7
自己紹介もあらかた終わり、いつまでも神殿の中で立ち話というわけにもいかないため、移動することになった。
今回は一応お忍びという形での旅行のため、まずは街に服を買いに行く予定である。
母達の荷物を王宮に用意された各自の部屋に運ぶよう手配すると、ぞろぞろと神殿の外へと歩いて移動する。
ミーシャの前を歩くマーシャルの背中にはアーダルベルトがご機嫌に引っ付いていた。
2000年前、土の国が一度滅ぶまでは、土の国は他の神子や王達の保養所のような役割もあったらしい。
温泉があり、温暖で実り豊かな土地に囲まれ、さらに結界を得意とする土の神子に守られている。
現在も両親を中心に、様々な助力を得ながら、滅ぶ以前の土の国の状態に戻そうと奮闘している。
まだ完全に戻るには程遠いらしいが、それでも何もなかった大地には緑が芽吹き、王都程ではないが、それなりに街もできて賑やかな領地になってきている。
母は同じ異世界から来た他の神子達のことを、兄弟のように思っている。大事に思う彼らが心休まる『いえ』になるようにと、日々頑張っているのを知っている。
マルクはマーサの子を取りあげたが、マルク自身も子供はマーサの元で産み、子育てもマーサの元で行っていた。
土の神子の結界で守られたマーサの家は、世界で一番安全な場所と言ってもいいからだ。
ミーシャはアマーリエが産まれた時もアーダルベルトが産まれた時もしっかり覚えている。おしめを変えたり、世話をして、血の繋がりはなくとも、本当に兄弟のように思っている。
そしてそれはミーシャだけでなく、ミーシャの下の兄弟達もアマーリエ達姉弟も一緒だろう。
久しぶりに会う妹達の元気そうな様子に内心微笑みを浮かべた。
ーーーーーー
服屋に着いたら、アマーリエや元は服屋で働いていたというリーがはしゃぎ出した。
折角の機会なので、伝統的な土の国の服を買うそうだ。
ミーシャと、ミーシャよりほんの数センチ背が高いマーシャルは、既製品の服は着られないため、店内の椅子に腰かけて楽しそうに服を選ぶ面々を眺めていた。
「皆楽しそうね」
「だなぁ。母様達もだけど、将軍達も結構楽しそうというか、チーファ達と大分仲良くなったみたいだな」
「そりゃ二週間も毎日一緒だもの。それに、多分間違いなく皆仲良く一緒に母様に振り回されてるんじゃないの?」
「かもなぁ」
二人で他の人達がワイワイ言いながら服を選んでいるのを眺めながら話していると、フィリップ将軍がつかつかと歩いてきた。
「お前達のもあるから、試着してみろよ」
「? 私達既製品は着られないわよ?」
「特注しといた」
「え!?わざわざ!?」
「お前達だけいつもの格好はつまらんだろう。第一、ミーシャは若い娘だというのに、いつも似たような地味なズボンしか着てないだろう。たまには年相応な華やかなスカートでも穿くといい」
ミーシャは体格が規格外なため、服は下着からなにから特注である。動きやすさと機能性、洗濯のしやすさを重視しているため、普段は木綿のシャツとズボンを愛用していた。
「機能性重視でズボンばっかりなのは私だけじゃなくて母様もよ」
「そのマーサ様が今回はスカートを穿いているんだ。たまには良かろう」
「そうだよ、ミィ。せっかくだから着ないと勿体ないよ」
「ん~。じゃあ、着てみようかしら。ありがとう、将軍」
「あぁ」
将軍が近くにいた店員になにか言うと、店員は愛想笑いを浮かべてそそくさと店の奥の方に向かった。
「ミィ。どうせならミィも化粧したら?俺、ミィが化粧してるところ、デビュタントの時しか見てない」
「化粧道具なんて持ってきてないわよ。それに私ほっとんど自分でしたことないから、そんなに上手じゃないもの」
「それなら私がしてあげるわよ」
「「母様」」
「ここのお店、一応化粧品も扱ってるみたい。私は白粉の色味が合わないけど、ミーシャなら大丈夫でしょ。エーシャもするってさ」
「えー、じゃあお願いしようかしら?」
「いいわよ。奥の部屋貸してもらえるって。行きましょ」
「えぇ」
「いってらっしゃい」
「あぁ、マーシャルも靴下とかハンカチとか下着とか、買えそうなものはついでに買っちゃいなさいよ。何枚あっても困るものじゃないし、そういうのは貴方は既製品でも大丈夫でしょ?」
「下着とハンカチはともかく、靴下サイズあるかな?」
「さぁ?さっき男性用のコーナー見てみたけど、結構大きいサイズまであったわよ?将軍に聞いたら、軍人の利用も多いお店だから男性用の衣服の種類もサイズも豊富なんですって」
「へぇ~。じゃあ、探してみるよ」
「そうしなさいな」
「双子にも伝えといてくれる?あの子達今、アマーリエ達の服を選ぶのに一生懸命だから」
「わかった。自分達の必要なものを選ぶように伝えとく」
「お願いね。じゃあ、ミーシャ。今度こそ行きましょうか」
「うん。マァ、後でね」
「うん」
マーサに続いて店の奥へと向かう。
「母様」
「なぁに?」
「母様の化粧品って、フェリ様が特注したの?」
「らしいわ。風の国でこんな感じに服屋に行った時に渡してくれてね。前々から私の肌の色に合わせたものを作るよう頼んでたみたい」
「へぇ~。さすがフェリ様」
「いざ化粧してみたら、なんか皆に驚かれちゃったわ。アルジャーノなんて『誰だお前!』って叫ぶし」
「あーららー」
「私、化粧したり華やかな格好するの嫌いって思われてたみたい」
「あー、私もそれは薄々思ってたわ。実際どうなの?」
「別に嫌いじゃないわよ。ただ、自分に合わせた化粧品をわざわざ作らせるのも面倒だし、綺麗なスカート穿いてちゃ、家事や畑仕事はできないじゃない。だから普段はしないってだけ」
「じゃあ、化粧するのは今回だけなの?」
「んー、化粧品もらっちゃったからなぁ……使わないと勿体無いし、機会があればするかもね」
「ふふっ。領地に戻ったら皆驚くわね。本当に全然印象違うんだもの」
「ふっ。私と付き合い長い連中程驚くだろうな、って思って、今朝は超気合い入れて化粧してきたわよ!明後日の朝もめっちゃ気合いいれちゃうわ!」
「母様って本当悪戯好きよね」
「私、悪戯と悪ノリと嫌がらせの為なら体をはる主義だから」
「知ってる」
二人で顔を見合わせて、クスクス笑う。
話してるうちに奥の部屋に着いた。
部屋のテーブルの上には、伝統的な、植物をモチーフにした刺繍が施された半袖の足元まで長さがあるワンピースが用意されていた。淡い黄色の生地に、鮮やかな緑の刺繍が映えて、とても綺麗である。
「さすが将軍。いい趣味してるわ。これ、とってもミーシャに似合いそう」
「特注しといたって言われたけど、もしかして将軍が選んでくれたの?」
「でしょうね。あの人、貴女達のこと、とにかく猫っ可愛がりしてるから。あんま素直じゃないけど」
「ふふっ。確かに将軍ってちょっとツンデレ入ってるわね」
「さ、着替えてちょうだい。今着てるのは、袋をもらってそれに入れて持って帰りましょう。エーシャもそうしないうちに来るだろうから、その前に終わらせないと」
「はぁい。よろしくお願いします」
「はい。任せてちょうだい」