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GEM《ジェム》  作者: 武村 華音
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接近(静斗&司)

 舞華の部屋の前に胡坐を掻いている司の姿があった。

 一見女には見えない。

 女のやる事じゃないだろ。

 共有廊下で胡坐って……俺だってやらねぇし。

「風邪引くぞ」

 この階には舞華の他には、舞華の両親しか住んでいないらしい。

 だから他人に迷惑をかけるという事はないだろう。

 しかしこの寒空の下、女が地べたに座るってのはどうかと思う。

 女って足腰冷やさない方が良いんじゃなかったか?

「頭を冷やそうかと思ってな」

 司は苦笑しながら立ち上がってケツを叩く。

 頭も足腰も冷えただろう、何と言っても十二月。

 吐く息だって白い。

「らしくねぇな、何言ったんだよ?」

「自分の事しか考えてない、周囲が心配してるのに気付こうともしない、勝手に心配してろとでも思ってるんじゃないのか? 等など」

 司は俯きがちに溜め息を吐いて答えた。

 司が本心から言った言葉ではない事くらい俺にだって分かる。

「涼がお前も来いってさ。涼の部屋で皆飲んでる」

 涼はおそらく司が落ち込んでるのを分かっていたんだろう。

 俺よりも付き合いが浅いくせに何でも分かってるところが羨ましくもあり妬ましくもある。

「舞華……頼む」

「おう」

 司は俺の手を掴むと、キーホルダーすら付いていない飾り気のない鍵を載せた。

「手、どうした?」

 司が掴んだのは左手。

 少し大きめの絆創膏に司が眉を顰めていた。

「缶潰したら切れた」

 司が俺を見上げた。

 いや、睨み上げた。

「お前自覚が足りないんじゃないのか?」

 さっきも聞いた台詞。

「問題ねぇよ」

「その言葉忘れるなよ?」

 司は俺の左手の甲を叩いて背を向けた。

「ってぇ……」

 司がエレベーターに乗り込んだのを確認して俺は舞華の部屋の扉に手を掛けた。

 鍵は開いていた。

 鍵、必要ねぇじゃん……。

 部屋の中は廊下の電気以外点けられていない。

 俺は舞華が居るだろう寝室に向かった。

 扉は閉まっている。

 俺は軽くノックしてからその扉を開けた。

「司と喧嘩したって?」

 薄暗い部屋の中、舞華はベッドに座っていた。

 俺はゆっくりと近付いて、ベッドに腰を下ろした。

「そんな顔するくらいなら喧嘩すんなよ」

 舞華は脅えたような顔で俺を見上げた。

『司は?』

「涼んトコ。英二と信也も一緒に居る」

 俺の言葉にほっとしたような息を漏らす。

「司だって本心で言ったんじゃねぇって分かってんだろ?」

 舞華は頷いた。

『でも……もう口も利いてもらえないかも。凄く怒ってた。怒らせちゃった……』

 震える手を小さく動かしながら舞華が言葉を紡ぐ。

「お前、何年司と友達やってんだよ? そんなくだらない事で絶交するような奴か? お前だってあいつの言いたい事分かってるんだろ? 悪いって思ったんだろ?」

 司って女はその辺の男よりも男らしく潔い。

 きちんと話し合えば問題なんかないはずだ。

 舞華の手が伸びて来て、俺の服の袖を掴んだ。

「ん?」

 舞華の身体が俺の腕の中にすっぽりと納まった。

 ちょっと待て……。

 何の真似だ?

 この二年間、禁欲生活をしていた俺には刺激が強すぎる。

 勘弁してくれ……。

 俺にどうしろと言うんだ?!

