59.方向音痴なあたしと北の国の王対策会議 中編
シンシアさんが素早く用意してくれたお風呂は、何とスペシャルな雰囲気満点の豪華な泡風呂だった。猫足のバスタブがさらに特別感を増している。中に入ったお湯はどうやって捨てるのかなんて野暮なことは聞いちゃいけない。とりあえずは、このラグジュアリーさを楽しむのみ。
なぜか一緒にお風呂に入ってこようとするシュワイヤーを、シンシアさんが手早く外につまみ出す。さすがはメイドの鏡! 反対に、扉の向こうから盛大に嘆きが聞こえてくるのが鬱陶しい。そこの司祭服の男には、むしろどうして自分が一緒に入れると思ったのか聞いてみたい。ちょっと、扉をカリカリひっかくのやめてくれない?! 猫型になって同情を誘うとか卑怯なんですけど!
「まったく、鬱陶しいたらないわあ。本当に、お姉さまと一緒にお風呂に入ろうだなんて百万年早いですわあ」
おい、ちょっと待て。なぜかお風呂場には、白装束をうまい具合にめくり上げて気合い十分なメープルちゃんがスタンバイしておりました。洗面器片手ににこやかに微笑んでいるけれど、メープルちゃんは実年齢はともかく見た目は幼げな少女だから倒錯的な絵柄だよ。ここって、そういう桃色なお風呂だったの?
「まあまあお姉さま、お気になさらずう。絶対に満足させますからあ」
ついつい、押しの強いメープルちゃんに負けてしまったのだけれど……。うん、はっきり言おう、メープルちゃんすごすぎる。このテクニックは一体どこで覚えてきたの?! まさか神殿って毎日こんなことしてるの?! ドヤ顔で薄墨色の髪をかきあげる聖女がありありと脳裏に浮かんで、あたしはドキドキしてしまった。
「あああん、気持ちいいい。そこ、そこ、くうううん」
あたしはついつい抑えきれず、はしたない声を上げてしまう。嬌声がお風呂場の中に響き渡る。くすりと、メープルちゃんが不敵に微笑む気配を感じた。あたしは、目を開けることもできないまま快感に身をゆだねる。
「お姉さま、ここが気持ちいいんでしょう? それじゃあここはどうかなあ?」
面白がるようにあたしの反応を見ながら、聖女と呼ばれる少女はあたしをもみほぐす。そのしなやかな細い指があたしに触れるたびに、声があふれた。
「やあん、だめえっ」
いつの間に戻ってきたのだろう、外に出て行ったはずのシンシアさんが、にこにこと笑いながらあたしの脚をなでさする。メープルちゃんがくれる気持ちよさとはまた違う快感に、あたしはたまらず身をよじる。
「ふふふ、魔女殿ったら気持ち良さそうですね。負けていられませんわ。ほら、こちらはいかがですか?」
薄目を開ければ、光の加減で濃い紫色にも見える黒髪を揺らしながら、艶やかに微笑む妖精女王がいる。そんな高貴な人にかしずかれて、あたしの脚を抱え上げられているなんて、この背徳感どうしたらいいの。ただただあたしはため息をもらす。
「はふううううん。ああん、もっとお」
「ちょっとあなた方、こんなところで一体何をやっているんです! 」
力ずくで壊したのだろうか、めきめきと変な音を立てて閉めておいた扉が開け放たれた。土ボコリを巻き上げながら、またもや人の姿になったシュワイヤーが浴室に飛び込んできた。ご丁寧に、銀縁眼鏡が湯気でほんのりくもっている。あれ、どういう仕組みなんだろう。
どこまでが、シュワイヤーの本体か今度聞いてみよう。毛を短く刈りとったら、銀縁眼鏡が消えたりしてね。あたしはどうでもいいことを考えながら、無作法な銀色の猫に淡々と声をかけた。
「何って、メープルちゃんにヘッドスパ、シンシアさんにフットマッサージやってもらってるだけだけど?」
ちらりと頭と首を揉みほぐしてくれるメープルちゃんと、脚を念入りに揉みほぐしてくれるシンシアさんを交互に見る。
「体感時間が一日だったとはいえ、長期にわたって行方不明だったことを考えますと、お疲れもたまっているでしょうし、しっかりもみほぐしませんと」
「お姉さまの香りはいつでも素敵だけれど、やっぱり洗いたてのサラサラの髪は格別なのん。長い髪って意外と大変なのよお。首も凝っているようだったから、頑張って揉みほぐしていたの。あの……、まさかとは思うけど、変な想像したんじゃないでしょうねえ? やあだ、やらしいい 」
言外に、「これだから男ってえ」と言わんばかりの蔑んだ眼差しに耐え切れなかったのだろう。無言で猫化して逃走を図った銀色の猫の尻尾を、あっさりと踏みつけて、聖女は慈愛溢れる声でささやいた。
「悪い子はお仕置きねえ」
ま、まあ、いいんじゃないかな。赤毛の騎士に会った時に、シュワイヤー、結構汚れてるなあと思ったし。人がお風呂に入っている時に、わざわざ扉に張り付いて様子を伺うとか変態だから、これくらいされても仕方ないよとか思ってないよ。本当だよ。あ、シンシアさんがどこからか洗いおけを持ってきた。ねえ、それ結構深くないですか? 五右衛門風呂っぽいというか、それ本物の猫にやったら虐待なんじゃ……。
「大丈夫ですよ。猫と幻獣は違う生き物ですから。それから逃走防止の術は完璧です」
よくわからないけれど、妖精女王がわきわきと両手を楽しそうに動かしているので、あたしはしばらく高みの見物を決め込みます。聖女と妖精女王の目が笑ってないように見えたのは、きっと見間違いだよね。うん。
「ミギャー!!!!」
哀れ、覗き猫は美少女と美女によりもみくちゃにされて昇天したのでした。
シンシアさん曰く、動物にも優しい石鹸を使っていたので、肌が弱かったりしても大丈夫だし、目にしみることもないそうです。実際、騎士団の馬用に使ってるそうだよ。バカだから、馬用の石鹸にされたとかじゃないよね……?