと撫ですると、首から鎖を外した。大事なものを貸してあげられるなんてなんて偉い子なの! しかもその理由が、お母さんを守って欲しいからだなんて!
感動に沸き立つあたしたちはその後お部屋を移動し、ジュムラー(小)と姫君と聖女とあたしでぐっすりお休みさせてもらいました。子どもの体温ってあったかいのね。うふふ。
なお翌日シンシアさんにお伺いしたところ、ハイエルフ様の思い出話は、ズタボロのシュワイヤーと気絶から熟睡コースに入った第二王子相手に夜明けまで続いたそうです。寝ろよ。