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52.方向音痴なあたしと訓練好きな騎士 中編

 ふう、いつの間にかむさ苦しい男たちの声はなりをひそめ、木々を揺らす風の音と小鳥のさえずりしか聞こえないことに気がつきました。爽やかな木漏れ日の中、絶好のピクニック日和ですね。って、あたし一人でピクニックもくそもあるかよ!


  はい、すみません。気がついたら後方にいるはずのもふもふたちも、前方にいるはずのシュワイヤーも見当たらなかったというびっくらぽんな状態です。


 ええ、十中八九、あたしがどこかで道をそれて入り込んだんでしょうよ。森の中を一人で歩いていたあたしは、やっぱりこの異世界でも方向音痴を炸裂させているのね。


 中学校の林間学校のオリエンテーリングが懐かしいなあ。地図役を買って出たら、「オリエンテーリング中止。来た道戻れ」という看板が出るほど、山の外れまで案内しちゃったんだよね! いやあ、あの時のメンバーには無駄に歩かせやがってとだいぶ怒られたもんよね。


 チーム戦で順位を競ってたから、本当に困ったもんよね……っていうか原因あたしですもんね、はい。もちろん順位は最下位で、罰ゲームでした。一位のチームは、オリエンテーリング中ずっとマラソン状態で、走ってゴールしたらしいよ。アホや、アホばっかりや。


 それにしても、もふもふたちはいいとして、あの猫野郎、このあたしを一人迷子にさせるとはいい度胸じゃないの。後からとっちめてやる。何があたしを守るってんのよ。どの口が言うわけ。迷子にならないように、恋人つなぎくらいしてろっつうの。もしくは見失わないように、ちゃんと見ときなさいよ。けっ、バーカバーカ。


 あたしはベッタベタにくっつこうとしたシュワイヤーを足蹴にして、一人でのんびり歩いていた自分を棚にあげる。いやあ、まあこういう時は八つ当たりが基本よね。


 鬱蒼と茂る森の中をひたすら歩く。心なしか、木漏れ日よりも陰の方が増えてきたような気がするんですけど……。周囲を見渡したあたしは、前方で一生懸命にこちらに手を振る若い男の人にふと気づいた。さっきのもふもふ精霊王たちのようにぴょっこんぴょっこん跳ねている。


 騎士団の制服を着たまま、片手に馬鹿でかいバスケットを持っているのが妙に可笑しい。バスケット、しっかり閉まりきらずに、両端からバケットでできたサンドイッチがはみ出しているけれど、一体どれだけ無理やり詰め込んだのよ。


 騎士団のお兄さんと、ニョキニョキとバゲットサンドイッチがはみ出たバスケットの取り合わせ。それが面白くてにやにやしているうちに、あたしは自分が思った以上に緊張していたことに気づいた。手のひらにしっとり汗がにじんでいる。


 よかった、こんな昼日中から何もないとは思うけど、一人で出歩くことなんてないから、ちょっとドキドキしてたんだよね。物語で、よく高貴な身分の方がお伴もつけずにお忍びとかあるけれど、あれかなり実力があって肝が据わってるかおバカさんじゃないとできないと思うの。


 バスケットを掲げたまま、騎士団の制服を着た男の人はのんきそうに、にこにことあたしを見て笑っていた。この人、なんか癒し系だよなあ。人を見かけで判断してはいけないけれど、こんな人が悪人だったらあたしは絶望すると思う。


 焦げ茶色の髪はくせっ毛がいたるところを向いていて、垂れ下がった目はにこにこ笑みを浮かべている。すらりとした体型なのに、どうしてかテディベアを思い浮かべてしまう彼は、あたしに向かって嬉しそうにぶんぶんと腕を振った。


「あ、きみきみ、気づいてくれた? ちょうどいいところに通りかかってくれたよね。悪いんだけど、このお弁当をさ、ぼくのにいさんに届けてくれない? あ、にいさんといっても血の繋がったにいさんじゃないよ。可愛いぼくの奥さんの実のおにいさんね。騎士団に夕焼けみたいな髪の男の人なんてうちのにいさんくらいしかいないから、すぐわかると思うんだよね。あ、奥さんはにいさんの髪の色のことを朝焼け色なんて呼ぶんだけど」


