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ご近所さんたちとワッショイ

 ピピピピピ―――


 手を頭上へ伸ばす。けたたましく鳴り響いているデジタルアラームが、耳をつんざく。

 ボタンをカチっと押すとアラームが止まる。うん、これで寝れる。


「うん、じゃないよ」


 飛び起きた。

 いや、飛び起きたと認識する前に、すでに俺は不動の姿勢で起立していた。

 不動の姿勢とは、自衛隊や警官、消防士などが微動だにせず直立する、すべての動きの基本となる姿勢の事だ。


「おはよう、タケちゃん」


「おはようございます!サーッ!」


「えー、何それ?わたし、タケちゃんの貴族じゃないよ?」


「サーッ!朝からのご冗談、至極面白いですっサーッ!」


「もー、またふざけて・・・朝ごはん、出来てるから食べよ」


「サーッ!ありがとございますっ!サーッ!」


「もう、変なタケちゃん」


 そういうと、エプロン姿のサーは部屋を出て行った。

 一気に緊張がほぐれる。

 俺はベッドの上に崩れ落ちた。

 つい、股間に手をやる。


 うん、漏らしていない。


 以前起こされたときに、驚いて失禁してしまった事があった。

 それ以来、朝はちょっとしたトラウマだ。

 情けない話だと思うかい?ボブ。

 でも、リアルさ。必死なんだ、俺も。マイアミでビキニのニャンニャンを追い回していたお前との日々が懐かしいぜそんな日は無かったけどな、ボブよ。


「ごーはーんー!」


 俺がボブとの思い出に浸っていると、下から声がする。

 おっと、残念だがここまでだボブ。メモリートークにフラワー咲かせるのは、また後でな。

「サーッ!ただ今参りますっ、サーッ!」


「あーっ、わかった!それ卓球選手の真似でしょーっ!?」


「サーッ!階下からのご冗談も面白いでありますっ、サーッ!」


 しゃべっている間、着替えを探しているのは俺の目玉だけで、それ以外の全身は不動の姿勢から着帽時の敬礼をしているのに気がついた。

 着帽時の敬礼は、五指を揃え指先を帽子のツバと目の交点へ持っていく、いわゆる良く見る敬礼の事だ。

 敬礼を解き、急いで着替える。遅くなって飯が食えなくなると・・・ひもじい。

 そう、ひもじいのだ。




 「よぅ、今日も元気そうだな」


 クラスで自分の席へ着くと、後ろの席の前田が話しかけてきた。


「そう見えるか?」

「あぁ、見える見える」

「目玉腐ってるな、お前」


 前田は照れて頭を掻きながら「よく言われるよ」とはにかんだ。いや、褒めてねぇよ。


「ほれ、今日も食うか?」

「サーッ!いただきますっ、サーッ!」

「さー?」


 自家製のサンドイッチを差し出す前田が、不振そうに腐った目を向けてくる。


「あ、悪い、つい癖でさ」

「何の癖だよ」

「口で糞を垂れる前と後ろにサーをつけろって、昔の偉い人が…」

「言ってない言ってない。

 そんな教え子に殺されそうなセリフ言わねぇって」


 俺は前田の手からサンドイッチを受け取ると、むしゃぶりついた。


 うめぇ・・・ 


 シャキっと音を立てるレタス。

 その内側から滴るトマトの汁。

 その汁を含んで尚パリパリ感を失わない、軽く焼かれたパンズ(食パンの耳を切った物)。

 ハムとチーズの黄金コンビが最内部から最後に最高のサインを舌の上に躍らせる。


「うめぇ・・・」

「ははは、よく噛んで食えよ」


 三つ程ペロリと平らげて、俺の胃袋はようやく落ち着いてきた。


 トントン。

 俺は前の席に居る、ガタイの良い男の肩を叩く。

 男はクルリと振り向くと、自分の水筒から液体を注いで俺に手渡してきた。

 さぁ、今日の液体はなんじゃらほい。


「うん!紅茶!!いいね!」


 男は親指をグッっと立てると、またスっと前に向き直った。

 俺もその背中へサムズアップする。


「お、後藤(ごとう)、今日は紅茶か」

「あぁ、しかもこれのほのかな甘み…希少糖が少しだけ入ってるんじゃねーか?」


 俺の声に反応してか、後藤がクルリと振り向くと「和三盆」とだけ告げて前を向いた。


「そっちか!惜しかったなぁ・・・」

「違いが分かるお前がすげーよ」


 この後藤という男、元柔道部のエースだったらしい。俺も詳しくは知らないが、今は退部してしまい、帰宅部として活動しているとの事。

 多くを語らない、頼れる兄貴だ(同級生だが。


「しっかし、お前も飯くらい食わせてもらえよ、居候だとしてもさ」

「そんな危険を冒さなくても、俺には前田と後藤が居るじゃないか」

「いや、そうなんだけどさ」


 前田は頭を手で掻きながら、はにかんだ。


「だけど、信じられねぇよな、あの美山と一緒に暮らしてるんだろ?」

「あ、あぁ・・・まぁ、一応な」

「美山っていったら、少なくとも学年でも三盆の指に入る可愛さだぜ?」

「前田、三本だ。それじゃ砂糖と同じだぞ」

「いや、そうなんだけどさ」


 前田は頭を手で掻きながら、はにかんだ。


「美山の作る飯が食べさせてもらえるなんて聞いたら、他の男子は徹夜で食卓に並ぶぞ?」

「まぁ、確かに美味いけどな」


 俺も三回くらいは食べたことがある。


「その美山の飯を、どうして食べれなかったんだ?お前」

「今日はボブと語らってしまってな・・・」

「誰だよ、ボブって」

「俺の・・・戦友だよ」

「そいつも美山の家に居るのか?」

「いや、ボブは・・・俺のココに居る」


 俺は心臓をこぶしで叩いた。

 これには前田も飽きれたようだ。


「心の友と書いて戦友…いや心友か」

「上手いこというな、前田」

「いや、それほどでも」


 前田は頭掻いた。はにかんだ。


「お前はすごいやつだよ、前田」

「いや、それほどでも」


 前田。頭掻く。ハニカム。


「そんなことはない、すごいさ」

「いや、それほどでも」


 前頭掻ニカム。


「そんな事はない、謙遜は・・・


「ちょっと、タケ!前田君で遊びすぎ!」


 痛っ!

 隣から消しゴム(小)が飛んできた。

 見ると、隣の席の霧島がこっちを睨んでいる。


「すまん霧島、旦那を借りたぞ」

「だーかーらー!旦那じゃないって!!」


 俺は首を逸らす。

 一瞬前まで俺の首があったところを、消しゴムらしきもの(大)が通り抜けていった。


「もうっ!転校一週間でなじみすぎよ、タケくん!」

「ありがとう」

「褒めてない!」

「褒められてる気しかしないな」


 霧島はプイっと反対を向いてしまった。

 少し遅れて彼女のオカッパヘアーがふわりと舞って、降りていく。


「ほーい、ホームルームをはじめるぞー。

 席に着けー」


 担任が入ってきた。今日も、授業が始まる。

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