42.方向音痴なあたしと予言の魔女 中編
「ちょっとちょっと、予言の魔女って人嫌いじゃあなかったですか? 何をしれっと公園でカードゲームなんかしちゃってるんです!」
「嫌いなのは偉そうにふんぞり返ったバカどもさ。こういう気のいい奴らと遊ぶのは、嫌いじゃないよ。偏屈な年寄りじゃあるまいし、家に引きこもってばかりいたらカビが生えちまう」
ひょうひょうとした表情で、おばあちゃんはカードゲームに興じるご老人たちから離れて歩き始める。慌てて追いかけるあたしに向かって、薄手のハンカチを放り投げてきた。また食べ物をつまらせて汚いねえってことですか。ひどいっ。でもありがたく使っちゃう自分が情けない。
「嫌いじゃないっていうかむしろ大好きレベルで溶け込んでましたよね?! それに何ですか、あの独り勝ち。予言の力をああいうことに使っちゃダメですよ」
「人聞きの悪いことを言わないで欲しいね。あんな子ども騙しの遊びに、特別な力やイカサマなんているわけないだろう。必要なのは、相手をよく見ることと駆け引きする口、それに勝負をかける時の思い切りだけさ。だいたいあんなひよっ子ども相手に負ける方がおかしいってもんだ」
じゃらじゃらとコインを財布に入れる。確かにそれは全て銅貨ばかりで、金貨や銀貨を巻き上げていなかったことにホッとした。予言の魔女がイカサマ賭博とかシャレにならないからね。
「予言の魔女なのに、そんな庶民的でいいんですか? きっと世間の方って、予言の魔女のことを神秘的な存在だと夢見てます。あんな威勢よく、おじいちゃんたちと賭け事をしているなんて詐欺ですよ」
「別にイメージと違っていて何が悪いんだい。そんなことを言ったら、あそこの湖で子どもたちからパン屑をもらっている白鳥は、幻獣を束ねる聖獣だよ。あっちがよくって、こっちはダメとか納得いかないねえ」
予言の魔女は、あごをしゃくって湖のほとりでパン屑をあさる白鳥をあたしに教えてくれた。あ、こら、籠の中のパンをまるごと持って行っちゃダメでしょう。ってか、パンむさぼる白鳥とか、どんだけ飢えてるのよ。
「聖獣何してるの?! ってか、聖獣がこんなんなのにシュワイヤーが仲間から爪弾きとかおかしくない?!」
「まあまあ、落ち着きな。何か気になることがあったんだろう? どうだい、しばらくこっちの世界で暮らしてみて、何か進展はあったかい?」
そのままあたしに、露店で買ったらしい飲み物を渡してくれた。飲み物のカップはお店に返すんだから捨てるんじゃないよというご丁寧に一言添えて。とりあえず一口飲んで、深呼吸。落ち着けあたし、落ち着け。
「びっくりしたのは、あなたのせいなんですけどね。まあいいや。そうですね、どこから話したらよいのでしょう? どこまでシュワイヤーから聞いてますか?」
「あんたがなかなかその気にならなくて困っているとしょっちゅう言われてるよ。あんたから甘い匂いがするから嫌われてはいないはずなのに、拒まれる理由がわからないと毎日鬱陶しい。別に減るもんでもなし、一緒に寝てやったらどうだい」
「違いますよね?! シュワイヤーがあなたに伝えるべき内容はそういう内容じゃないですよね?!」
ダメだ、全然落ち着いて話せない! 何なの、あの猫。もっと他に伝えるべきこといっぱいあるでしょうよ。あたしが力に目覚めましたとか、聖女が仲間になりましたとか、そういう報告はいらないわけ?
