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ミーシャは街のステーキ屋に一人来ていた。
美味しい肉の焼き方を習うためである。
店の店主に事情を話すと、快諾してくれ、厨房に入れてもらえた。下ごしらえの仕方や焼き方などをメモ片手に教えてもらう。聞き漏らしたり見逃したりしないよう、必死で頭に叩き込んだ。
土産にその店秘伝のソースも貰え、ミーシャはヤル気満々で家に帰った。
家の帰ると、台所でひたすら肉を焼く練習をした。失敗したものはミーシャ達の食事になった。失敗したステーキを皆文句も言わずに食べてくれた。
納得のいくものができるようになるまで一週間かかった。それでも本職の人間が作ったものには劣るが、まずまずの出来だと思えるものが作れるようになった。
リーが食べやすいように一口大に切って、他の料理と一緒に出す。ミーシャは台所と隣接した食事をとる部屋のドアの影から、そっと室内を覗きこんだ。
「あ!ステーキだ!」
「お、本当だ」
「やった!俺好き!」
「良かったなー」
「美味しいー」
リーが久しぶりにニコニコ笑った。
それを見て、ミーシャは安堵の溜め息をついた。
マーサがリーに見えないように、グッジョブ!と親指を立てた。
喜んでもらえて、とても温かい気持ちになった。
ーーーーーー
洗濯物を干していると、とてとてっとリーが近づいてきた。
「ミーシャちゃん」
「どうしました?リー様」
リーはちょっと照れたみたいにもじもじした。今五歳児の姿をしているため、なんとも可愛らしい。
「今日のステーキ、ミーシャちゃんが作ってくれたんでしょ。すっごく美味しかったよ!俺ステーキ好きなんだ。ありがとう!」
「いーえー。喜んでもらえたなら良かったです」
ミーシャは内心ガッツポーズを決めた。
練習した甲斐があるというものだ。
「あとさ……」
「?」
「ミーシャちゃんって俺と一歳しか違わないだろ?」
「ですね」
「だから、その……俺のこと、リーって呼んで、普通に話してくれないかな?敬語とか使わないで……あ、嫌なら別にいいんだけど……」
「別に嫌なんかじゃないわ。私、友達は君とか、ちゃんってつけて呼ぶの。だからリー君って呼んでいいかしら?」
リーの顔がパァッと明るくなった。
「うん!俺もミーシャちゃんって呼んでるし!ありがとう!ミーシャちゃん」
「ふふっ。これからよろしくね、リー君」
「うん」
リーが嬉そうに笑った。
つられてミーシャも笑った。
思わぬところで友達ができたかもしれない。
ーーーーーー
気がつけば、季節は夏真っ盛りから秋になっていた。
神子達は順調に回復しているようで、少しずつ起きている時間が増えていった。
マーサは隙あらば家事なり仕事なりしようとしだすので、旅行中に買った大量の本を全て家に運び込まなければならなかった。マーサはちょっと散歩に行くとき以外、本を読むか、学校には通っていないアマーリエ姉弟らに勉強を教えていた。
マルクも本が好きなため、マーサと並んで本を読んだり、マーサの授業を子供達と一緒に聞いたりして過ごしていた。
フェリは起きている間は、絵を描いたり、マーサの下の子達や神殿に来る街の子供達と一緒にサッカーをしたりして遊んでいた。
リーはマーサの授業を受けたり、サッカーをしたりしていたが、他3人より回復に時間がかかるのか、よく庭か誰かの膝の上で昼寝していた。
ミーシャは手伝ってくれる人達と一緒に、炊事や洗濯をしたり、下の弟達の世話をして、それなりに忙しく過ごしていた。
人並み以上に食べ盛りな面々のご飯を、皆の健康を考えて毎日献立をたて、作っている母の偉大さを思い知った。
今はミーシャ含め、料理を作る面子で毎日飽きがこないように頭を捻っている。
ミーシャは手先が不器用故、そこまで料理上手というわけではないが、カレーだけは作るのが上手かった。
カレーの香辛料の調合は薬の調合と通じるものがあるからだ。
今日の晩御飯の羊肉のサーグカレー(ホウレン草のカレー)を仕込んでいると、アマーリエとアーダルベルトがひょっこり台所にやって来た。
