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41.方向音痴なあたしと予言の魔女 前編

 春の一月に入ってから、気温は驚くほど上がった。と言っても、日本のようなぽかぽか陽気ではないし、日陰はまだまだ肌寒い。けれど冬が長い北の国では、毛皮のコートが必要のない季節になり、雪もとけ、湖の氷がなくなれば、それはまぎれもない春の訪れなのだと知った。


 そんなあたしが今どこにいるかというと、王都の公園である。ここ最近ちょっとバタバタしていたので、気分転換がてら異世界観光としゃれこんだ。お供はもちろん、銀色の猫シュワイヤーと、傾国の『聖女』メープルちゃんである。猫はともかく、聖女は仕事しろ。


 日本の公園と同じくカップルは湖の上でボートに乗るのが定番らしい。しつこく手漕ぎボートに視線を向けるシュワイヤーの心の叫びを、あたしは軽く黙殺する。あたしとシュワイヤーがボートに乗ったらどうなるか。言わずもがな、メープルちゃんがキレる。自分と一緒にと瞳をうるうるさせながら再度ボートデートを申し込まれたあげく、どこからかその様子を覗いているはずの王宮魔導士に爆撃されるだろう。


 めんどくせえ!!! だから、あたしはボートには絶対乗らない。痴話喧嘩は他所でしろよと言いたいところなのだけれど、その場合あたしが浮気女の立場になる可能性があるので、黙っておくことにする。王宮魔導士でも赤毛の騎士でも、どっちでもいいから、ちゃんと本妻しとけば良かっただろうに。


 それにしてもいい気分。立ち並ぶ屋台を覗けば、日本の屋台とはまた違ったスパイシーな香りが食欲をそそる。若い女の子たちが手に持っている、謎の飲み物も気になるところだ。


「あれが気になりますか? 最近王都で流行りの焼き菓子で、口の中に入れるとほろほろと崩れるんです。良ければ買ってきましょう」


「あら、あんな子ども向けのお菓子を選ぶなんてどうかしてるんじゃないい? やっぱりあの飴細工がいいわあ! 即興で綺麗な鳥や模様を描いてくれますう」


「はっ、飴細工なんてそちらの方がよっぽど子どもだましでしょう。大体なんであなたまで、一緒にこちらに来ているんです。傾国の聖女が心を改めたのなら、神殿でもっと一生懸命働いたらどうですか?」


「女の子の気持ちは女の子の方がよくわかるんですう。むしろ猫なんかより、女の子同士ガールズトークする方が楽しいと思いますけどお」


 わざと小馬鹿にしたように話すメープルちゃんに、シュワイヤーが氷のような眼差しをしている。周囲が春の陽気に浮かれる中、どうしてあたしの周りは未だ冬のような凍てつく寒さなんだろう。ほら、王都の一般人の皆さんがひそひそこっちを見ているじゃないか。


 もともと美形が多いから目立ってるのに、会話内容が三角関係だから皆さんワイドショー見ているような気分なんだろう、きっと。


「いやまあそんなにお腹空いてないし。どっちかっていうと喉が渇いたかなと思う……」


 あたしの言葉を最後まで聞くことなく、二人が飛び出していった。こういう時は、思考回路が似ているもの同士連携プレーがすごいな。お前ら、しばらく帰って来なくていいからなあ。


 とりあえず今のうちに、そそくさとあたしは移動する。その場で待っておいてなんて言われてないから問題ないよね。いざとなったら路銀もあるし、一人で先に離宮に帰ろうっと。そういや聖女としてお勤めをしているメープルちゃんはともかくとして、猫は路銀を持っているんだろうか。ドレスといい、ここでの買い物といい、猫の懐事情は謎に包まれている。


 湖の周りには幾つもベンチがあり、ご老人がゲームに興じている。ルールはよくわからないが、カードゲームやボードゲームで賭け事をしているようである。昼日中から賭け事っていうのもどうかと思うけれど、ゲームをする人もその周囲でそれを応援する人も、みんな和気あいあいとしていて、ひどく楽しそうだった。いいねえ。こんな雰囲気でご老人が外に出れるなら、ボケたりする人も少ないんだろうなあ。


「よつしゃ! またあの婆さんが勝ったぞ!」


「おいおい、一体何連勝だよ!」


「ちくしょう、有り金全部すっちまった。取り戻すまで、俺はぜってえかえんねえぞ」


「そんくらいにしとかないと、後でカミさんに怒鳴られても知らないよ」


 どっと笑い声が起きる。昼日中の公園での賭け事は、その威勢の良い声とは裏腹にどこかほのぼのとしていて面白い。当人たちも勝った負けたはあるが、生活がかかっているようなものではないのだろう。あくまで健全なお遊びなのだ。


 あたしは隣にいたおじいちゃんにもらった木の実入りのお菓子をかじりながら、カードゲームをするご老人を見やる。そのかたわら、先日聞いたメープルちゃんの話をぼんやりと思い返していた。姫君が相手を選ばないことが、北の国の現国王にとって都合がいいというあの話を。


 ちなみに本日の姫君の予定は、龍を護衛につけて孤児院の訪問だそうだ。何だよ、もうおまえたちくっついちまえよとも思うのだけど、これがなかなか一筋縄ではいかないらしい。龍曰く、龍族は卵で孵るのが一般的な繁殖方法らしい。爬虫類だな、やっぱり。


 じゃあ別の種族と番うとどうなるかというと、基本的には子どもはできないらしい。けれど、それでもごくたまに人間と番う場合に限り、一般的な哺乳類のヒトとして腹から産まれる場合もあるそうだ。しかし、その場合母体は産まれる子どもの体の大きさに耐え切れず死んでしまうこともらしい。


 何でらしいが大量につくかといえば、母体の腹から龍体のままエイリアンチックに赤子が飛び出してきた例があったために、異種族同士の交配が忌み事とされて、伝聞でしか伝わっていないからなのだそうだ。


 あれか、例えは悪いけど、サモエドとかセントバーナードとかのオスがチワワのメスに交尾したら、胎児の巨大化でメスが死んじゃう可能性があるよねって事か。確かに避妊が一般的ではないこの異世界では、大きな問題だ。好きな女性と夫婦になって、相手を抱いちゃいけないとか辛いよなあ。


 それにしても、予言の魔女(おばあちゃん)が教えてくれた予言は何だったのか。「王女が愛し、選んだ相手が北の国の王となる」と言われたけれど、あたしは何か大事なことを見落としているんじゃないのか……。ああ、もやもやする。おばあちゃんったら、何であの時、今はここまでしか言えないとかって意味深なことを言っていたんだろう。ちょっとおばあちゃんを呼び出して、愚痴ってやりたい。


「おや、呼んだかい?」


 聞き覚えのある声にあたしはぎょっとする。その瞬間、かじりかけの木の実入りのお菓子が気管に入り、ゲホゲホと盛大にむせた。このパターン、覚えがありすぎますけど! カードゲームに興じていたご老人が、席を立った。どこか見覚えのある老婦人がにやりと笑う。


「勝ち逃げなんてずりいだろうよ!」


「おや残念だねえ。お迎えが来ちまったのさ。まあ次に勝負するまで、もう少し腕を磨いておくんだね。お待たせしたね、さあ行くとするかね」


「婆さん、お迎えとか言ったら縁起が悪いだろうよ」


「そうだそうだ、みんないつぽっくりいってもおかしくねえんだ」


「違いない!」


 どやどやとはやし立てるじいちゃんたちをバックにして、小首を傾げてあたしの方を見たのは、薔薇園で出会ったあの予言の魔女だった。

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