20.方向音痴なあたしと北の国の第二王子 中編
「陛下ってどんな人なのかな……」
窓の外の山脈を見やったまま、思わず疑問を口にする。
あたしは、さっき浮かんだ考えからこの国の王様に興味を覚えた。
姫君を監禁してるくらいだから、てっきりとんでもない奴かと思ってたけど、もしかしたら姫君を保護してる可能性にも思い当たったから。
いつ北の国に食いつぶされてもおかしくない弱小国のくせに、どうも能天気な東の国の王よりも、よっぽど政治的判断ができそうだ。
あくまで自分の考えをまとめるためにつぶやいたひとりごとだったのだけれど、姫君は律儀に答えてくれた。
「政治家としては非常に有能な方ですね。単純に国力をあげるという意味では、ここ数代の王などより圧倒的に優秀なのではないでしょうか。国が大きくなればなるほど、必要悪を超えた不正が蔓延するものですが、現在の北の国では厳しく取り締まられています。個人的には北の国は大きくなりすぎているように感じますが、革命を起こすほどには民衆に不満は溜まっていません」
扇でそっと口元を隠せば、姫君がどんな顔をしているかあたしにはわからない。そのまま姫君は続ける。
「むしろ不満が溜まれば、また外に目を向けさせ、民意をうまく戦争賛成に持っていく……うまいやり方です。政局も判断できず、その場の思いつきで場当たり的にこうどうする東の国の王とは比べものになりません。いっそ陛下が、権力と女にしか興味がない男であれば、どれだけ籠絡しやすかったことか」
ふうと色っぽいため息をつき、手持ち無沙汰だったのか扇を打ち鳴らす。
ちょっとばかり悪役令嬢な姫君がカムバックしてきましたよ!
まあ自分の父親だからこそその不甲斐なさが許せなくて、辛辣になっちゃうってこともあるんだろうなあ。
国家元首があんぽんたんだったなら、情報の取捨選択や国家経営をやらざるを得ない場面も多々あったのかもしれない。
「東の国の王も、王ではなく一市民としては良い人間であったでしょう。しかし、国を背負うものとしての覚悟がなさ過ぎます。もしも王族の女性に王位継承権があれば、東の国の王はとっくに臣下に下っていたでしょう。まあこれは北の国においてもそうかもしれませんわね」
「ちっちゃい頃から、争いごとは嫌いな坊やだったからねえ。かわいそうだから狩猟はできないなんて泣く、あの泣き虫小僧に今の状態を何とかしろっていうのは酷ってもんさ」
ちょっと?! 姫君とは思えないセリフがかぶさって来ましたけど!
あたしがびっくりして姫君の顔を見ると、ちょうど姫君の座るソファの背もたれに、頬杖をついたおにいさんがいるのに気づいた。あたしと眼があうなり、にっこりと笑って軽くウインクしてくる。つかみどころのない、ひょうひょうとした雰囲気のおにいさんだ。
見た目通りなら、姫君とそう変わらないくらいの年頃。でもやけに落ち着いた雰囲気が、この人を年齢不詳に仕立て上げている。何だかこの間見た第一王子と面影が似ているような……。
それにしてもちょっとポンコツ、どういうことよ!離宮に何かあれば、見逃さないんじゃなかったの?
離宮に侵入どころか、姫君の後ろ取られてどうすんのよ。これが悪意を持った賊だったとしたら、下手すりゃ姫君、速攻で死んでるわよ。
ポンコツを見ると、片手で額を抑えながら天を仰いでいました。
突っ込む気力もないほど脱力しているシンシアも見える。どうやらこのおにいさんのこの行動はよくあることらしい。
つまり、また面倒くさい奴が登場したってことですね!もうわかってるよ。
姫君は扇をさっと広げると、口元を隠して相手を見据える。どうやら、姫君的にシンシアたちほど心を許している相手ではないらしい。
何かご用ですかと、言葉を発してないけれど姫君の瞳がおにいさんに問うている。
姫君の膝で寝ていたシュワイヤーも、このおにいさんの気配を感じてかするりとテーブルの下に隠れてしまった。
シュワイヤーが逃げるなんて、こいつ只者じゃない!
おにいさんが口を開く前に、シンシアに抱っこされていたもふもふ二匹と、ポンコツの頭の上にいた白文鳥がお兄さんのもとに一斉に集まった。
子ヘビですか? なぜか恨みがましい目で、おにいさんを睨んでいますよ。おお、小さくてもその目力は半端ないわ。さすがヘビ!
「おうだあ」
「あそぼ、あそぼ」
「おうさまあ」
わふわふまみれになるお兄さん。え、もふもふたちがいうおうって……?
「おうさま……え、まさか北の国の王様?」
あたしの問いに、お兄さんは吹き出した。
「ええええ、ちょっと勘弁してくれ。俺もさすがにアレとは一緒にされたくないなあ。まあ、わかるよ、この俺の隠しきれない高貴なオーラ。確かに王たる威厳を備えているといっても過言じゃないよね。でもね、俺はまだまだ俺は年寄りじゃない。見てよ、このなめらかな肌。ピチピチの肉体美。今をときめく、カイル王子とは俺のことさ」
おにいさん、ありがたいことに自己紹介まで済ませてくれました。まさかこのチャラいのが第二王子とは……。
慣れた手つきでもふもふたちを回収すると、今度はあたしのソファの後ろに立つ。うまいこと姫君には見えにくい立ち位置だ。ちょっと馴れ馴れしくあたしの肩に手を置かないでちょうだい。チャラい男は嫌いよ。
カイル王子はなんでもないことのように、さらりと爆弾を落とす。
「そういや、神殿の神官たちがこっちに向かってきてるみたいなんだよね。王宮魔導師や騎士団も何かを探してるみたいだったし? 何だっけ、理の異なる世界からきた稀人だったっけ? いろいろ面倒なことになる前に、早めにこちら側から使者を送るなりして、今後の算段とった方がいいんじゃないの?」
姫君はさっと表情を強張らせると、あたしに一礼をして離席した。
その表情からは今まで会話を楽しんでいたほんわか雰囲気はもう影も形も見えなかった。第一王子を手酷く批判した、男に媚びぬ氷の微笑。
どうやら悪役令嬢の鎧をまとい、神殿側の相手と一線交えてくるらしい。
あたしも思わず、腰を浮かしかけ、あっさりとカイル王子に肩を抑えられ、止められる。
もちろんその間に、姫君はポンコツを連れて部屋の外に行ってしまいました。
「のこのこ本人が出て行ってどうするんだい?せっかくこの俺が雪の中知らせにきてやったっていうのに、無駄にしないでくれ。それに姫君が自ら相手に行ったんだ、北の国の王か聖女が直接出てこない限り、今日のところは引き返すさ。だいたい君たちのんびりお茶を楽しみ過ぎだろう。人間は時間は有限だと生き急いでいる生き物だったはずなんだけど、どうも調子が狂うなあ。姫君もいつもと違って、対策が後手後手に回ってるし、なんだかんだ言ってまだまだ甘いお嬢さんだよ」
くうっ、正論が痛い。
ひょうひょうとしているくせに、ピンポイントで毒を吐いてくる。すみません、反論できません。
それにしても、こいつがカイル王子?確か王位継承権を返上したとか言ってたっけ?
「そうそう、精霊の王をようやく辞めて自由になったのに、なんで今度はこんなややこしい王国の面倒を見なくちゃなんないのさ。まっぴらごめんだね」
もふもふたちにいろいろ押し付けたり、水の王の器にヘビを用意したりしてトンズラこいたのは、お前か!