「ミィ姉様、手伝うことある?」
「あら、ありがとう。こっちはもうすぐ終わるから、おやつ作るの手伝ってくれる?」
「うん。なに作るの?」
「ミルクレープよ。あれなら甘さ控えめにしたら、母様も食べられるから」
「分かったわ、準備するわね」
「ありがとう。お願いね」
二人が小麦粉等、必要なものを出してくれる。それを横目に、最後の仕上げをして鍋の蓋をした。
「いるもの全部出したよ」
「ありがとう。分量計ったら、アマーリエ達はクレープを焼いてくれるかしら?私はカスタードクリームを作るわ」
「うん」
其々の分量を計り準備が整うと、二手に分かれて作業した。
カスタードにはバニラではなく、レモンのリキュールを入れて香り付けした。
アマーリエ達は、二人でわいわい言いながらクレープを焼いている。
仲がいい姉弟なのだ。
何枚も焼き上がったクレープを、クレープ、レモンカスタードクリーム、クレープ、マーマレード、クレープ、の順番で重ねていく。
普通、クレープの間に入れるのはホイップした生クリームだが、生クリームが苦手な母は、いつもカスタードクリームで作っていた。
重ね終わったミルクレープを魔導冷蔵庫に入れて冷やす。おやつの頃にはいい感じに冷えて落ち着いてるだろう。
「二人が手伝ってくれたから早く終わったわ。ありがとう」
「どういたしまして」
腰の辺りに抱きついてきたアーダルベルトの青い髪とをわしゃわしゃと撫でる。
二人が手伝ってくれたケーキを、きっと皆喜んで食べてくれるだろう。
特に、孫が可愛くて堪らないフェリが大喜びしそうだ。
大喜びでアマーリエとアーダルベルトにキスの雨を降らせる様が容易に想像でき、一人笑った。
ーーーーーー
実りの秋が終わり、サンガレア領地に冬が訪れた。
土の国の王都に比べたら暖かいし、雪も降らないが、それでも白息が出る程度には冷え込む。
ミーシャがお使いから戻ると、マーサが暖炉でチャイを作っていた。隣にはリーがくっついて、小鍋の中を覗きこんでいる。
スパイスのいい香りが部屋に充満していた。
「おかえり、ミーシャ」
「おかえり、ミーシャちゃん」
「ただいま、母様。リー君」
「外、寒かったでしょ?ちょうど出来上がったところよ」
「ありがとう、母様」
マーサから、出来立てのチャイを入れたマグカップを受けとる。
一口飲んで香りを楽しんだ後、卓上の角砂糖瓶の蓋を開け、4つほど入れる。
甘くて美味しい。
リーも角砂糖を3つ入れて美味しそうに飲んでいた。
「お土産あるよ」
そう言って、袋に入った焼き菓子を二人の前に置いた。
「クラウディオ分隊長から神子様方にっ、て」
街の警備や治安維持のため働いている領軍の分隊長から預かった。彼はマーサの飲み友達の一人で、ミーシャ達のことをとても可愛がってくれている。
久しぶりにあったら、神子様方への差し入れとは別に、ミーシャにも飴をくれた。
子供の頃から会うと飴をくれていたが、成人してまでくれるとは思ってなかった。甘いものが好きだから、単純に嬉しいが、少々複雑なのもまた事実である。
「そういえばフェリ様達は?」
「兄さんは森の家のアトリエに籠ってる。マルクは、ついさっき子供達連れて街に行ったわ」
「あら、ちょうど入れ違いになったのね」
「そうねぇ」
焼き菓子が気になっているようでチラチラ見ているリーに袋を開けて、勧めると笑顔で焼き菓子を食べ始めた。
「美味しいー」
「このお店の焼き菓子、評判いいのよ」
「マルクもここのお菓子好きだから、兄さんと二人分残しといたら、あとは食べていいよ」
「うん」
もぐもぐと美味しそうに食べるリーを見ていると、なんとも和む。
今日のように、街に出ると色んな人から神子様方への差し入れを預かることが多い。昨日も別の人から、お菓子やマルクが好きな腸詰め肉等を預かった。
パン屋の叔母さんからは、リー様が前に美味しいと言ってくださったからと、プレッツェルを大量に預かった。
領地を治めている土の神子のマーサだけでなく、他の神子達も、街の沢山の人達から慕われている。
そのことを心から嬉しく思う。