「で、そこんとこどうなんだい」
たいがい、ここの重要人物たちはみんな自由すぎる。ここでその話題を引っ張られるとは思わなかったよ。いいよ、ちくしょう、恥かいたついでに根掘り葉掘り聞いてやる。
「もう、この際だからぶっちゃけて言いますけどね。あたしとシュワイヤーの間にどんな子どもができるのか心配なんですよ。龍族の方に話を聞いたら、妊娠が死につながることもあるそうじゃないですか。そういうリスクをあたしにちっとも教えてくれないのは、どういうことかと思うんです」
「そりゃあ、死ぬ可能性がないから特に何も言う必要もないんじゃないかい。まあそうだね、知らなかったら不安になるもんかもしれないねえ。気になるようなら説明しようかね」
「よろしくお願いします」
昼日中から、保健体育のお勉強ですね。シュワイヤーに聞いたら夜のお勉強になりそうだから、おばあちゃんが講師でよかったわ。
「幻獣は同じ種族の幻獣同士で番うのが一般的さ。なぜかはわからないけれど、他の種族と番っても子どもは生まれない。詳しい理はわからないけれど、相性が悪いんだろうねえ。まあ虎と獅子なら、まれに子どもが産まれるとも聞いたねえ」
「まんまライガーやタイゴンだ! 」
レオポンやラバもいるのか気になるところだ。遺伝子という概念がない異世界でも、種族の違いとか、何となく相性が悪いということで、異種族同士の子どもができないということは周知の事実らしい。そして、異種族同士の交配で生まれてくる子どもは、どうしても体が弱いことも多く、異種族同士の婚姻自体があまり推奨されないのだそう。
「それに幻獣よりも下位の種族とも番える。ユニコーンやペガサスなら単なる馬とも番えるし、おまえさんとこのシュワイヤーなら猫とも番えるさ。けれど、産まれる子どもは幻獣ではなく、少し秀でた馬や猫でしかない。基本的にプライドが許さないから、下位の種族と番うことはないけれどね」
「普通の馬や猫とも番えるの?!」
な、なんかそれは微妙にショックだなあ……。幻獣も獣といえば獣かもしれないけれど、なんかヒト型になれるから、獣姦的なイメージ……。本当にすみません。
「最後に、例外的にうまくいく異種族の番が人間さ。異種族同士の交配が全てうまくいかないわけじゃない。さっきも言った通り、近い種族なら番えるしね。けれど、人間というのは水みたいに、何にでも交われるからね。それはすごいことさ。他の種族と番っても、うまいこと子どもを授かる。人間というのは、他の種族と比べて、特異な力がないからこそ繁殖力で勝負しているのかもしれないね」
保健体育というか、生物の授業みたいになってきたな。頭がこんがらがるから、黒板が欲しいくらいだ。
「まあ人間と番った時に、幻獣型の子どもを産むのか、ヒト型の子どもを産むのかはわからんがね。だいたいヒト型の子どもを産むけれど、絶対じゃない。だから、龍族は異種族同士の交配を禁忌としたのだろうよ。おまえさんの場合、サイズの小さい猫型の方が、産むのは楽なんじゃないかいね。幻獣型で生まれても、大きくなればヒト型の姿を覚えるから安心おし。まあ人間と番った場合は、幻獣としての能力は一般的に劣るがね」
ああ、龍が心配していたのはここか。確かに確率的にヒト型で産まれる可能性が高くても、一度でもエイリアン誕生な場面に出くわしちゃったら、それはやっぱり一族で禁止しちゃうよねえ。猫とかならあたしも産めるというか、ヒト型で産むより楽そうだけど、龍は体積的に無理だ。
「ヒト型で産まれることがほとんどだけど、幻獣型もありうるとか稀血みたい」
「まれ……なんだって?」
稀血といのは、稀な血液型のこと。O型同士の両親なのに、子どもがB型とかA型で、奥さんの離婚ではないかと騒ぎになった事例もあるらしい。ほんでよくよく調べてみると、それは両親の片方が単なるO型ではなく特殊な血液型、つまり稀血だったのだとか。まあ血液型の話から説明しないといけないし、ワイドショーで聞きかじっただけだからおばあちゃんにはうまく説明できないし黙っとこう。
「いえ何でもありません」
「そうそう、幻獣と人間との子どもはね、うまくヒト型を取れないことが多くてね。若干蔑視の対象となることもあるから、そこは知っておいた方がいいね。まあヒト型の時に、耳や尾、手足の毛や鱗、背中の羽が消えないくらいなんだけどねえ。」
「ケモミミスキーとしては許せないですね、その風潮!」
「ケモミミスキーとやらが何かは知らんがね。いずれにせよこの問題が今後必要になるのなら、ようく考えて、世界の理を見直してみるんだね。導引の魔女ちゃん」
姫君の恋路の前に、ケモミミスキーとしてこの世界を改善したくなりました。