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26.方向音痴なあたしと庭師なエルフ 中編

 あたしが姫君とお茶をしている時にタイミングよくあたしに挨拶してくれた庭師のエルフさん。例のお耳がとっても良いエルフさん。


 けれどあたしたちの部屋は、結構な高さにある。お庭がすぐ見えると言っても、実質2階から庭を見下ろすような場所にいるのだ。そうそうあたしたちの声がもれるわけもない。おそらくだけど、精霊の力を借りているんだろう。エルフの耳がうさぎみたいに機能的だとは思えないしね。


 それにしてもこのエルフも大物だなあ。いきなり妖精にぶらさげられて、窓から室内に放り込まれたっていうのに、怒ることもない。しかも結構手荒に放り込まれたのに、どさっとか言わずに、ふわりと優雅に床に着地して微笑んでいたんだよ。あたしなら尻もちは確実だったね。この辺りを見ても、絶対に只者じゃない。元精霊王、妖精女王が来たら、このエルフはきっと……。


「先ほどは窓の外からの目礼だけで、申し訳ない。我が名はソンサーリュウ。いにしえよりこの世界と共にあるハイエルフの末裔。幼き魔女殿、どうぞお見知り置きを」


 ゆっくりと腰をかがめ、胸に手を当て一礼する。着ているのは機能性を重視した庭師の服装。地味な茶色の上着に、くすんだベージュのパンツ。飾り気もなく、汚れもあるくすんだ格好なのに、まぶしいほどの王者の風格。サラサラと流れる長い髪の後ろに、なぜか室内なのに薔薇園が見えます。


 エルフの横で舌打ちしている、元精霊王なはずのカイル王子がかすむ神々しさだ。いや別に、カイル王子のことをヤリタイ盛りの男子高生な気がして、雑に扱ってるわけじゃないですよ。うん、風俗通いするなんて、病気がうつりそうで正直近づかないで欲しいなんて思ってないですよ、ホントウですよ。


 それにしてもほらね! きましたよ、ハイエルフ。いわゆるエルフの王族ってヤツですよね? やっぱりただのエルフじゃなかった。

 ハイエルフって向こうから最初からわざわざ名乗られたことを見ると、信頼していただけてるのかしら。それにしても、こちらでお茶会をしている間に、ある程度あたしの情報は伝わっていたらしい。恐るべしハイエルフ。


 いやもう何か呼び捨てとか申し訳ないオーラが出てるんでハイエルフ様って呼んどこう。え、第二王子は変態の一言で集約しますが、何か問題でも?


 というわけで、自己紹介もそこそこに姫君とあなたが結ばれた未来を見せて頂きたいんですけど……。

 

 唐突なお願いにもかかわらず、ハイエルフ様はにっこりと笑ってうなずいた。

 あたしの足元にひざまずき、ゆっくりとあたしの右手をとる。そのままハイエルフ様は、自分の胸にあたしの手を押し当てる。


「我が愛に恥ずべきことなど何らありませぬゆえ。世界の愛し子の未来が変わるのなら、またとない僥倖。幼き魔女殿、どうぞなんなりと」


 シンシアさんがカイル王子の背中をぐいぐい押しながらあたしにさしだしてきたけど、丁重にお断りする。あっはんうっふんな未来の前に、先にまともな未来を視させてください。


 あたしは変な緊張感にガチガチになりながら、姫君との未来を視たいと願う。今回は目を焼かれずに済むように、早めに目をつぶっておこう。あたしの心に反応するかのように、指輪がゆっくりと光を放ち始めた。


 足元の感触がまた変わったのを感じ、あたしはゆっくりと目を開けた。

 これぱすごい……。あたしは思わず歓声をあげる

 そこは、きらきらと太陽の光を浴びながら風に揺れる、一面の麦畑だった。遠くには風車小屋がたくさん並んでいるのが見える。あれは、小屋の中で小麦粉を曳いているんだったっけ。


 刈り入れを行う村人たちの姿も見える。

 どの顔もみんな、にこにこ嬉しそうだ。


「北の国はなくなっちまったけど、オラたちの暮らしは今のがずっと楽になったべな」


「んだな。いくさで北の国が大きくなったっちゅうても、儂らにいいことなんてひとつもなかったからの」


「おまんまが腹一杯食べられるのが、一番の幸せだべ」


「緑の王さんたちは、なんや面白いしのう」


「んだんだ」


 農民たちはみんな言いたい放題だ。どうやらこちらの未来でも、北の国の滅亡はまぬがれなかったらしい。

 中の界の方々を次の王に選ぶと、高確率で国が滅亡するのは、やっぱりこういう方々ってヒトの国家経営に向いてないのかしらん。


 それにしても緑の王か……。


「もう、みんな言い過ぎよ」


 ほっかむりの下から、見覚えのある綺麗な黒髪がこぼれ落ちる。今よりもずっと長く豊かになった姫君の髪に時の流れを感じた。


 綺麗な白いかんばせには泥がついてしまっているが、それでも姫君は変わらず輝くように美しい。王宮ではなくのどかな田舎の小麦畑にいるせいか、姫君のまとう雰囲気は悪役令嬢のような妖しげなものではなく、屈託ない少女のようだった。


「自分で種蒔きから刈り取りまでやるお貴族さまなんていねえべさ」


「んだんだ、そんなどろまみれのお姫さまとかびっくりだべ」


 口々に突っ込む農民たち。

 それを誰かが笑いながら、止める。


「リーファが土を愛するゆえ、この土地が豊穣の大地となりしこと、そなたらもよくわかっているであろう?」


 それは先ほどのハイエルフ様だ。やっぱり姫君と同様に、農作業に適した簡素な服を身につけている。

 片手には農作業用の鎌を持っているだけなのに、なぜかハイエルフ様はきらきらと輝いて見える。やはり間違いなく王者の風格だ。


「望めばどんな富でも手に入るというのに、人々が飢えぬ豊かな土地を願うとは、また可愛らしいではないか。植物を操るのに長けた我が力で、協力できることをねだられては張り切るしかあるまい。不毛な地とは言わずとも、穀物を収穫するには適さない険しい土地も、リーファに愛されればその姿を恵みの大地へと変える。まこと、緑の王とは我が妻にふさわしい名よ」


「そうだよ、母上はすごいんだぞ!」


「母上は綺麗だし!」


「母上は可愛いし!」


「母上はちょっと鈍感だけど、それがまたいいって父上も言ってるし!」


 わらわらと子供たちが集まってくる。

 ハイエルフ様ほどではないけれど、やっぱりあたしよりとがった長い耳。子供たちはみなハーフエルフのようだ。それにしても美形の遺伝子恐るべし。みな美人さんばかりだ。


 姫君はというと子どもたちのフォローに顔を真っ赤にさせてしまった。


 どうやら今回の未来では、姫君はつつましいながらも家族だけでなく、人々に囲まれて暮らしているようだ。前回見た、花畑の家族も幸せそうだったけれど、これもまたいいなあなんて思いながら、あたしは目を閉じた。


 元の世界に戻ったら、次はお約束のバッドエンドな世界ですよね? やっぱり。

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