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11.方向音痴なあたしと物忘れの姫君 後編

『王女が男性を見かけで選ばぬ女性となりますように』


 そう祝福を受けて、すべての男性の顔がわからないって、それって祝福というよりむしろ、呪いの域に達していませんか?

 あたしは思わずつっこんでしまう。

 神殿も聖女様も何考えてんの? やっぱり聖女様がアホなの? いやそれともアホなのは神様?


「いいえ、予言の影響から変わってしまった人たちの相手をしていて、心底疲れてしまったので、逆にほっといたしました。わたくしがこの予言を受けたのは、六歳の誕生日。東の国では数えで七歳になることを盛大に祝うのが伝統なので、父もつい気が大きくなっていたのかもしれません。普段は魔女様に何かねだることなどしない人なのに……。こんなことになるなんて、ちっとも想像しなかったんでしょう。小さいとはいえ、一国の国王ともあろうお方が、本当に浅はかなこと」


 姫君はさらりと毒を吐き、うっすらと嗤う。


「魔女殿も散々渋られたのですよ。ご自分の予言は未来の一部をほんの少し読み取るだけ。それを示すことでどんな影響が出るかわからないと。それを無理に頼み込んで、結局このざま」


 暗い表情なのに、凄みのある笑みでぞくぞくする。

 その膝の上でくつろいでいるシュワイヤーは、鋼の心臓の持ち主ですね。


「東の国はこの大陸の中でも、本当になくならないのが不思議なほどの小さな国です。大陸の半分はこの北の国が支配しています。残りの半分は南の国と西の国が治めています。そこにこんな話が降って湧いたのです。騒ぎにならないはずがありません」


 姫君は、あたしではなくどこか遠いところを見るかのような目をしている。


「何気なくとある男性をわたくしが褒めたせいでその方の周囲で家督争いが起きたり、御学友という形で同年代の男性を周囲に送り込んできたり、お芝居を観に行けばわたくしの好みはあの俳優ではないかと皆がその方の真似をしてみたり。少しわたくしと会話をしただけで、どんな男性でもこの強大な北の国の王を夢見てしまうようなのです」


 うわあ、それはご愁傷様としかいいようのない事態だ。

 誰が興味もない男どもに四六時中囲まれて嬉しいもんか。しかもみんながみんな大きすぎる野心を持っている。


 確かにこんな美人付きで、大国の王という名のご馳走を目の前に差し出されたら、大概の男ががっついちゃうにちがいない。

 予言がなければ自由恋愛とはいかなくても、つつがなく家柄と年齢で婚約者が決まり、その相手を愛していたかもしれないというのに。


「ちなみに父はこのような混乱の中で寝込んでしまい、仕方なく母が内政を、弟が外交を担当しています」


 だめだ、東の国の王はダメダメだ。


「陛下が予言を聞きつけてから、北の国に連れて来られて、男性から隔離された生活になりました。そして聖女様の祝福を受け、わたくしは男性の顔がわからなくなりました。祝福の内容は、基本的に口外できませんから、男性の顔がわからぬわたくしは会った相手の顔すら覚えられない頭の足りないおかしな姫と思われているようです。『物忘れの姫君』と言われても、仕方ありません」


 祝福は神の思し召しだから、神にも聖女にも感謝こそすれ、恨みなどないのだと姫君は言う。


「正直なところわたくしはこの生活で十分に満足なのです。男性の顔もわからず、人となりを知る機会もなく、あげく第一王子のようなく方に理由もなく罵られるような状態なら、誰にときめくこともなく、恋に溺れて王にふさわしくない人を愛してしまうこともありません。重荷から解き放たれて、わたくしはようやっと自由になれたのです」


 違うよ、姫君。そんなのは全然自由じゃない。

 こんなに綺麗で繊細な人なのに、人に憎まれる方が心安らぐといってしまうくらいに、傷つき疲れ果ててしまっている。


 予言の魔女は、悲しかっただろう。あのちんまりとしたおばあちゃん。

 少し触れ合っただけだが、彼女はどこにでもいそうな世話焼きなおばあちゃんだった。


 姫君も言っていた通り、おばあちゃんは「未来をほんの少し読みとれるだけ」。

 親しい友にねだられて、訪れる未来をほんの少し示してやったばかりに、姫君がこんな不自由な環境で過ごすことになって、おばあちゃんはどんな気持ちで毎日を過ごしているんだろう。


 それにもし祝福が神の思し召しというなら、神様もこんな風に姫君を傷つけたくて祝福を授けたわけではないと信じたい。だってそんなのおかしいじゃないか!


「どうぞ、理の異なる世界からお越しの稀人よ。わたくしの代わりに、この国の王をお選びください。わたくしには誰かに恋をし、愛することなどできませぬ。もうわたくしは疲れ果ててしまいました」


 おばあちゃんはあたしに頼んだ。年頃の姫君の恋を手助けして欲しいと。

 目の前の恋を諦めた姫君はあたしに頼む。自分の代わりに北の国の王を、つまりは自分の結婚相手を選んでほしいと。


 どちらもとんでもない頼みごとだ。

 こんな一介の通りすがりに頼むべき問題じゃないけれど、他に方法がないんだろう。


 あたしはため息をつく。

 どっちを手伝うのも大変だ。だけど、手伝うならせめてみんながハッピーになる道を選びたい。


 気合を入れるために、シンシアさんが入れてくれた紅茶を一気に飲む。

 王宮にはこんな下品な真似をする女性なんていないんだろう、姫君もシンシアさんも目を丸くする。


 わかりました。最弱なあたしですが、姫君の恋路はあたしが守ります!


 ちなみにあたしの人生経験で、高校生のときの彼氏はヤンデレ、大学生のときの彼氏はストーカーになり、社会人になって付き合った彼氏とは最近金銭問題で別れました。あれ? あたしあんまり力になれないんじゃない?


 基本スペックに加え、恋愛経験もイマイチなんて、どうすんの、それ?

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