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GEM《ジェム》  作者: 武村 華音
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微触(舞華&静斗)

 朝、目を覚ますと私は静の腕の中にいた。

 静はまだ目を覚まさない。

 私はベッドをこっそりと抜け出して浴室に向かった。

 昨日は……市原さんの事で取り乱してしまった。

 夜中には司と喧嘩した。

 司はもう口も利いてくれないかもしれない。

 本心じゃないのに……。

 大好きなのに何で傷つけるようなこと言っちゃったんだろう?

 ちゃんと謝らなきゃ……。

 私はシャワーを浴びて気合を入れ、髪を乾かしてキッチンに向かった。

 静まり返った部屋の中。

 静はまだ眠っているらしい。

 二人分の朝食の用意するのは久しぶり。

 静と距離を置くようになってからは司が泊まった時に二人分作ることはあったけど、ほとんどは一人。

 喋れなくなった私は避けられてる。

 面倒だから。

 皆、関わりたくないって思ってるみたい……当然だけど。

 レコーディングチームやGEMのメンバー以外は疎遠になった。

 私もそれを引き止める事は出来なかった。

 今後、声が戻ってくるか分からない。

 色が分かるようになるのかも分からない。

 そんな面倒な人にわざわざ関わろうとする人はいない。

 朝食の準備を終えた私はカウンターの上にある写真立てを手に取った。

 その写真立てには私と麗ちゃんが高等部に入学した時の写真が入れてある。

 お父さんとお母さん、それに麗ちゃんと私。

 麗ちゃん……いつになったら目を覚ましてくれるの?

 信也さんが待ってるよ?

 麗ちゃんは、信也さんの奥さんなんだよ?

 二年も旦那様放っておいちゃ駄目だよ……。

 写真に心の中で話し掛けていると、物音がした。

「おっす」

 何だか照れくさそうな顔で静がリビングにやって来た。

『おはよ。ご飯作ったよ』

「サンキュ」

 カウンターに並んで座り、私達は食事を始めた。

『その手……どうしたの?』

 静の掌に少し大きめの絆創膏が貼ってある。

「缶潰したら手が切れた」

『……弾ける?』

「弾く」

 静らしい答え。

 私は苦笑した。

「意地でも弾く。お前が妥協しないように俺も自分の音に妥協しない」

『昨日はありがとう』

「なにもしてねぇよ」

『傍に居てくれた』

「それだけだろ」

 それだけ……。

 それだけの事がどんなに嬉しかったか……。

 どんなに安心したのか、静は分かっていない。

「司とちゃんと話しろよ?」

 私は静の言葉に小さく頷いた。

 静は分かってくれている。

 私の事も司の事も。

 こんな私でも好きでいてくれる。

 多分、私にキス一つしてこないのは私の考えている事を理解してくれているからだろう。

 その優しさが苦しい。

 司の言うように、静が我慢しているなら私は……。

 私は……。


 長い拷問のような時間だったが、俺は自分の欲望に勝った。

 舞華に必要以上触れる事もなく朝を迎えることが出来たのだ。

 この二年間は伊達じゃない。

 飲んでいた酒も手伝って変な事を考えずに寝れただけなんだが上等だろう。

 悪い方向に酒が影響しなくて良かったと思ったのは朝になってからだった。

 目を覚ますと、隣に舞華の姿はなかった。

 寝室を出ると廊下に美味そうな匂いが漂っている。

 リビングの前に立ち、俺は足を止めた。

 舞華が写真立てを哀しそうな顔で見つめていたのだ。

 おそらく麗華の写真だろう。

 お前は何を話し掛けてるんだ?

 信也が言っていた。

『舞華が麗華の手を握ってると麗華の表情がよく変わる』

 舞華の事だ、愚痴なんて一言も言っていないだろう。

 きっと自分の事なんか二の次にして俺達の活動やら麗華を元気付けるような事ばっかり言っているに違いない。

 泣きそうな舞華の顔なんか見たくない。

 俺は半開きになっているリビングの扉を若干わざとらしく音を立てて開けた。

「おっす」

 数秒前まで泣きそうだった顔は俺に視線を移すと笑顔になった。

 さすが名女優の娘。

 偽物の笑顔を貼り付けるのが上手い。

『おはよ。ご飯作ったよ』

「サンキュ」

 俺は舞華に促されるようにカウンターの椅子に腰掛けて用意された食事を口に運んだ。

 二年ぶりの舞華の手料理。

 また一段と腕を上げているように思う。

『その手……どうしたの?』

 舞華が俺の手を指差した。

「缶潰したら手が切れた」

『……弾ける?』

「弾く」

 この程度の傷で演奏できないなんて言ったらそれこそプロ失格だろ。

「意地でも弾く。お前が妥協しないように俺も自分の音に妥協しない」

 お前も遠慮なく駄目出ししてくれて結構だ。

 舞華は苦笑した。

『昨日はありがとう』

「なにもしてねぇよ」

『傍に居てくれた』

「それだけだろ」

 それよりも手を出さなかった俺を誰か褒めてくれ。

「司とちゃんと話しろよ?」

 舞華は素直に頷いた。

 随分と落ち着いているように見える。

 食事を済ませ、俺の腕時計が六時半を指して目覚ましのアラームを発した。

 その直後、舞華の部屋のインターホンが鳴った。

「こんな朝早くから誰だ?」

 俺と舞華の貴重な二人きりの時間を邪魔すんのはどこのどいつだ?

 舞華は立ち上がると俺に向かって指文字でツ・カ・サと表してから玄関に向かった。

 昨日喧嘩した司がこの部屋にやって来るとは考え難い。

 多分、そう思うのは俺だけじゃないだろう。

 しかし、聞こえてきたのは紛れもなく司の声だった。

「おっす、落ち着いたか?」

 喧嘩した事を忘れたかのようにいつも通りの口調。

 俺は食器を流しに運んで玄関に向かった。

「お前早ぇよ」

「悪いな静斗。これから舞華を借りなきゃならんのだ」

 こんな朝早くから?

 俺はそう言い返そうとも思ったが、司の口調からその用事を説明してもらえないだろうと察して自分の靴に足を突っ込んだ。

 携帯も財布も鍵もポケットに入っている、忘れ物はない。

「舞華、ご馳走さん。またスタジオでな」

 俺は軽く手を振って舞華の部屋を出た。

 共有廊下を歩いていると急に背後から服を引っ張られた。

 振り返ると舞華が俺の首に手を絡めてきた。

 ちょっと待てっ……!

 うろたえる俺の唇に舞華の柔らかな唇が重なった。

 一瞬の出来事だった。

『ありがとう』

 舞華は真っ赤な顔でそう言って部屋に帰って行った。

「やっべ……」

 俺は久しぶりの感触に興奮してしまい、部屋に帰った直後シャワーを浴びながら空しく自分の興奮を鎮めたのだった。



ご覧頂きありがとうございます。


次回更新 8月13日(可能性薄い)もしくは8月20日 です。

多分……20日かなぁ。


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