60.方向音痴なあたしと北の国の王対策会議 後編
すっきりさっぱりした気分で、みんなが集まっている部屋に戻ると、部屋の隅でカビを生やしながら落ち込んでいる第二王子がいた。ジメジメした空気をまき散らしながらいじけているので、とりあえずうっとうしいことこの上ない。
はりついていたもふもふな精霊王たちも、大好きなリーファにくっついている方が楽しいらしく、元精霊王のことはガン無視。うーん、かわいそうといえばかわいそうだけど、面倒だから放置で決定だな。いやあ見た目がちょっときつい美少女が目尻を下げて、もふもふとたわむれてるのはまじ癒されるわ。
ところでそこの第二王子はあれか、思いを寄せていたリーファが目の前でポンコツヘタレ龍に持って行かれて、へこんでるんだな。うまくやれば自分がくっつくこともできたから、余計に辛いのかな。でもねえ、事情を知らない姫君にとって元精霊王の言動&行動は意味不明なことが多すぎだったし、あげくに、娼館通いも白い目で見られるし、もともと無理だったんだよ。悪い人じゃないんだけどさ。
最初にあった時は元精霊王らしく偉そうに達観したようなことを言ってたけれど、力を失った今、しょせんは普通の男の子なんだよね。
ピチピチの青少年の肉体に引きずられて、ほとばしるエネルギーに振り回されちゃってるのも、右手で我慢できなかったのも、この世界の王子様的にはおかしくないのかもしれない。もともと自由気ままな精霊だったから、人間の器に馴染んだ結果、下半身が奔放に育っちゃったのかもしれないな。気の毒に。
「誰か癒しを……」
血の涙を流すカイル王子を、シンシアさんが優しく抱きしめる。そういえば、元精霊王と妖精女王なんだし、昔から多少の絡みがあったのかもしれない。今のところ、出来の悪い年の離れた弟とそれをフォローする素敵女子な姉という感じだけど。これからの進展に期待だね!
メイド服の上からでもわかる柔らかな双丘に、カイル王子の顔がはさみこまれる。窒息しそうなほどの温もりの中で、静かになる元精霊王。お、静かになったね。やっと落ち着いたか? そう思って安心していると、なにやらもぞもぞと両手を広げ、おもむろに両の手のひらでつかみやがりました。そう、シンシアさんのやわらかなふくらみを。
「や、やわらかい。これはたまらんっ!」
中学生男子か! バカだバカだとは思っていたけれど、あんたってばここまで救いようのないほどバカだったとは……。いや、もしかしたらカラ元気なのかもしれないけど、やっていい時と場所を考えろよ。ちらりと見れば、青筋を立てて震える妖精女王の姿がそこにあった。背後にうっすらと透き通る羽が広げられたということは、普段は封じている力を解き放っていらっしゃるのでしょうか?
ああストップ! あたしの制止も空しく、シンシアさんの渾身の一撃が炸裂する。妖精女王の強烈お仕置きは、第二王子の腹部にクリティカルヒットし、カイル王子は昏倒してしまった。美しい軌跡が見える、パーフェクトな打撃技でした。
あちゃー、あんなんでも第二王子。一番この北の国の王の内情に詳しいであろう人が作戦会議前に戦線離脱とか辛すぎる。でもなあ、妖精女王の一撃じゃあ、しばらく回復しそうにないもんなあ。仕方ないや。もう面倒くさいし、このまま会議始めちゃお。
とりあえず、現状役に立たない元精霊王は、そこら辺のソファーに放置で決定。毛が乾ききっていないため、妙にスリムで残念な銀色の猫と一緒にお過ごしください。あたしは肩をすくめて、空いている席を探した。
この部屋に今いるメンバーは、七人。聖女のメープルちゃん、物忘れの姫君こと東の国のリーファ姫。妖精女王のくせにメイドをしているシンシアさん、ハイエルフのくせに庭師をしているソンサーリュウ様。昏倒中の第二王子とふかふかのタオルにくるまれてブルブル震えているシュワイヤー。そしてあたし。
ただし、元精霊王と銀色の猫は使い物にならないので、作戦会議のメンバーから除きます。だらしない奴らだな。あれ、そういや黒龍がいない? まあ最近姫君にべったりだったけど、基本は外敵を追い払うのがお役目だからね。仕事中かな?
