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43.方向音痴なあたしと予言の魔女 後編

 あたしとおばあちゃんの間に、ひらひらと黄色の花びらが舞い落ちる。

 春といえば薄いピンク色をした桜というのがあたしの常識なのだけれど、この国では春といえばモクレンらしい。


 広い公園のあちらこちらに、真っ白なモクレンと、濃い黄色のモクレンが咲き誇っている。けぶるように咲くモクレンに包まれて、あたしはうっとりと目を閉じた。


 桜よりも一枚の花弁がずっと大きなモクレンは、咲き誇っている姿も風に舞う姿も、どちらもとても美しい。湖の上にもモクレンの花が敷き詰められていて、そこはまるで絵本の中の世界だ。


 子どもたちは、嬉しそうにモクレンの花びらを手に持ち、春の香りを楽しんでいる。みな申し合わせたようにシャボン玉を飛ばしていて、一層美しい光景にしていた。


 いつの間にか飲み終えていたカップを屋台のおじさんに返すと、あたしたちはのんびりと湖のそばに近づいた。透き通った水面に、ゆらりと人影が映る。


 それはいつ見ても美人なあたしと、どこか姫君に似た面ざしの黒髪の美人さん……ってあれ?!


 あたしは慌てて横を見る。そこにいるのは、まぶしそうに湖面を眺める予言の魔女ひとり。もう一度下を見ると、そこには人の良さそうな老婆の姿があるだけだった。先ほど見たのは錯覚だろうか。それとも、まさか……。


 あたしは姫君に肩入れしていた、薔薇園の予言の魔女の姿を思い出す。

 ずっと引っかかっていたのだ。予言を渋っていたくせに、最終的に予言を与えた妙な詰めの甘さも。


 愛し子と呼ばれる姫君。愛するというのは、何も恋人だけに使われる表現ではないのだ。予言の魔女は確かに姫君を愛している。深く深く、貴族としての幸せではなく年頃の少女としての幸せを感じてほしいと願うくらいに。

 

 ずっと聞きたかった予言の内容について踏み込もうとしたその時、またもやあたしは予言の魔女に先手を打たれてしまった。


「これからどうするつもりだい。そろそろいがみ合う猫と聖女が戻ってくるよ」


「シュワイヤーとメープルちゃんは、赤ちゃん返りしたお兄ちゃんと、ママを独り占めしたい赤ちゃんと一緒ですよ。喧嘩を無理に止めても解決しません」


 あたしは肩をすくめて答えた。一見すると単に重たいだけの二人の愛情だが、その意味合いは少しだけ違う。


 シュワイヤーは、あたしの後ろに過去の自分を見ている。きっと彼の傷が癒えるまで、銀色の猫はあたしを甘やかし続けるだろう。


 メープルちゃんは、あたしの後ろに失った家族を見ている。幼い子どものように、盲目的に母親役のあたしを慕い、愛情を乞い願う。彼女は今、子ども時代からやり直しているのだ。


 「愛」という言葉は難しい。予言の意味合いを間違って受け取ったとしてもおかしくないと、今ならあたしは自信を持って言える。


「おやまあ、いっぱしの口をきくもんだねえ」


 まあ、営業職からの転職を考えて、保育士の資格を国家試験にてゲットしたクチですので。給料は下がるのに、今の営業職と同じくらい労働時間の縛りが凄すぎて、転職諦めましたけどね。


「じゃああの聖女にまとわりつく男二人はどうするんだい。赤ん坊に執着する男なんか変態じゃないか」


「ええっと、そうですねえ。変態っていうのは否定しませんが、あの執着もいわゆる恋愛の愛情とは違うと思うんですよねえ。赤ちゃんの気を引きたい爺と婆なんて言っちゃうとおかしいですけど、聖女は唯一無二の存在、聖女を庇護せねばならぬが暴走した結果ですし」


 大体、村人をあっさり焼き殺したりするような連中が、少女に手玉に取られるというのも変な話なのだ。何か神がかった理でも働いているのか、聖女の存在が二人の何かしらのトラウマを刺激しまくったのか。


「大変だ! 急に湖の端が凍り始めたぞ!」


「なんだなんだ、冬がおわったばかりだってえのに今さらスケートでもする気か?」


「おい、あっちを見てみろ! なんだ、ボート競争でもやってんのか?」


「片方は美少女、もう片方もえらい綺麗な兄ちゃんや。なんの競争なんだ?」


 なんなのよ、今いいところなの! 答えが出そうなんだから、もう少し考えさせてちょうだい! あたしはじっとりと影を背負いながら、人だかりのある方角を向いて確認した。


 確かに湖の北側はすごい勢いで凍り始めている。その上を赤毛の騎士が爆走しているから、かなりの深さまで凍っているんだろう。ワカサギ釣りでもするつもりかよ。


 ちなみに爆走する脳筋男の先には、これまた猛スピードでボートを漕ぐ二人が見える。同じボートに乗ればいいのに……というか、何でボートに乗ってるんだろう。あ、もしかしてあたしがもとの場所にいなかったから、ボートに乗って捜査してたとか? ヤバい、ちょっと怒られるかも……。


「あんた、あの後始末どうするんだい」


「え、あの後始末、あたしの責任範囲なんですか?!」


「そりゃあ子どもの仕出かしたいたずらの後始末は、母親がやるっていうのが筋だろうよ」


「爺と婆はもう大人ですけど!」


「年老いてもうろくした人間の後始末は、子どもがやらなきゃなるまいねえ」


「あたし、あんな面倒くさい両親と子どもたちを持った覚えはありません!」


「まあ頑張るんだね」


 そう言って笑いながら、予言の魔女は立ち上がった。不意に強い風が吹き付けて、モクレンの花びらが舞い上がる。


 白と黄色の花びらの中を、背筋を伸ばし、艶やかな黒髪をなびかせて、彼女は薔薇園に帰っていく。姫君によく似た顔で、姫君がしたこともないようなお茶目な顔でウインクを一つあたしに投げると、彼女は「またね」とひとこと言って姿を消した。

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