 何だよ、おまえマッチョの関係者かよ。っていうか、マッチョの髪の色のことなんて聞いてませんから。赤銅色だろうが、なんだろうが、家族間で好きにお呼びください。


 それにしてもこのおにいさん、緊張感がないというか浮世離れしているというか、へらへら笑っているけれど、よく騎士団の仕事につけたなあ。こういう人が、人を斬る仕事をしているとか想像つかないや。いやマッチョが人を切り殺すのも、不思議っちゃあ不思議だけど、マッチョ関係絡まなかったら彼はいたって普通だしねえ。


「そもそも、頼まれたお弁当を届けずに、一体何をしてたんですか?」


「いやあ、なんかよく覚えてないんだよねえ。ずっと夢の中にいたみたいで、あやふやなんだ。なんかさあ、現実感ないっていうかあ」


 えへへ、困ったなあといわんばかりに頭をかくおにいさん。

 まさかの昼寝?! おつかいやらずにぐうすか寝てたんかい! 起きたんだったら、それこそ自分で何とかしなさいな。子どものおつかいじゃあるまいし、弁当くらい自分で届けろよ……とは口が裂けても言えないあたし。


 お腹の中ではいくらでも言えるんですけどねえ。外面がいいのも考え物よね。でもさあ、お弁当とか見ず知らずの他人に預けるのはマズイんじゃないの。何か中に混入しちゃったりしたら、大事件よ? とりあえずあたしは、おにいさんに聞いてみる。


「もしかしたらあたしが間者で、騎士団長に変なことしたらどうするの?」


 そう突っ込んだあたしに、これまたほわんほわんな雰囲気のままで、テディベアなおにいさんは笑うのだった。


「えええ、ないない。君みたいに、こんなところで出会ったぼくのお話を聞いてくれる人が、わざわざ変なことするわけないでしょう。ぼくさ、うっかりしてて、このお弁当を届けるのにだいぶ時間がかかっちゃてるんだよねえ」


 確かにもうお昼時は過ぎてしまっている。もう何か適当に食べちゃったんじゃないの?


「でもね、約束したからちゃんと届けたいんだ。本当は自分で届けたいんだけど、どうしても奥さんを迎えに行かなくっちゃいけないんだ。このままだと大変なことになるからね。ぼくは今から奥さんにうんと怒られそうだし、いっぱい謝らないといけなさそうだから、お弁当のことは君に頼んだよ! よろしく、魔女殿!」


 あんたもあたしが魔女って知ってて、あくまでおつかい頼むんかい! ってツッコミを入れる気力ももはやなくて、あたしはテディベアなおにいさんの勢いに押されるまま、愛妻弁当ならぬ愛妹弁当の入ったバスケットを受け取ったのだった。なんであんたの昼寝の尻拭いをあたしがせにゃならんのだ。しかもそこまで怒るって、どんだけ恐妻家ですのん。


「用事を頼んだぼくがいうのもなんだけど、魔女殿ってばこんな辺鄙なところで道草を食っちゃってるから、お連れの方が心配していると思うよ。ちゃんと急いでね。後ろを見ないで、しっかりまっすぐ、あっちに向かって行くんだよ」

 

 心配そうな声音で、彼はあたしが歩いてきた道の奥を指差す。

 あたしは遠足帰りの小学生男子かい! とはいえ、まさかの真逆だったので、彼に出会えたことはラッキーだったんだろう。


 テディベアなおにいさんは、それだけ慌ただしく言ってしまうと、「じゃあねえ」なんて、気の抜けた挨拶をくれた。奥さんに謝らなきゃといっていた彼は、相当に焦っていたらしくあたしが目を離したすきにその姿は見えなくなっていた。今思ったんだけど、途中まで一緒に行ってくれてもよかったんじゃないの?! しかも何気にこの弁当めっちゃ重たいし。


 それにしても、彼は騎士団の訓練中じゃなかったんだろうか? いいのかなあ? 奥さんに会いに行くってことは、職場を離れるんだよね?


 あたしは、見た目の朴訥とした雰囲気とは裏腹に、彼の手のひらは豆でゴツゴツとしていたことを思い出す。彼はきっと赤毛の騎士の教えを忠実に守っているのだろう。だったら、今日一日のうちの数時間のことくらいまあいいか。黙っておけばわからない。


 それになぜだろう、彼の人懐っこい笑顔を思い出すとあたしはふんわりと胸が温かくなる。このバスケット、なんて言って赤毛の騎士に渡してやろうかな。あたしはにやにやしながら、また神殿までのお散歩を再開したのだった。

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