22.方向音痴なあたしとメイドな妖精女王 前編
にやりと人の悪い笑みを浮かべながら、カイル王子はそっとあたしの右手をとる。そのまま両手で握りしめられた。
ひんやりとした手が、あたしの手の甲を撫でる。男の人とは思えない綺麗な指。マニキュアなんて塗っていないだろうに、綺麗な爪が憎たらしい。
手が冷たい人は、心が温かいなんて話があったっけ。
そんなバカなことを考えているのは、そりゃあイケメンにおてて握られてるからにほかなりません。いい大人ですけどね! 手をつなぐだけで恥ずかしいとか、お前どれだけお子ちゃまかと。
慌てて手を外そうとするけれど、どこにそんな力があるのかびくともしない。好きでもない女性の手を取るような男には見えないし、これはもう絶対嫌な予感しかしません!
「まあまあ、そんなに怯えないで。別に痛いことなんてしないからさ。さっきも言った通り、ちょっとばかり君に俺の力をプレゼントしたくてね。ああ大丈夫だよ、お礼なんて気にしないで。俺も不要な力がなくなってありがたいし。君たちも手伝ってくれるかな?」
そのプレゼントって、返品不可なんですか?! 押し売り商法良くないです。クーリングオフは効かないんでしょうか?
にっこりカイル王子が精霊王たちにお願いすると、もふもふたちがわらわらとあたしとカイル王子の手の周りに集まってきた。
「なになに?」
「わあい、おてつだいだあ」
「うんとがんばるね」
「すごいことやんのか?」
カイル王子に従順なもふもふたちは、張り切ってしまっていてさらに先行き不安です。
お願い、誰かカイル王子の暴挙を止めてください。
あ、今シンシアさんにごめんなさいのジェスチャーされた。窓の外のエルフは……いねえし!
なんなの、この世界の力関係って、神、元精霊王、もふもふ、その次に中の界住人っていう順序なの? 姫君以外のストッパーはいないの?
カイル王子の両手から、淡い闇が溢れてくる。
いやや、これ明らかに怖い系ですやん。
変なツッコミをしないと耐えられないこの雰囲気。
その闇がだんだん小さな球にまとまり始める。今はちょうどバスケットボールくらい。その濃い闇色の球をひょいと白おおかみが転がす。一瞬黄色い光に包まれた後、球はサッカーボールくらいに小さくなった。今度はホワイトタイガーが球を転がす。一瞬赤い光に包まれた後、今度はソフトボールくらいの大きさになる。明らかに闇色が濃くなっている……。
え、ちょっとみんなで何作ってるの?
あたしの疑問には誰も答えぬまま、ちょんちょんと球を白文鳥がつつく。一瞬緑色の光に包まれた後、とうとうピンポン玉くらいの大きさになった。ピンポン玉サイズまで小さくなった力の塊を、白ヘビがカプリと噛みついた。青い光に包まれたビー玉サイズのそれを、ゆっくりと恭しくカイル王子に手渡す。カイル王子は満足そうに白ヘビを撫でてやった。
「はいできた。大切にしてね」
チュッとリップ音付きで、手の甲に口付けられた。見ると、あたしの右手の薬指には黒曜石のような輝きを放つ細い指輪がはめられていた。
ちくしょう、こいつ手慣れてやがる。
ダメダメ、こんなやつ、誰が姫君の相手に推薦するもんか。
それにしても何なのさ、この指輪。どれだけ引っ張っても抜けそうにない。石鹸ですべらせるか、最悪ペンチでねじ切るか……。
「それは今ここにいる精霊王の力まで込めたものだからね、物理的に外そうとしても無駄だよ。まあ指を切断したあとなら、指から外れるかもしれないけど、やってみる?」
さらりと怖いことを言うな!
こんなセリフでも、顔はニコニコしてるしノリが愉快犯過ぎて心臓に悪いです。
もふもふたちは、いい仕事したって顔をしてるし。そんなほめてほめて、がんばったんだよっていう目であたしを見ても、何も出ませんよ。
「実は今までもさ、俺の力を他人に分けようとしたことは何回かあったんだよね。やっぱり上流貴族の中には、来たるべき最悪な未来がわかれば、いかようにも対策を取れるって考える人も多いみたいでさ。でもさあ、思った以上に悲惨な体験をするから、大体みんなおかしくなっちゃうんだよ。未来を視るなんて言うから、みんな夢でも見るくらいの感覚でいるんだろうけど、夢を見ているときは大抵それが夢だなんて気づかないだろう? 視覚、嗅覚、聴覚、触覚、味覚、五感すべてで、最悪の未来を味わうんだ。誰かが殺されるくらいならまだいいんだけどね、自分が未来の中で死ぬのを見たりすると、そのまま自分が死んじゃったと勘違いするおバカさんもいるんだよ」
不用品が片付いてスッキリ晴れやかな顔をするカイル王子が恨めしい。
やっぱりこれ、不幸を呼ぶ呪いのアイテムですやん! もうやだあ、泣いて抵抗するんだった……。
「カイル王子、さすがにお戯れが過ぎます。客人がお困りではありませんか」
呆然とするあたしをさすがに見かねたのか、シンシアさんが止めに入ってくれた。
助太刀ありがとうございます。でもできれば指輪をはめられるよりもっと前に止めていただきたかったです……。
それにしてもさっきまでの話は、どこまでが本当なんでしょうか……。
カイル王子は嬉しそうにシンシアさんを見る。
やすやすとシンシアさんの左手をつかむと、その体をぐっと自分に引き寄せ抱きしめた。
女性にしては高めの身長で、すらりと長い白い足ときっちりと着込んだメイド服の上からもわかる豊かな胸の膨らみが魅力的なメイドさん。急に態勢を崩されたせいで、紺色のメイド服のスカートが乱れて、白い太ももがあらわになる。な、なんか破廉恥な光景です。
光の加減によっては濃い紫色にも見える黒髪を掴んで、シンシアさんの顔を無理矢理上を向かせるカイル王子。
ちょっと、いくら王子とはいえ、女性に暴力は最低です! これは元精霊王だろうが、関係ない。
「ちょうどいい。今からリーファがシンシアを選んだときの未来を視てごらんよ。きっと楽しいものが視えるから」
カイル王子はあたしの返事も聞かずに、指輪から力を解放する。
ちょっと、死ぬかもしれないんでしょ?!
一瞬、目を焼くような強い光を感じ、思わず目をつぶる。ゆっくりと目を開ければ、そこは今までの室内とは全く異なる一面の花畑だった。
遠くに人影が見える。
そこにいたのは、姫君によく似た女の子と、その子を愛おしそうに見つめる藤色の長い髪が印象的な男の人だった。