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GEM《ジェム》  作者: 武村 華音
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歪な箱(静斗&涼)


眠る舞華を連れて帰って来た三人。

舞華の部屋で見たものは……。

 眠っている舞華を抱いたまま俺は事務所の車の後部座席に、涼は助手席に乗り込んだ。

 そして、司が運転席に座ると車はすぐに走り出した。

「司、舞華を頼む。部屋までは連れて行くけど、俺すぐ帰るから」

 司も涼も驚いたような顔を俺に向ける。

 まぁ司はミラー越しにだが。

「らしくないな」

「本当、このオイシイ状況を逃すなんて静斗らしくないね」

 オイシイ状況って……。

 俺をどれだけケダモノと思っているのかがよく分かる。

 まぁ俺の女性遍歴を知っているからこそ言えた台詞だと思うが……。

「こういう時だからこそ、俺が居ない方が良いんじゃねぇの? もし、目を覚ました舞華が居た方がいいって言うなら連絡くれ。すぐに行く」

 俺は舞華に膝枕をしながら過ぎ去っていく景色を眺めていた。

 同じマンションというのは便利だが不便でもある。

 現在の俺と舞華の関係からしたらありがたくもない。

 ようやく付き合えるようになったが、キスもできないような小学生レベルの清く正しい交際だ。

 二年間溜まりまくった欲望に負けるのは分かっている。

 だからこそ俺は舞華の部屋も訊かなかったし、部屋に呼ぶような事もしていない。

 連れ込んだら最後、俺は舞華をめちゃくちゃにしてしまう。

 舞華の傍に付いていてやりたい気持ちは当然ある。

 だけど、こんな状態の舞華を抱いてしまうわけにはいかない。

 我慢できる自信がないから一緒に居る事なんかできない。

 それを理解してくれたのかは分からないが、涼も司も突っ込んで訊いてくる事はなかった。

 地下の駐車場に車が停まると、涼が後部座席のドアを開けたままエレベーターのボタンを押しに向かい、俺は舞華を抱き上げて車を降りた。

 司はエンジンを切って、後部座席に転がっている舞華の靴を拾い、施錠してから俺を追い掛けてくる。

 無駄のない、暗黙の役割分担。

 司は女版の涼みたいな奴なのかもしれない。

 何も言わなくても理解してくれているような気がする。

「司ちゃんもここに住んでるんだよね?」

「あぁ、舞華の部屋の真下」

 司は最上階のボタンを押した。

「景色いい?」

「別に? 周りはもっと高層だからな」

 涼が気を紛らわせようと話し掛けているのに司は素っ気無い。

 それどころか鬱陶しそうな顔をしている。

 エレベーターが停まり、ドアが開く。

 司は当然ながら慣れた足取りで突き当たりの部屋の鍵を開けた。

「お前舞華の部屋の鍵持ってたのか?」

 軽い嫉妬だ。

 司は女だって分かってるのに……情けない。

「いや、美佐子さんに借りた」

 司は玄関を開けて俺達を中に促す。

「寝室は一番奥の右側」

「おう」

 舞華の部屋は俺達が住んでいる部屋よりも豪華な作りだった。

「知ってるか? このマンション上層階に行くにつれて豪華になってるんだぞ?」

 初耳だ。

「ちなみに一〜四階はワンルームだ」

 舞華の部屋は扉の数からして四LDK。

 俺達は二LDK。

 今の話からすれば司の部屋は俺達よりも豪華な部屋に住んでいることになる。

「お前の部屋は?」

「三LDK」

 やっぱりな……。

「なんか、舞ちゃんらしい部屋だね」

 涼が部屋を見渡しながら微笑んだ。

 寝室にはベッドとコンポと大量のCD、そしてドレッサー。

 淡いピンクと白で統一された部屋。

 部屋自体は至ってシンプルだ。

 司が掛け布団を捲ったので、そこに舞華を寝かせる。

 ドレッサーの上には三つの箱が並んで置いてあった。

 二つの口を開けた状態の空箱。

 一つは麗華の病室にあった青緑の箱。

 もう一つはアクセサリーの箱だが、何が入っていたのか分からない。

 そして、俺は蓋の閉まった長細い箱を手に取った。

 箱を開けると見覚えのある物が見えた。

 いつだったか俺が舞華に渡した物だった。

「静斗?」

 涼が不思議そうに俺の顔を覗き込んできた。

「帰るか……」

 箱を元の位置に戻して俺と涼は舞華の部屋を出た。

 ドレッサーの上に置かれた箱は何故か(いびつ)だった。

 その理由は、多分……。

