表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/83

3.方向音痴なあたしと赤毛の騎士 前編

 暗闇を抜けると、そこは水の中だった。

 ってマジかい!


 鼻の中に水が入り込んで、ゴボゴボと咳き込んでしまう。

 何よ、今度は水責め? あたしは中世の魔女狩りかなんかにつかまったんかいな。

 あたし、生まれてから今までずっと仏教徒だったはずなんだけどなあ。


 さて、方向音痴な上に乗り物酔いしやすいあたしは、残念ながら運動音痴でもある。


 球技大会? みんなの足を引っ張ってるという罪悪感に耐え切れず、体調不良を理由に見学ですよ。

 だってあたしがいたら、全種目一回戦敗退だからね!


 バドミントンも卓球もまずラリーができないし。ってか、コート広すぎないですか? どうやったらボールに追いつくの? バレーはトスしようとしたら突き指。


 バスケットボールでは下手くそなのにいい位置にいるせいでパスを受けまくり、そのくせ速攻ボールを奪われるので恨まれまくる。いや、最初からあたしにパスすんな!


 ソフトボールはトンネル続出。あげくにフライが額に直撃して青あざもできたっけ。サッカーではゴールポストに激突して、小指骨折もしたんだよね。


 運動会?徒競走は万年ビリですけど、何か? 毎回逆さてるてる坊主を作って必死でお願いしてたっけ。

 三位までの子がもらえる胸につける花のバッチがまぶしかったわ。

 ダンスも振り付けが覚えられない上に、どんなに頑張ってもどこか田舎くさい仕上がりに。


 玉入れと綱引きだけが心の癒しだったっけ。ちなみに誰もが嫌がったクラス対抗リレーの走者に、出席番号一番という理由で選ばれたこともある。もちろん最下位でしたけどね! 出席番号順とか、相川より前の人になんて今までお目にかかったことないわ。


 そもそもあたしが、あのハゲ課長に目をつけられたのもこの名前が原因だ。

 あたしの名前は、相川。課長の名前は有川。あいかわとありかわなんて、電話なんかではしょっちゅう間違われる。新人と間違われることにイラつく課長の気持ちもわからんでもないけれど、ここに周りの悪ふざけが混じっていたからタチが悪かった。


 課長はあのネチネチした性格から、結構部署のみんなに嫌われていて、その悪口の隠れ蓑にあたしが使われたのだ。

 課長に聞こえるように大声で悪口を言っておいて、何か課長に言われたら、違いますよ相川を注意してただけですよ、なんて感じ。

 もう完全にあたしとばっちり。課長の生来の女性蔑視もあいまって、今やあたしたちは犬猿の仲だ。


 まあ、課長の愚痴はこの辺にして。


 そういうわけで、当然ながらあたしが泳げるかどうかなんて火を見るよりも明らか。

 もちろん泳げません!


 学生時代は、どうやってサボるか言い訳に苦労したものさ。

 女の子の日っていうのは一週間しか使えないしね!


 水中で目を開ける? 何それ、魚じゃないんだし、無理に決まってるでしょ。

 学生時代は眼鏡だったし、ゴーグル禁止だったからもう水の中は視界ゼロ。


 鼻から息をはいて、口で息を吸う? ごめん、ちょっと意味わかんない。

 そもそも年中鼻炎で鼻詰まってるから、口呼吸しかしたことありません。


 だいたい耳に水が入ったら半日は水が抜けなくて不愉快だし、耳抜きをしろと体育教師に言われて強制された結果鼻血でたからね。

 女子高生がプールで鼻血とか、泣くわ。


 その後も単位の取得条件とやらで最終日は強制参加させられて、平泳ぎで沈み込みながら必死で前に進んだあげく、クラスメイトからは水死体のお化けと間違われるし。

 プール内でパニック起きるとか、前代未聞ですよ。その後しばらく落武者呼ばわりされたもんです。


 だから今この瞬間にあたしができることは、ただ一つ!

 あがくのをやめること。だってどうしようもないし。


 会社の先輩で、タクシー事故で東京湾に落ちたという貴重な経験の持ち主がいる。

 そのときに聞いたのが、焦らないこと、力を抜くこと。パニックにならなかったから状況判断もできたし、力を抜けば体が自然に浮かんで助かったそうだ。

 さすがに汚い東京湾の水を飲んで、入院はしたそうだけど。


 大丈夫、落ち着け落ち着け。

 ゆっくり力を抜いていく中で、あたしは気がついたことがある。


 この水、あったかいわ。


 この気持ちのいい温度には覚えがある。

 もしかしてと思い、あたしは体を起こす。

 あっさり足がついた。もちろん顔は水の外に出た。


 どうやら先ほどのおにいさんは、例のブツで汚れたあたしを風呂場に送り込んだようである。

 意外と気がきくね!


 誘拐なんぞするし、見た目は色白のクールビューティーだったから、極悪非道系かと思いきや、そうでもなかったのでちょっと安心したあたしだった。


 とりあえず、あたしは湯船から上がる。


 どこかの温泉施設かと思うくらいに広い浴室。一面クリーム色の石造り。つるつるとしたなめらかなこの石は、まさか大理石?

 ここがどこかとか、あのおにいさんは誰だかという前に、あたしはありがたく風呂に入ることにした。正直、今の状態は自分でもこれはひどいと思うし。


 汚れた上にぐっちょりと水を吸ったスーツを脱いで、ため息をつく。クリーニングに出しても、元に戻るかどうか。社会人になってから知ったけど、ちょっといいスーツって、軽く十万は超える。気に入ってたんだけどなあなんて思いながら、下着に手をかけたその時だった。


 「おっ、オレより先に風呂に入るとはいい度胸だな! 所属部隊はどこだ?」


 勢いよく開けられた扉の向こうには、よく日に焼けた赤毛のマッチョが裸で立っていた。白く輝く歯と爽やかな笑顔が眩しいイケメンだ。


 前言撤回。


 うら若き乙女を男湯に放り込む奴は、極悪非道な女性の敵です!

 最悪だ!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