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GEM《ジェム》  作者: 武村 華音
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吐露(静斗&英二)

 病院は何故か混雑していた。

 特に子連れの患者が多い。

 夜だしそんなに待つ事もないと思っていた俺は待合室の空気だけでうんざりしていた。

「静斗、その手で弾ける?」

 俺の左手を見ながら涼が訊いてきた。

「余裕」

 切ったのは掌。

 そんなに重傷でもない。

 涼が大袈裟なだけだ。

 周囲には俺達に気が付いている奴も居るらしくチラチラと見られてる。

 居心地が悪い。

「新井さん」

 ようやく呼ばれたのは一時間以上経過してからだった。

 診察室に通され、俺はタオルを剥ぎ取って医者の前に手を差し出した。

「喧嘩?」

「いや、缶潰したら切れた」

 嘘じゃない。

「アーティストが短気起こしちゃ駄目だよ、手は商売道具だから」

 医者が苦笑する。

「アーティストだって人間だ、短気起こす事だってあるに決まってるだろ」

 この病院はM・Kがいつもお世話になっている病院だから俺達の顔も知られている。

 麗華も羽田さんもこの病院に入院してるし。

 そんな会話をしている間に看護師が動き回って治療に必要な道具を並べていく。

「九針くらいかな」

 は?

「縫うんですか?」

 俺の隣に立っていた涼が医者に尋ねる。

「早く治すためにはその方が良いね。結構深いし」

 涼が俺を冷たい目で見下ろした。

「静斗って、プロだって自覚全然足りないよね」

 言葉も視線も痛い……。

「問題ねぇよ、余裕で弾ける」

「ったく……僕は喉を大事にしようと思って、普段炭酸とかビールとか控えてるってのに」

 確かに涼はプロになってからそう言った類の飲み物はあまり口にしなくなった。

 気まぐれに吸っていた煙草もやめている。

 冷たい飲み物も、熱い飲み物も避けている。

 結局、俺は医者の言うように、いや……おまけとか言われて十針縫われ、包帯を巻かれた。

 たかが十針。

 絆創膏で充分だってのに、大袈裟に巻きやがって……。

 仕方ないのでその辺にいた看護師に声を掛け、絆創膏を貰ってからマンションに帰った。

 一度中断したお蔭か重い空気を吹き飛ばしてくれた。 

「狙われて何かされる前に自分で怪我するとは思わなかった」

「その手見たら社長キレるだろうな」

 信也と英二は楽しそうに俺を見ていた。

 俺達はできるだけ単独行動を控えようとか、周囲に気を付けようとか当然のような事を話し合いながら酒を飲んでいた。

 深夜になってテーブルの下に転がしていた俺の携帯が鳴った。

 背面ディスプレイには司の名前。

「司、どうした?」

 司は舞華と一緒に居るはずだ。

 何かあったのかもしれない。

 俺の表情も声も硬くなる。

『悪い、今から来れないか?』

 司の声は暗かった。

「……どうした?」

『すまん、舞華と喧嘩した』

 喧嘩?

 聞き返そうとしたが一方的に電話を切られ、俺は携帯を見つめた。

 三人の視線は俺に向いていた。

「どうした?」

 信也が珍しく不安そうな顔をしていた。

「司と舞華が喧嘩したらしい。ちょっと行って来る」

 俺が立ち上がって玄関に向かうと、涼が追い掛けてきた。

「静斗、司ちゃんこっちに遣してよ。きっと彼女も参ってると思うから」

「おう」

 俺は軽く背中越しに手を振ってエレベーターに向かった。


 静斗が出て行って暫くしてインターホンが鳴った。

「開いてるよ」

 涼は明るい声で司を招き入れた。

 司は後悔しているのか落ち込んだような顔をしていた。

「お疲れ」

 俺がビールを差し出すと、苦笑しながら受け取った。

「司ちゃんと舞ちゃんでも喧嘩するんだ?」

 涼が口を開いた。

「あいつがあんまりネガティブなんで苛々したんだ」

 司の言葉に信也が苦笑した。

「また、自分のせいだって?」

「そ」

 司はビールを開けて一気に流し込む。

「いい飲みっぷりだな」

 女とは思えない豪快な飲みっぷり。

「私だって言いたくなかったさ、ただ……舞華がなんでも一人で抱え込むのが心配だっただけだ」

 司はビールを一気に飲み干して呟いた。

 俺達がいつもやる一気飲みをこいつがやるとは思わなかった。

 司は初めて会った時から違和感のない奴だった。

 まるで昔から知っているかのような懐かしい感じさえした。

 他の奴はどうだか分からんが、少なくとも俺はそう感じた。

「これ以上一人で抱え込んで欲しくないだけだ」

 司の言いたい事はよく分かる。

 舞華が頑張れば頑張るほど不安になってく。

 張り切りすぎだと言っても舞華は笑うだけ。

 俺達の言葉なんかあいつは聞かない。

 多分、それが分かってるからこそ司が代表して言ったんだろう。

 一番効果がありそうだしな。

「たまにはいいんじゃない?」

 涼がビールの缶のプルトップを引いてから司に差し出した。

「俺らが言ったところで舞華は笑って誤魔化すだけだ」

 信也はそう言って司が持った缶に自分の缶をぶつけた。

 司を(ねぎら)うように。

「舞ちゃんは泣いたの?」

 涼の問いに司は小さく首を振った。

「あいつは泣かない。麗華が目を覚ますまで人前では泣かないと誓ってる」

「あ……だから事務所で訊いたんだ?」

 涼が納得したように頷く。

「あいつが縋ってるのは神だけだ。そんなもん、この世に存在してる訳ない、あんなもんに縋ったって無駄なんだ。だけど……舞華は気を張ってなきゃ立ってられないから誰にも甘えられないんだって事くらい分かってるさ。分かってるけど……放っておけないだろ」

 司は舞華との口論の内容を俺達に話した。

 舞華が司に食って掛かるなんて姿は想像できないが、図星突かれて怒ったに違いない。

「司ちゃんも今日は僕達に甘えなよ。我慢してる事全部吐き出しちゃいなよ」

 まぁ俺達は結局聞いてやる事しか出来ないんだけどな。

 それでも良かったらしい。

 司は酒を飲みながらポツリポツリと話し始めた。

 しかし、中抜けの事は一言も口には出さなかった。

 こんな時でもコイツは話していい事悪い事を瞬時に判断している。

 訊き返されたくないからだろうが、細かい説明付きの愚痴なんか聞いたのは初めてだ。

 司らしいと言えばそれまでなんだろうが……。



ご覧頂きありがとうございます。


亀の歩みでお話は進んでいます。

同じ日のお話がこんなに長くなるとは……。

まだ、同日の話が続く予定(汗)。


次回更新 多分7月30日……です。


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