 腕の中に居る舞華を抱きしめる事も出来ずに俺はその場で固まった。


 静斗に言われ、私は涼の部屋に向かった。

 インターホンを押すと明るい涼の声が聞こえた。

 その声に少々ほっとする。

 長い時間飲んでいたのか空き缶がコンビニの冷蔵庫の如く、テーブルの下で綺麗に陳列されている。

 銘柄に分類され、綺麗に並んだ缶を眺めながら、並べたのは涼だろうと考える。

 テーブルの上の灰皿には山となった吸殻。

 フィルター部を見れば英二と信也の煙草だと分かる。

 信也がこれほど吸うとは珍しい。

「話したのか?」

 私は小さな声で涼に尋ねた。

「隠しておける事じゃないし、僕達にも関係してる事だからね」

 確かに……。

 私は差し出された缶ビールを一気に飲み干して舞華の部屋での事を話した。

 話したというよりも愚痴ったと言った方が正しいのかもしれない。

 三人は嫌な顔する事無く私の話を聞いてくれた。

 わざとらしく私を庇うような事も言わなければ、舞華が可哀想だと言う事もなかった。

 それがありがたかった。

 私の気持ちを理解してくれている事が嬉しかった。

「英二、信也。お前達吸い過ぎ」

 英二が二箱目を握り潰した時私は溜め息を吐いた。

「もっと言ってやって。僕の部屋が煙草臭くなるし、身体には悪いし」

 まったくもってその通りだ。

 他人の部屋で……それも煙草を吸わない人間の部屋でここまで無遠慮に吸う奴も珍しいだろう。

 まぁ、付き合いが長いから遠慮なんてものはないのかもしれないが、多少は考えた方がいいと思うのは私だけなのだろうか?

「ハモれなくなるぞ」

 まだ、レコーディングされていない曲もある。

 三人はそれぞれ個性的な声をしているのでサビ部分でハモると鳥肌が立つほどに綺麗な音が出来上がる。

 舞華の提案で始めたが、今ではお約束だ。

「問題ねぇだろ」

「舞華のOKが出なくても知らないからな」

 舞華の耳に妥協はない。

「もういい時間だな、そろそろお開きにするか?」

 英二が立ち上がる。

 時計は午前三時を示していた。

「明日は九時にスタジオだぞ。大丈夫なのか? 夕方は収録だってあるんだぞ?」

 愚痴に付き合わせておいて言うのもどうかとは思うが……。

「問題ない。デビュー当時なんかプロモーションに走り回ってたからな」

 信也はまだ飲む気らしく、テーブルの上の缶ビールを手に取ってプルトップに手を掛ける。

「だね。あの頃は睡眠時間短かったよね」

 涼が思い出したように頷く。

 確かに。

 あの頃は忙しかった。

 インディーズでも相当名が知れていたし、本当に上手くないとデビューさせないM・Kの新人という不確かながらも大きな期待をされ、一気に仕事が舞い込んだのだ。

 GEMも早く知名度を上げたかったので断る事はほとんどなかった。

 そのお蔭で夜九時から翌日の夕方四時まで働いていた。

 羽田さんや社長が信也を病院に通わせてやるために四時以降、九時までの仕事だけは断っていた。

 病院に行く信也は勿論だが、涼や静斗も曲を仕上げるために睡眠時間を削って仕上げていた。

 休みなんか「ない」に等しかった。

 オフの日はプリプロスタジオに篭っていたし、この二年間私達は音楽中心の生活をしていた。

 多少スケジュールが緩和された今でもそれは変わらない。

 きっと私達の努力は無駄にはならない。

 そう信じなきゃやってられない。

「無様な音は出すなよ?」

 私は信也に付き合うように缶ビールに手を伸ばす。

「お前、結構飲めるんだな」

 英二が感心したような顔で私を見ていた。

「あぁ、たまに祖父に付き合って飲んでるからな」

 たまにはこうしてメンバーと飲むのも良いかもしれない。

 今度アルバムが完成したら是非皆で打ち上げをしたいものだ。

 きっと今よりも皆の距離が縮まるだろう。

 そうすればもっと意見を出し合う事が出来るようになって、いい曲が出来上がる。

 もっといい曲を麗華に届けてやれるはずだ。

 私は結局涼の部屋で三人と一緒に雑魚寝してしまった。

 英二も信也も自分の部屋に戻るタイミングを失ったようだ。

 ごくたまになら、こうして羽目を外すのも悪くないだろう。

 ごくたまになら、な。


ご覧頂きありがとうございます。


ようやく長い一日が終わりました。

次回更新 8月6日の……予定(^^;)

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