 俺と涼はエレベーターの前に立った。

 涼が押す前に俺は殴るようにボタンを押した。

 そんな俺の様子を涼は何も言わずに見つめていた。


 舞ちゃんの部屋は広かった。

 そして舞ちゃんらしく掃除の行き届いた綺麗な部屋だった。

 女の子らしいコットンカラーで纏められた家具。

 舞ちゃんの性格を現すように丸みのあるものばかり。

 静斗は舞ちゃんをベッドに寝かせるとドレッサーに向かい、その上をじっと見つめたかと思うと、一つの箱を手に取ってその中を覗いた。

 僕は箱の中身よりも箱が気になった。

 たくさんの水分を吸ったような箱は凸凹(でこぼこ)と波打って歪になっている。

 静斗の表情から、その箱の物は静斗が舞ちゃんにプレゼントした物なんだろうなって思った。

 静斗が女性にプレゼントする姿は想像できないけど。

 多分、あげた事なんかなかったと思う。

 舞ちゃん以外には。

 静斗は強請られたりするのが嫌いだし、そういう事を言った女の子は面倒だからと簡単に捨ててたんだよね。

 舞ちゃんに出会うまでの静斗は僕が言うのもどうかと思うけど最低だった。

 なのに……舞ちゃんには違ったんだよね。

 静斗が本気な証拠だと思う。

 その箱を見つめる静斗は辛そうな顔をしていた。

 箱がどうして歪なのか、そんなのは考えるまでもなかった。

 舞ちゃんが僕達に見せないもの。

 見せなくなったもの……。

 「静斗?」

 僕が声を掛けると、静斗は小さく肩を震わせた。

「帰るか……」

 その顔色は舞ちゃんに劣らないくらい真っ青だった。

 司ちゃんに確認したい事はいくつかあったけど、静斗をそのままにするのは気が引けて、僕は静斗と一緒に舞ちゃんの部屋を出た。

 あの箱は、舞ちゃんがこの二年間一人で耐えてきた証のような気がしたんだ。

 静斗からのプレゼントを抱きしめて泣いている舞ちゃんの姿が目に浮かぶ。

 麗ちゃんのために……GEMのために、一人で苦しんでいたのだと思うと胸が苦しくなる。

 エレベーターのボタンを押そうと手を伸ばすと、静斗の拳が勢いよくボタンを押した。

 いや、殴ったと言った方が正しいのかもしれない。

 静斗は明らかに不機嫌。

 誰かに対してじゃなく、多分……自分自身に怒ってる。

 そんな気がした。

 僕達の部屋が並んだフロアにエレベーターが停まった。

「静斗、付き合おうか?」

 僕は静斗の背中に声を掛けた。

「お前の部屋でいいか?」

 静斗が何故、自分の部屋を避けたのかは訊かなくても分かった。

「構わないよ、英二とか呼ぶ?」

 今日の事は話しておいた方が良いと思った。

「別に……あ、でも……」

 静斗も気が付いたみたい。

「話した方がいいよね」

 僕は携帯を取り出して二人にメールを送った。

 僕の部屋に向かう際、二人の部屋の前を通るけど二人にも都合があると思うし、メールの方がいいような気がしたんだよね。

 僕が部屋の鍵を開けていると玄関の開く音が聞こえた。

「今帰りか?」

 英二が玄関から顔を出していた。

「うん、ちょっと……ね」

 静斗はジーンズのポケットに手を突っ込んで僕の後ろで俯いていた。

 その様子に英二が顔を曇らせる。

「酒、あるのか?」

 そういえばそんな事考えてなかったな……。

「焼酎とかウィスキーならあるけど、ビールはどうだったかな?」

 喉を大事にするつもりで刺激のある飲み物は買ってなかった気がする。

「買ってから行く」

「了解」

 僕は静斗と二人で部屋に入った。

「相変わらず綺麗にしてるのな」

 静斗は僕の部屋に入ると気を紛らわすためか、全部屋を覗いて歩いた。

 間取りはそんなに違わない。

 じゃんけんで勝って角部屋を貰ったので窓が三人の部屋よりも多い程度。

 女の影でも探してるのかもしれないけど、残念ながらそんなものは何一つない。

「ワインでもいい?」

「何でもいい」

 リビングに落ち着いた静斗はテーブルに頬杖を付いて溜め息を漏らした。

 何でこんなに嫌な事ばかりが重なるんだろうね。

 静斗じゃなくても溜め息が出るよ。

 僕はキッチンの奥で小さな溜め息を吐いた。



ご覧頂きありがとうございます。


朝から覗いてくださっていた方がいらっしゃったらごめんなさい。

UP時間が相当遅くなりました。

本当にすみません。


次回更新:7月16日……の予定。

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