21.方向音痴なあたしと北の国の第二王子 後編
やれやれと首を振り、元精霊王なカイル王子は残念そうにあたしを見る。
ちょっと、そこは姫君の席でしょ。何当たり前のように座ってるの。
シンシアも言われるまま、こいつに紅茶を与えない!
子ヘビよ、今こそその無念を晴らすとき。ポンコツにやったように、首を絞めてしまえ!
あたしはイライラする気持ちを落ち着かせるため、紅茶にたっぷりと砂糖を入れる。
イライラしたときには、糖分よ、糖分!
一応角砂糖を、白砂糖ではなく黒砂糖を選んだのが乙女としての矜持。カロリーだけじゃなく、ミネラルも摂取できるから、少しばかり罪悪感がやわらぐ。
薔薇園で飲んだローズティーも美味しかったけど、あたしはシンシアが入れてくれたシンプルなアールグレイが好き。
フレーバーティーはくどくなるし、やっぱり素材そのままのものが一番美味しい。
これで牛乳があって、ロイヤルミルクティーにできたら最高なんだけどなあ。はい、味覚がお子様なのは認めます。
ティースプーンでカチャカチャかき混ぜたのが耳障りだったんだろう。王子は顔をしかめる。
「ちょっと水の精霊王をけしかけるのはやめてくれないか。情操教育に悪いだろう。四大精霊の王の器のことだって別に意地悪であんな選定をしたわけじゃないよ。そもそも君は精霊の力の源はなんだと思う?」
おいでと、子ヘビを呼んで腕にまとわせるカイル王子。
なんだかんだ言って、元精霊王、慕われてますなあ。もともと精霊王の力を四つに分けたんだから、親でもあり本体でもあるような感覚なのかな?
慕うのも当然か。
それにしても、はて、力の源ねえ?
もともとの力が強いパターンか、信仰心で力が強くなるパターンか、どっちだろう?
ちらりと満足そうにあたしを見るカイル王子。
「どちらも正解。もともと自然の中に宿っていた力が、神格化された結果より強い力になった事例の方が多いかな。だから、精霊王の器は人の信仰心を集めやすい形でないといけない。あまりに馴染みのない姿では、日頃祈りを捧げることも難しいだろう?身近な畏怖の対象ってやつが、最適なのさ。ちなみにこの子、今は小鳥の姿だけど成鳥はすんごい大きいからね」
両手をうんと伸ばしながら、説明してくれる。カイル王子の肩に止まった白文鳥も、胸を張りながらうんと羽を広げてくれる。
マジで? そんな大きいんかい!
おっと忘れるところだった。あなた、もふもふたちから精霊王の仕事に飽きたって聞いてますよ?
その辺はどうなんですか。
「人聞きの悪いことを言わないでくれるかな。別に俺は好き勝手に転生したわけじゃない。一応君たちの言うカミサマの采配でこういうことになってんの。怒るならあっちに直接言って欲しいね。俺が欲しいのは自由だったってのに、精霊王の時よりこの世界の礎として、がんじがらめにされちまってる。それも俺の可愛いリーファが、不幸になるばかりな未来しか見えない世界のね」
可愛いリーファねえ? じゃあ何で王位継承権を手放したのさ。婚姻、遠ざかってるじゃん。
姫君がいないということで、またもやこの世界の秘密が大盤振る舞いされるようです。
うへえ、もうお腹いっぱいよ。
「この世界はね、今とてもバランスが悪いんだ。さっき、リーファがティースタンドに例えて世界を説明していたけれど、それで言うなら、1段目の皿の端には重量級のティーポットが載っているようなもんさ。要はバランスが悪すぎるんだ。ちょっと何か力がかかれば、ティーポットは真っ逆さまだろうし、その衝撃でティースタンドの一番下の皿が壊れちゃうようなこともあるかもね」
つまり、この人間界が滅ぶこともありうると?
姫君が誰を選ぶかで、この世界の行く末まで左右されるとかありえないです。
最初に聞いた話だと、姫君に恋をしてもらうだけの簡単なお仕事のはずだったんだけどなあ。
どこでこんなことになったんだっけ?
神様もそんな小細工するくらいなら、自分でもうちょっとうまい具合に世界を調整して頂きたかった!