じゃあとりあえず、リーファとメープルちゃんから、陛下について再度話を聞いときますか。どちらに先に聞こうかな。
「はーい! お姉さま、アイツはとりあえず鬼畜だと思いまーす! こんな可愛い女の子を、物理的に戦場で盾に使うとかありないでーす! いくら聖女が死なないからって、首が2回ももげちゃったり、毒味で吐血したり、暗殺で心臓をひと突きされたり……。いくら聖女様でももうプンプンだよ!」
指名するよりも先に、手を上げて発言してくれるメープルちゃん。可愛く小首を傾げながら、なかなかにエグい発言をしてくれます。まあ、実際に体験したメープルちゃんほど修羅場な人はいないんだけどさ。それにしても北の国の王、容赦ないのね。
「お姉さま、思い出したらなんだか首が痛くなってきちゃいましたあ。お膝に乗せてくださあい♪」
シュワイヤーがいまだブルブル震えているのを横目で見ながら、あたしににじり寄る聖女様。あ、シュワイヤー、君は生まれたての子鹿みたいにプルプル震えて立てないでしょ? もう諦めてじっとしてなさい。
「こう言ってはなんですが……。わたくしにとっては、皮肉なことですが救い主でしたわ。この離宮に連れてこられてからは、むしろ周囲の環境は劇的に改善しました。軟禁かと思っていましたが、ある程度の外出の自由もあります。能天気な東の国の王族から見れば合理的でしたたかな方かもしれませんが、非常に理知的な方だと思います。戦争の良し悪しや他国との関係はともかくとして、わたくしがこちらの北の国に来て以降、併合された領土内でも問題は少ないですし、火種や不満すらもうまく利用して国を治めています。これだけ大きな国を、革命に至らせることなく持続させているということは、かなり政治的手腕に優れているのではないでしょうか。第一王子の管轄下ではびこっていた不正も、今は軒並み潰されているはずです」
メープルちゃんに続いて、リーファが控えめに、けれどはっきりとした口調で答えてくれた。そうそう、姫君は予言を利用する貴族から隔離するために、この国に来たんだったよね。それから、例の、男性陣の顔が判別できない呪いみたいな祝福をかけられたんだっけ。
あと、最後のはびこっていた不正が取り除かれたのは、姫君ご自身が直訴に行ったからでしたよね? まあもともと今の北の国の王は、不正に厳しいひとだって姫君が言ってたけど。そういう風に、北の国の王は進言に耳を貸せるってことかな?
この二人の答えから見えてくるのは、とても有能で合理的な王の姿。そこに私欲や私情で国を食いつぶす王の姿は見えてこない。これなら話し合いで何とかできそうな気もするんだけど、実際は後継のお家騒動も起きているし、以前に耳にした二人の王子における父親像はそれほど評価が高くないし……。仕事と家庭での評価は別ってこと? わからんわからん。
ちなみにシンシアさんとハイエルフさんは、なにか情報をお持ちでしょうか?
「陛下は、大変に見目の良い方ですよ。年齢以上に若く見えるのは、子どもが好きだからだとか。そうそう、猫より犬派だそうです」
……えっと、要らない情報をありがとう。美形という部分に姫君とメープルちゃんが同意しているところを見ると、ホンモノらしいね。それにしても、後半はメイド情報なの? あ、そう妖精族の情報なんだ。子ども好きって、それ健全な意味なんでしょうね? 真に子ども好きなら、美少女のメープルちゃんに盾をやらせないと思うんだけど……。心配だわ。
「そうだな。好きな花の香りはラベンダーだったはず」
……はい、ありがとうございます。その情報も要らなかったかな……。そっちは庭師情報なの? ふーん、植物がじかに教えてくれるんだ。マジ、ハイエルフ様パネエっす。
それにしても……ダメだ。作戦会議の意味がまったくない。今後、どういう方向で持っていけば、うまいことリーファを解放できるのかさっぱりわからん。赤毛の騎士か、現在絶賛引きこもり中の宮廷魔導師のジュムラーにも話を聞いてみたいもんだけど、無理だろうなあ。
仕方ない、そこに寝ている第二王子を叩き起こすか。自分の父親のことだもんね、なんか知ってるだろ。ぐるぐると準備運動代わりに腕を振り回していると、席を外していた黒龍が部屋に戻ってきた。そのまま、珍しく無愛想な顔をしかめ、言いにくそうに来客がある旨をあたしに告げたのだった。