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51.方向音痴なあたしと訓練好きな騎士 前編

 神殿までの道をてろてろと歩く。前回は馬車で出かけたのだけれど、今回は徒歩だ。あの時は何気なく馬車に乗ったのだけれど、また密室馬車の中でピンクな雰囲気になるのはごめんなのでね。


 意外とこの北の国の位置関係はコンパクトにできているから、人の足でも主要な建物間の移動は程よくなんとかなるらしい。馬車を使うのは、距離の問題だけでなく、防犯や身分云々に関することなんだろう。


 防犯に関しては、あたしの力だけでなく銀の狂犬ならぬ狂猫がいるので、心配なんてかけらもありません。


 それに離宮から神殿に至るまでの主要な草原や森は、騎士団の巨大な野外演習地として活用されているらしく、むさ苦しい雄叫びやマッチョな男たちがズタボロになりながら、模擬刀で打ち合ったり、走り込みをしたり、スクワットをしている。正直男くさすぎることこの上ないのだけれど、まあ安全と言えば安全なんだろうなあ。


 遠足気分で歩いているせいか、珍しくもふもふ精霊王たちもあたしたちの後をつけてきている。ちらりと横目で見ると、もふもふたちが構ってくれるのを期待してか、キラキラした眼差しでこちらを見てきた。特に白い子狼なんか、ハッハッハッハと舌をベロベロ出しながら、ぴょこんぴょこんジャンプしている。


 おおお、よしよし、そっちがその気ならもふもふしてやるぜ。わっしわっし白い子狼を揉みまくっていたら、背後からものすごい氷点下の視線を感じる。これ、何回かやられてその度にハッと後ろを振り返ると、めちゃくちゃいい笑顔のシュワイヤーがいるんだよねえ。大体、子狼が尻尾をしょぼんと脚の間にタレさせて、キュンキュン鳴くくらい睨みつける大人ってどうかと思うの。


「りーふぁに くっついていたら、くろい りゅうにね、しっしって されたの」


「りゅうの くせに、なまいき」


「へたれの くせに、りーふぁに ぎゅってしてた」


「りゅうの くせに!」


「なまいき!」


「おれ、がじがじ かんでやった!」


「すごい! えらい!」


「でもねえ、しんしあが いうことを きいて あげなさいって いうの」


「きょうも かわいい めいどふく だったの」


「ようせいな めいどさん、すごく つよいの」


「だからね、おそとに でてきたの。いっしょに おさんぽする」


「おさんぽ!」


「わあ、おはな!」


 一部要らない情報も出てきたが、まああのポンコツへたれも今回ばかりは良い仕事をしたらしい。姫君のことをぎゅっと抱きしめたらしいから、多少は二人の仲も進展していただきたいところ。やだ、じれじれすぎて、あたしの用事が終わってもまだいつもの通りだったらどうしよう。あり得る未来なんですけど。


 まあいいや、もしもそんならへたれ龍をボコってやるわ。そんで夜中に姫君の部屋にでも押し込んでおけばいいでしょう。それか妖精女王のシンシアさんが、最強メイドとして何かやらかしてくれてるかもしれないし。


 もうすぐ暦は春の三の月。つまりは日本で言うところの六月。湿度も降水量も低いこの国は、とても過ごしやすい。日差しは強いけれど、吹き抜けていく風は爽やかで、木陰に入れば昼寝できそうなくらいの過ごしやすさだ。


 何よりあたしの一番好きなところは、どうやらこの国には蚊がすごく少ないらしいってこと! 虫除けスプレーもム◯もいらない夏なんて、素晴らしい。そりゃあヨーロッパでは、「六月の花嫁(ジューンブライド)」なんて言葉が出てくるわな。


 あたしはもふもふしたかたまりを野に放し、後ろで蝶々やお花に夢中になるもふもふたちと合流させた。彼らは適度に自由にさせて、のんびり足をすすめさせてもらう。あんなもふもふたちでも腐っても精霊王。特に放置しても心配はないでしょう。もしかしら、力がちょっぴり暴発することもあるかもしれないけど、まあこの辺で何か起きても神殿の奇跡ってことでなんとでも言いつくろえるはず。


「負けるな筋肉! 鍛えろ筋肉!」


 爽やかな初夏の日差しの中、鬱陶しい声を上げながら騎士団の見習いの少年たちが走っていく。なんなんだよ、一体。他に教えることってないんだろうか。


 騎士団ってね、すごくイケメンで愛国心や忠義に溢れた超素敵人物だと思っていた乙女なあたしを返してほしいの。こういう舞台裏は見せずに、城とか神殿とかで、キリッと佇んでいて欲しかったの……。


 ちなみに以前、筋肉大好き赤毛の騎士に「筋肉好きすぎ」というツッコミを入れたことがある。「騎士様の演習場は城の裏手にでも作って、訓練は見えないようにして欲しいなんて要望、内外からきたことないの?」なんて聞いたことも覚えている。


 だって騎士団と言えば、人気の職業。こんなキッツイ訓練をして、ボロボロの状態を見られるのなんてイヤじゃないのかなあなんて思っていたんだよね。その時、彼はいつものにこにことした日向のような柔らかな顔をしかめ、珍しく真面目な顔をしてこんなことを言ったのだ。


「筋肉は裏切らない。鍛えれば鍛えた分だけ、己の肉体は反応してくれる。心や忠義といった目に見えないものは俺にはわからぬし、貴族の誇りで飯は食えん。信念など小難しいものはどう扱って良いかわからんし、神のために戦うことも考えられん」


 ともすれば貴族や身分制度自体を批判してきるとも捉えられない騎士団長の発言にあたしはドキドキしてしまう。一歩間違うと、宗教や王権の否定にも繋がるからね、その思想は。高位な身分のお方の発言とは思えない。


「平民と同じ訓練ができぬとほざく貴族ならば追い出すし、目の前の民に疲弊する己の姿を見られて恥ずかしく思うようなものは、我が騎士団にはいてもらわなくても良い。恥ずかしいのならば、醜態を晒さぬようにひたすら強くなればいい。常日頃から誰を自分が守らねばならぬのか知っておいて欲しいから、俺は野外演習が好きなのだ」


 そのあと俺らしくないことを語ったとでも言うように、肩をすくめた彼は照れていたのだろうか。あたしの頭をまるでメープルちゃんにするかのようにがしがしと撫でられていたために、彼がどんな顔をしていたのかあたしには見えなかった。ただ、一瞬だけ見えた彼の眼差しは、どこか遠くを見つめていたように思う。


 なおその日は帰宅後に、髪の匂いを嗅いだシュワイヤーに怒られたことは言うまでもありません。別にいいじゃんね、それくらい。

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