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1.方向音痴なあたしと異世界の魔導士 前編

 今日もあたし、相川 かおるは全速力で走っていた。

 地図を片手に、閑静な住宅街を疾走するOLなんてあたしくらいなもんだろう。


 正月明けたばかりだというのに、この暖冬のせいで額には汗がにじんでいる。

 気合を入れた化粧ははげかかっているし、プレゼン資料がどっさり入ったカバンは肩に食い込んでいて、安月給には大きな出費だったブランド物のスーツは残念なシワがきっちりできてしまっている。


 この間のボーナスで買ったばかりのお気に入りのヒールは、先ほど側溝のくぼみに引っ掛けてしまい、ヒールのかかとの牛皮が剥げてしまった。


 本当に今日はついてない。

 午前中に二件もアポを取っているのに、朝からネチネチ課長に絡まれてしまった。こうなるのなら、会社に行かずにそのまま取引先へ直行すべきだったけれど、新人が直行直帰するのが許せない課長命令で、どんなにギリギリの時間になってもまずは課長のご機嫌伺いをしなければ仕事が始まらない。


 くっそー。あのハゲ課長め! 取引先との商談がダメになったら、粘着式のハンドクリーナーで、薄い頭の残りの髪の毛をまだらに引き抜いてやる! せいぜいハゲ散らかすがいい!


 ここにはいない課長に悪態をつきながら、あたしは地図を確認する。

 就職活動中に気づいたことだが、あたしはどうやら致命的な方向音痴らしい。


 どんなに早く家を出ても、目的地にたどり着くのはいつもギリギリ。途中で行くのをやめたくなるような時ももちろんあったが、このご時世でそんなことをしでかすほどの勇気もなく、毎度半泣きになりながら会場に滑り込んでいた。

 

 リクルートスーツの方にいきなり声をかけて、同じ会社の面接か尋ねて回ったのも今ではいい思い出です。あのとき、引きつった笑顔のままあたしに面接会場を教えてくれた女子三人組さん、本当にありがとうございました。残念ながら、その会社とはご縁がありませんでしたが、あなた方のおかげで不戦敗だけは免れました。


 こんなあたしだから、就職先が決まったときには、もう迷子にならずに済むと泣いて喜んだのが懐かしい。

 そんなあたしの配属先は、残念ながら内勤ではなく、新規開発専門の営業部。しかも数ある営業部隊の中でも、とりわけ厳しいと評判の営業部隊だった。


 方向音痴が新規の飛び込み営業をするとか、それどんな拷問よ?


 OLになっなつもりが、企業戦士になっていたなんて信じられない…。教育係の先輩方から、おまえ総合職だろ? ならサラリーマンだから、残業ガッツリ、きりきり働けといい笑顔で言われたときには、もうお先真っ暗だったね。入社からもう数年経つ二十代も半ばを過ぎたあたしだけれど、未だ方向音痴は治らず。ひどくなってるような気もしないでもない。


 ちょうど横断歩道の信号が赤に変わった。

 駅から走り通しだった足を止め、呼吸を整える。

 もう一度落ち着いて地図を見る。焦るから見つからないのだ。ゆっくりもう一度会社の住所を確認して、周囲を見渡す。

 

 すると、横断歩道の向こうにいた男性と目があってしまった。こんな住宅街には似つかわしくないコスプレをした金髪のおにいさんだ。がっちりマントまでたなびかせている。青みがかった青金色の髪と、瑠璃色の澄んだ瞳がはっとするほど美しい。


 ジーザス。


 自慢じゃないが、あたしは人によく道を聞かれる。

 方向音痴なあたしが自分の現在位置さえわからないときにさえ、人に道を聞かれるのだ。あからさまに外国人っぽいおにいさんだ。きっと降りる駅を間違えて、こんなところにきてしまったに違いない。


 いつもなら一緒に目的地を探してあげるけど、今回ばかりはダメだ。

 約束の時間まであと少し。罪悪感はあるけれど、無視させていただこう。


 それにしても絵になるおにいさんだ。なんやかんや言ってもやっぱりイケメンはいいね。ちょっと冷たそうな眼差しもいい感じ。海のように深い青のマントが風になびいている。


 失礼ながらコスプレ衣装といえば、ツルツルペラペラなしょぼいイメージしかなかったけど、おにいさんのは素人のあたしでもわかるくらい上質なものだ。外国のコスプレイヤーさんは、気合が違うね。そしてかつらやカラコンと違って、自前はナチュラルでいいね!


 でもごめんね、あたしは今日は忙しいのさ。

 不自然にならないくらいの速度で 回れ右をした瞬間に、あたしは腕を掴まれた。

 振り返ると、道の向こうにいたはずのおにいさんが、なぜか私の後ろにいる。なんで?! どうやって?! いつの間に?!


「みいつけた」


 耳元で流暢な日本語で囁かれた瞬間に、あたしの足元の地面は形をなくした。

 あたしはそのまま、恐ろしいほど綺麗な笑顔のコスプレおにいさんと一緒に暗闇の中へ落下していた。


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