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14.方向音痴なあたしと銀色の猫 中編

 部屋に戻ってみると、そこにはアフタヌーンティーの用意ができていた。


 銀色の繊細で華奢なアフタヌーンティースタンドに、そっと置かれたアイボリーのお皿。

 食器に詳しくないあたしでもわかる、品の良い品。おそらく職人さんが一つ一つ端正に作ったものだろう。

 絵柄も何もないシンプルな皿だが、よく見ると薔薇の花が透かし彫りされている。今更だけど、この国の食事が地球とほぼ同じで嬉しい。


 そして、そこに並ぶさまざまなお菓子たち。

 一段目の皿には、真ん中にジャムの乗せられたロシアンクッキー。赤いジャムは苺かな? 紫のジャムはきっとブルーベリーだ。


 その隣は、ドライフルーツとナッツがふんだんに入った一口サイズのパウンドケーキ。見るからにラム酒かブランデーがしみていて、濃厚そう。

 添えられた新鮮なフルーツが目にまぶしい。


 二段目の皿は、スコーンだ。乗っているスコーンはパッと見て三種類。プレーンに、薄茶の茶葉が小さく見える紅茶入りのスコーン、そして赤い実がちらりとのぞくラズベリー入りのもの。スコーンの傍らには、真っ白なクロテッドクリームと黄金色のバターが添えられている。


 三段目の皿には、小さなサンドイッチ、野菜とベーコンのキッシュ、そして例のアップルパイが並んでいる。

 甘いしょっぱい、甘いしょっぱいで交互に食べられるなんて、女子の夢ですね。


 もちろん、東京にある高級ホテルのようなカラフルなマカロンなんかない。たっぷりクリームの乗ったゴージャスなケーキもないし、チョコレートも乗っていない。

 けれど、ここがあたしの想像通り中世ヨーロッパと同じくらいの文化水準なら、この皿に乗せられたものたちがどれだけ贅沢なものかわかる。


 この凍えるように寒い冬の時期に、生の果物を食べることがどれだけ贅沢なことか。

 砂糖もバターも白い小麦粉だって、貴重なはず。

 それをおしみなく振る舞ってもらえるあたしは、姫君にとって賓客なんだろう。

 ここまでもてなしてもらって、逆にいたたまれなくなっちゃったよ……。


 シンシアと呼ばれたメイドさんが、あたしが席に戻るのを待ってから紅茶を入れてくれた。


「お昼の時間も過ぎていますので、いっそアフタヌーンティーにしようかと思いましたの」


 姫君の言葉を聞いて、あたしはちらりともとの世界のことを考える。どうやら時期的にも、時間的にもこちらの世界は同じような感覚らしい。

 一口紅茶を飲んでから、あたしは姫君に告げる。


「おばあ……予言の魔女殿から、どのようにあたしのことをお伺いしたのか、わかりませんが、あたしには特別な力などありません。あたしは異なる世界から、わけもわからぬままにこちらの世界に転がり込んできた異物に過ぎません。特別な力どころか、この世界の常識さえ分かりません。それでも、予言の魔女殿の言う通り、ここにいるだけで何か姫君のお役に立てるのでしたら、どうぞおそばにいさせてください」


 姫君には申し訳ないけど、姫君の代わりに次の王なんて選べない。そもそもあたしに言わせてもらえば、この世界の価値観はあたしの価値観とは違いすぎる。できることといえば、隣にいてあげること、せいぜい愚痴を聞いてあげることくらいだ。

 それでもいいと姫君がいうのなら、あたしは姫君のそばで姫君が幸せになるのを見届けたい。


 姫君は少し驚いたような顔をすると、くすりと面白そうに笑った。


「何もお力がないなど……。いいえ、それでもかまいません。どうぞよろしくお願いします。それから、今後わたくしのことはどうぞリーファとお呼びください」


 そんな姫君のことを呼び捨てなんて恐れ多い!

 せ、せめてリーファ様でお願いします。

 そしてあたしのことも、稀人ではなく呼び捨てでお願いします。


 姫君はあたしの言葉に首を振る。


「この世界では、魔女殿のお力は偉大なものなのです。立場を示して頂くためにも、どうぞ名前はそのままでお呼びください。その方が王宮や神殿に対しても良いでしょう。そしてご自身の御名をみだりに口に出してはなりません。そのように恐れ多いこと……」


 いきなり堅苦しいね……。

 それにあたしが名乗っちゃいけないとなると、あたしのことを何て呼ぶのよ。


「そうですね……。予言の魔女殿のこともありますし、魔女の二つ名をお持ちになられるのはいかがでしょう」


 まさかの二つ名とか、厨二病やめてください。発狂しそうです。

 姫君は残念そうに、考えておきますとだけ言って引き下がった。何か不安だなあ。


 それから、あたしは姫君にこの世界のことを教えてらうことにした。

 この国の歴史や、権力バランスなんかも。


 正直顔写真か何かを見ながら説明受けたいなあと思っていたら、メイドさんが絵姿をたくさん手に抱えて戻ってきたとこでした。

 まさかの以心伝心! メイドさんって、すごい!


「この世界は、神である……がお創りになられました。神の声は、ただびとには聞くことはできませんが、まれにその言葉を聞くことができるものがおります。そういったものは、みな神殿にあがることになります。神の言葉を聞くことは、誉れ高いことですから。もちろん予言の魔女殿のように、魔女としての暮らしを選ぶこともできますが、神殿の生活を選ぶことが普通ではないでしょうか。神殿にあがれば、自分の暮らしだけでなく、家族の暮らしも保証されますゆえ」


 国生み神話よろしく、姫君は語り始めたのだけれど、あたしは思わず顔をしかめてしまった。

 あれ、おかしいな? 神様の名前が聞き取れなかったんだけど……。

 ヘルプを求めて、姫君の膝にまたもや座り込んでいた銀色の猫に目をやったけど、華麗にスルーされました。ショックです。

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