「カミサマもね、君たち人間が思うほど万能じゃあない。力だけは強いどでかい龍が、ドールハウスの中身をいちいち細かく修正できないだろ。踏み潰すのが関の山さ。だから、わざわざ俺を転生させてみたり、姫君に運命を左右する予言を与えてみたり、いろいろ試行錯誤してるってわけ」
あたしの脳内には、一瞬ポンコツがお人形遊びする気色悪い構図が浮かんできてたんだけど、そんなことを言ったら怒られそうなのでここは神妙な顔をして黙っておく。それにしても、話が壮大になりすぎて、もう一体何が何やら。ねえ、あたしにできることは人の話を聞くことだけってみんな理解できてる?
「それで君はどうするつもり? 今の北の国の中からじゃあ、第一王子、筆頭王宮魔導師、騎士団長くらいしかリーファの相手は選べない。王位継承権なしでもいいなら、俺も入るけどねえ。でも現状じゃ、この中の誰を選んでも基本的にろくな未来は待っちゃいないさ」
他の人のことならいざ知らず、自分を選んでもバッドエンドってその言い草なんかすごい!
「ちょっと失礼なこと考えてない? 別に俺は大事なリーファを傷つけたりしないよ。ただ、リーファを傷つけるこの世界を認めないだけでね。正直俺はこの北の国が滅ぼうが、興味ないし、いっそ全部焼き払ってしまえばせいせいすると思うんだけどね」
清々しい笑顔で、物騒なことを言うお方にあたしは震える。やだもう、この人も頭おかしい系じゃん。やっぱさ、ダメだよこの世界の男性陣。そんなドン引きのあたしを放置して演説する王子様。
「ついでに、東の国も綺麗さっぱり水で流しちゃってもいいと思ってるよ。ただそうすると、リーファが泣くからね。愛する人が泣くのは、俺でもやっぱり辛い。俺が国王になると、大陸全面戦争を起こして世界をまっさらにしたくなりそうだから、王位継承権を返上したんだけど、早計だったかなあ? もう少しまともな相手が揃うと思ってたんだけどねえ」
ああリーファ可愛い、イチャイチャしたいという寝言をほざく王子をあたしは無視する。
あなたに王位継承権がなくてホッとしました。神様、ここに世界を託しちゃいけない人がいます!
こんなのが精霊王だったのも怖いですが、今後の鍵を握る重要人物にこの人を活用したのは失敗だったと思います!
姫君、早く逃げて。第一王子と違ってでろでろに愛してくれそうですが、この恐ろしいまでのヤンデレ臭。ちっともオススメできません。
「そうやって君はあっさり俺を対象外にするけどね、他の男に嫁いでも散々なわけよ。可愛いリーファのために視たくもない未来を毎度ご丁寧に視てみて、肉体的にも精神的にも俺はぐったり。生身のリーファに癒しを求めたくても、こんな裏事情話しちゃったら、ますますリーファが思いつめちゃうだろうしさあ。ああ、むしろそれもいいかも? 俺だけを頼りにせざるを得ないリーファも可愛いよねえ。まあ最悪、俺がリーファ連れて逃げるから、心配しないでいいよ。その場合少なくとも北の国は確実に滅ぶけど」
むしろ、全然安心できないです。そんな保険いらないよ?
「神が万能ではないように、魔女も聖女も俺も万能とは程遠い。予言の魔女はね、より良い未来に至る道筋の一部が視える、そして俺はね、それを通過した先にある一番悪い未来が視えるんだ。そして不思議なことに、君の未来は面白いくらいに不確かでちっとも視ることができない。まさに君の存在は俺にとってジョーカーでもあり、未来の希望でもある。聖女がどういうつもりで君を呼んだのかは知らないけれど、思いがけない幸運だったよ。本当なら対価もなしに、未来の断片を見ることなんてできないんだよ。でもね、理の違う世界から来てくれた君は、俺の未来の光だからね。俺の力を、君に特別にプレゼントしてあげるよ。だいたい俺は人間になったんだから、こんな力要らないし。あああ、過去の記憶も捨てたいね」
カイル王子、あたしの話聞いてる?
いらないよ! そんなギフトっていうか呪い、絶対欲しくないです!