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45.方向音痴なあたしと潔癖性な魔導士 中編

 ジュムラーは顔色を悪くしながらも、なおメープルちゃんから目を離さない。


 一度シュワイヤーに思い切り蹴り飛ばされたせいで、せっかくの綺麗な顔は大きく腫れ上がっているし、春らしいほんのり湿った芝生の上で踏みつけにされたので、身体中泥だらけだ。海のようなきらめくマントも、シワだらけ。それでも彼はただメープルちゃんに神殿に戻るように繰り返す。


 ちなみにメープルちゃんはというと、鳥まみれになった赤毛の騎士に、ひたすらパンを手渡しているところだ。


「待て、落ち着くのだ。おい、髪の毛をむしるな。うわあ、肩に糞が?!」


「やだ、超面白マジウケるんですけどお!」


 爆笑するメープルちゃんの大盤振る舞いで、周囲の子どもたちもパンを手に持っている。そのままむしゃむしゃ食べちゃっている子もいるけれど、まあそれはご愛嬌。


 すっかり忘れ去られた宮廷魔導士が滂沱の涙を流している。

 哀れなり、ジュムラー。


 最近気づいたことだけど、この世界に来て体が再構成された結果、あたしはなんとなくだけど他人の感情や記憶とシンクロすることができるようになった。できるようになったというのは、語弊があるか。強制的にシンクロさせられる、断片的に追体験させられるという言い方が正しいかな。


 メープルちゃんの話を聞いている時に、いやに臨場感を感じるなあと思っていたらそういうことだったわけ。おかげでますます他人とあたしの境目があいまいになってきている。そのせいで、怒りを持続するというのが難しくなってきていて困るんだけど、どうしたらいいんですかね。


 だからここだけの話、ジュムラーの体を覆っていた薄い光が外部との接触を遮断する結界だったことも知っている。まあさっきのシュワイヤーの会心の一撃で、結界が崩壊していますけどね。


 日本にもたまにいるよね? 潔癖性で薄手の手術用のゴム手袋がないと生活できない人。


 そこまで極端じゃなくても、電車の手すりは触れないとか、公衆トイレは使えないとか、じかばしがダメとか、まわし飲みは嫌とか、図書館や古本屋の本は汚いとか、そういうひとはごくありふれていると思う。だから、ジュムラーも苦労してるんだなとかちょっとわかっちゃうわけ。


 しかもこの世界に潔癖性な人は少ないだろうから、理解してもらうことは難しい。現代日本と違って他人と物や場所を共有しない生活は難しいし、自然豊かな土地だから、虫だっていっぱいいる。


 こういうことを踏まえてみると、潔癖魔導士の愛というか、執着心は正直すごいなあと思う。潔癖性という難儀な性格の彼が、顔を湿った泥だらけにしていても、口から血を垂れ流していても、パニックを起こさず踏みとどまっている。


 あたしの顔を蹴飛ばして、風呂に移動させた時とは大違いだ。そこまでメープルちゃんの存在は、彼を構成する大きな柱なのか。


 これからやるべきことを想像して、あたしは小さくため息をついた。

 仕方がない。武士の情けだ。


「シュワイヤー、あなたもちょっとだけ向こうに行ってくれる?」


 その瞬間、銀色の猫の身体中からあからさまに機嫌の悪いオーラが溢れ出す。おお、怒ってる怒ってる。これ、猫の姿なら、身体中の毛が逆立っているよね。


「あなたを残して、自分だけ安全な場所に避難しろと?」


「まさか。これからズタボロにやられるっていうのに、観客がいたらさすがにかわいそうでしょ。気持ちのいい話し合いにはなりそうにもないからね。誰にだって隠しておきたいことはあるものよ。それに世界の理に誓って、負けるつもりなんてないから、安心して。それともシュワイヤー、あたしが信用できないの?」


 あたしはにっこりと笑って、シュワイヤーを見上げた。せっかく美人&お胸が豊かになったので、上目遣いでのおねだりポーズも忘れない。


「信用していますよ。あなたの力に敵う相手なんていないこともわかっています。けれど、好きな相手を一人にすることに心配を覚えないような男なんていませんよ。信用することと心配することは別の次元の話ですからね」


 そのまますっぽりとあたしを抱きしめ、頭を撫でてくれる。そっと首元に口づけを落とされて、あたしは身をよじる。ちなみにもちろんその長い足で、ジュムラーを踏んづけたままだ。


「魔女とやらも所詮はただの女。さっそくその体で男をたらし込んだか! 地獄に落ちろ! この淫売!」


 ジュムラーは忌々しげにそう絞り出すと、そのままあたしの脚に唾を吐きかけた。あたしの白魚のような白い脚に唾がかかる……というわけがあろうはずもない。さっとシュワイヤーがあたしをお姫様だっこすると、ふわりと一歩後ろに下がった。


「うわ、きったない!」


 とりあえず文句だけは言っておく。シュワイヤーが無言のまま、ジュムラーのみぞおちに蹴りをめり込ませた。おお、今のはくるぜ!


「淫売の息子がえらい口のききようですね?」


 悶絶するジュムラーに、さらに銀色の猫は追い打ちをかける。ストップ、ストップ! それ以上やると死んじゃうから!



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